第四十七話 私が打つしかない件
六回表、スコアは以前ゼロ対ゼロのままだ。中盤まで点数の入らない試合展開での先制点がもたらす希望、かたや絶望は表現のしようがない。
両チーム共、そんな事は百も承知である。だからこそ我先に先制点を取ろうと考えるし、それを阻止しようとするのだ。
ワンナウト一、二塁。守は上杉から送られるサインを確認する。
――サインはヒッティングだった。
ある意味、守の予想通りだった。
守以降の明来打者陣は野球初心者が続く。ワンチャンスにかけてバントでアウトをあげてランナーを進めるより、少しでも得点チャンスでのバッティング機会を設けたいのだろう。第二打席では守はバントをしたが、その後の打線は思うような結果にならなかった。
「私が打つしかないな……」
そう呟きながら守は滑り止めスプレーをバットに振りまいた。
「千河くーん! 頑張ってー!」
「キャー! ヒカルくーん!」
明来チア部の黄色い声援が響き渡る。彼女たちも汗をたくさんかいて応援してくれている。守はその期待にも応えたいと考えていた。
――私なら、ワイルドピッチを避ける為にもどこかでストレートを投げる。それを狙う。
守はストレートに狙いを定め、バットを構えた。
一色がセットポジションから投球フォームに入った。カウントを取りにきたストレートがアウトコースに投げ込まれる。
――早速きた!
守はボール目掛けてバットを振り抜いた。
――パキィン!
打球は鋭くレフト線に伸びていく。
「うおおおおお!」
守の打球に大歓声があがる。
「フ……ファール!」
打球は惜しくもフェアゾーンからギリギリ外れたところで落下した。フェアなら間違いなくタイムリーヒットとなっただろう。
一色は大きく息を吐きながら、主審からニューボールを受け取った。
捉え損ねてしまった。守はこれ以上ないチャンスを逃した心境だった。
二球目は案の定――ナックルだった。守のバットは空を切った。
「ストライク、ツー!」
恐らくもうストレートは来ないだろう。
この慎重なバッテリーなら、ファールとはいえ良い当たりが出た守を舐めてかからないはずだ。
三球目――、またしてもナックルボールが投げ込まれた。フワフワとした起動から、急に守の方へスライドして落ちて来る。
――このコース、振らなきゃストライクだ。まずい!
――ギンッ!
ギリギリ当てた打球は力なくセカンド正面へ転がっている。
「四宮! セカン! ゲッツー取れるぞ!」
十文字が大声で指示を出す。
四宮は全力で打球にチャージをして捕球、そして体をターンして二塁へ投げた。
「アウト!」
氷室のスライディングを華麗にかわしながら、ショートが一塁へ送球した。
「千河ぁ! 走れぇぇ!」
「ヒカル!」
明来ベンチは願った。このチャンスをまだ続けさせてほしいと。
「うおおおおおお!」
守は一塁へヘッドスライディングで滑り込んだ。
怪我のリスクが高い為、本来ピッチャーとして喜ばれる行為では無いが、彼女にそんな事を考える余裕はなかった。
ファーストの捕球、守の一塁到達。どちらもほぼ同時に見えた。
各々審判へアピールをしている。
「セ……セーフ!」
一塁塁審の手が横に伸ばされた。
間一髪、明来の攻撃は首の皮一枚繋がった。
だがこれでツーアウト、ランナーは一、三塁。
明来の得点は、成り上がりバッテリーに弄ばれている下位打線に託された。
六回表 途中
明来 ゼロ対ゼロ 南場実業
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