第三十六話 成り上がりバッテリー

 一回戦をコールド勝ちした明来野球部は、続く二回戦もコールド勝ちを収めた。


 一年生集団の奇跡……という話題で、明来高校は地元の高校野球ファンからも注目され始めていた。


 三回戦の相手は予想通り、南場実業に決まった。


 南場実業は、ここ十年間は甲子園出場を逃しているが、それ以前は東京都代表が指定席、古豪に位置する学校だ。

 しかし今年は三年生の出来がよく、強豪復活の噂が広まっている。


 特にチームの要であるバッテリーが地元ファンから大変応援されている。


「このバッターも三振です! 南場のエース一色いっしき君。これで十奪三振です!」


 明来ナインは部室に集まり、南場実業の試合映像を分析していた。


「ちょっ、なんでこんな遅っそいボール打てない感じなの?」


 青山が疑問を投げかけた。

 無理もない。素人からしたら、ただの山なりボールに見えるだろう。

 

「ナックルだな。しかもかなり精度が高けぇ」


「ナックル? 東雲っち、それ変化球の名前?」


「っち付けはヤメロ! ……ナックルっていうのは簡単に言うとメチャクチャ揺れて落ちる球だ」


 東雲の解説を聞き、青山は球の軌道に着目した。


「あ、確かに揺れてる! すげー、オモチャみてー。だけどこれ捕るの難くないの?」


「この精度なら通常はかなり難しいだろうな。ただこのキャッチャーはナックル専用選手みたいだ」

 

 不破が指差した選手――キャッチャーの背番号は十番だった。


「皆さん、研究熱心ですね」バリバリッ


 上杉がヘラヘラ笑いながら部室に入ってきた。手にはガリ●リくん、服は変わらずアロハシャツを来ている。


「次の試合はアウェーかもしれません。何しろ、このバッテリーは成り上がりバッテリーと言われ、大変人気ですからねぇ」モシャモシャ


「成り上がりバッテリー……ですか?」


 守が尋ねた。


「ええ。ピッチャーの一色君、キャッチャーの十文字じゅうもんじ君……共に春まではベンチ外の、スタンド組だったんですよ」シャクシャク


「こんな良いナックルを投げてたのに……ですか?」


「詳しくは分かりませんが、恐らくナックル取得は最近だったのではないかと。そしてそのボールは十文字君しか捕れないのかもしれません」ガリガリ


 上杉の話をなるほど、という感じで全員が聞いていた。

 だがガリ●リくんを美味しそうに食うのだけはやめてくれ、羨ましいんじゃ。


「しかも、他の三年生も実力者が多いです。例えば元々エースだった八城はちしろ君は、四番センターで今大会大当たりです」


「ええ。あと全体的に守備が固いです」


 守は話を付け加えた。


「はい。なので一、二回戦の様にはならないでしょうね」


「何か対策をしないといけませんね」


 瑞穂が頭をこくりと傾けた。


「対策ならありますよ。……これです」


 上杉はガリ●リくんの棒で左手に持つ袋を指し示した。


「この中にバドミントンのシャトルが沢山入ってます。これを投げてもらい、打って下さい。試合までに一日二百スイングはして下さいね」


 そう言い残して上杉は部室から出て行った。

 守は全員の顔を見る。

 全員、同じ気持ちみたいだ。


「やるか!」


「よっしゃぁ!」


 氷室の声がけに、全員が返事をした。


 南場実業との試合は、もうすぐだ。

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