第三十八話 息苦しい空気を変える件

 兵藤は左打席へ入り、チラッと守備位置を確認した。


 ――サードとファーストが定位置よりかなり前。セーフティバント警戒シフトかもしれないと兵藤は考えた。


「プレイボール!」

 

 主審のコールと同時にサイレンが鳴り響く。


 一色からボールが投げられた。

 緩いストレートだ。


 兵藤はバントの構えをするが、すぐにバットを引き、ボールを見送った。


「ストライク!」


 猛チャージをしてきたサードとファーストは駆け足で元のシフトへ戻った。


 ……これは完全に警戒されているな。こんなチャージされたら流石に厳しい。セーフティバントは諦め、兵藤は気持ちバットを短く握った。


 一色からボールが投げられた。

 先ほどより緩い球、コースも甘かった。


 ――だがこの不規則に揺れる球はバットを振る直前でストーンとボールが落ちる。兵藤のバットはボールを捉えられなかった。


「ストライクツー!」


 これがナックルか。どう変化するかわからねぇ。一か八かで振るしかねぇ……。兵藤は顔をしかめている。


 一色から三球目が投げられる。


 またしてもボールは不規則に揺れ、今度は急にスライダーの様な変化をし始めた。


「ストライク! バッターアウト!」


 やはりバットに当てることができなかった。一球ごとに異なる変化をするナックルの難易度を痛感した。


「バドの羽打ちの時より、もっと引きつけろ。マジで変化が読めねぇ」


 不破にアドバイスを告げ、兵藤はベンチに戻った。


 ――だが、彼のアドバイスも虚しく不破も三振に終わる。不破も不思議そうな表情でベンチに戻った。


 ――キィン!

 

 そんな中、快音が聞こえた。

 山神は上手くバットを合わせ、芯で打ち返した。


 ――だが、惜しくも打球はセンター八城の真正面に飛んでしまった。八城は丁寧にボールをキャッチした。


「アウト! スリーアウトチェンジ!」


 明来はあっさり三者凡退となってしまった。


「いいぞー! 一色今日も絶好調だな!」


「十文字もよくナックルを逸らさず対応できるよな!」


「打撃陣も良いところ見せてくれよー!」


 応援席のボルテージもさらに上がってしまった。


 このアウェーの中マウンドへ向かう守。息を吐き、さぁ行こうかと思っていたところで上杉は守に声を掛けた。


「千河君。まずは君のピッチングで、この息苦しい空気を変えて下さい」


 責任重大の任務を任された守は大きく返事をして、マウンドまで走っていった。


 守の投球練習をしている時、早速アウェーの洗礼を受ける。


「そんな遅い球で南場打線に通用すると思ってんのか」


「マウンドでちびるなよ、一年坊」


 だが守は野次を完全スルーし、黙々と投球練習を行った。

 再度息を大きく吐き、集中力を高めて一球一球丁寧に確認していく。


 ――数分後、一瞬だけ、やかましかった観客席は静寂に包まれた。


「ストライク! バッターアウト!」


「舐めんじゃねーぞオラァ!」


 守はガッツポーズをしてマウンドを降りていった。この雄叫び様、誰も彼女の正体は花のJKとは思わないだろう。

 守は気合の投球で三者連続三振を奪っていた。


 動揺する観客席の紫集団――もとい南場実業ファン。

 対して、ここぞとばかりに負けじと応援に気合いを入れる明来チア部。

 

 両校、立ち上がりは奪三振ショーでスタートしたのであった。


 一回裏 終了


 明来 ゼロ対ゼロ 南場実業

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