第三十五話 夢の継承
「おいおい、こんな展開誰も予想してねーぞ」
「明来って、メンバー全員一年生だよな? なんでこんなに強いんだよ」
観客席がざわめき出していた。
無理もない。明来対鎌瀬のゲーム、観客のほとんどが鎌瀬の勝利を予想していた。
鎌瀬は昨年ベスト十六。さらに絶対的エース犬井、集大成の年である。
一方で明来は新設校。そして部員は全員一年生。しかも中学時代は無名の選手たち。
この前評判では綾瀬のコールド勝ちと考えるのが当然だろう。
――しかし、現実は違っていた様だ。
「十二対ゼロの明来がリード! しかも鎌瀬はノーヒットだぞ!」
「明来打線も凄いけど、明来先発のサウスポーは何者だ? スピードは無いがコントロールと緩急がマジでエグい」
「明来二番手のピッチャーも、結構良い球投げるしな」
「明来のショートも凄いぞ! あの守備力、高校生レベルを超えてやがる」
観客席はお祭り騒ぎだった。
前評判を大きく覆し、明来は大量リードで五回表の守備をしているのである。
この回までで十点差以上あれば、明来のコールド勝ちとなる。
――ズバン!
4回からマウンドに立った氷室のストレートが力強くミットに収まる。
「ストライク! バッターアウト!」
「オッケー、ナイスボールだ氷室!」
不破が丁寧にボールを返球する。
守はサードの守備位置で氷室のピッチングを眺めていた。
……球が速いって、それだけで武器だよな。氷室のスピードボールを守は羨ましく考えていた。
――キィン!
強い打球がサード守に襲いかかる。
だが彼女はそれを難なく処理し、ファースト青山に送球した。
「アウト!」
「マージですげぇわ千河っち。ミット一ミリも動かさなかったわ」
「さすがだ千河。安心して打たせられるな」
青山と氷室が好守の守に声をかける。明来応援席のチアガールたちのボリュームも高まっていた。
彼女はクールに左手をそっと上げて、それらの声に反応を示した。
「ストライク! バッターアウト!」
「ゲームセット!」
最後のバッターを三振で仕留め、明来高校はコールド勝ちで勝利を収めた。
十二対ゼロ。昨年ベスト十六の鎌瀬に対し、まさに快勝と言えるゲーム展開をした明来高校。
打線のつながりも良かったが、投手陣がとても安定していたのが大きかった。
守は三回を投げて、一人もランナーを出さない完璧な投球を行っていた。三振も六個奪った。
氷室は大量リードをした四回から二イニングを投げた。各回一個ずつフォアボールを出したが、ヒットは打たれずに役目を果たした。
整列が終わり、守は犬井と握手をする。
「試合前は悪かったな……俺らの分まで頑張れよ」
泣きながら犬井は守の手をぐっと握った。
守は犬井の右手がマメでカチカチになっている事に気がついた。
彼は三年間、必死に努力していたのだ。
昨年ベスト十六になったのも、きっと血が滲む努力をした結果だろう。
試合前の発言も、努力で培った自信から来たのかもしれない。
守は隠れてフィッシュ呼ばわりした自分を悔い、犬井の手をしっかり握った。
「僕たちは絶対に甲子園に行く。君たちの夢は、僕たちが確かに預かったよ」
守の言葉に犬井の目から更に大粒の涙が落ちてきた。
「ああ……頼むぜ。三年間はあっという間だ。一年目から狙ってけよ」
試合前の言葉と真逆――犬井のホンネが出た瞬間だった。
二人は再度、お互いの手を強く握った。
五回表 試合終了
明来 十二対ゼロ 鎌瀬
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