第三十四話 フィッシュ

 ベンチに戻る守は、確かな手応えを感じていた。

 今まで見たこともないバッターの反応が、守の出来を物語っていた。


 特にチェンジアップが上手く効いていて、相手バッターはストレートに振り遅れている。

 守の百二十キロ程度のストレートが十分通用していたのだ。


 いける……守は左手を強く握りしめた。


 ベンチに戻った明来ナインは、相手ピッチャーに視線を送る。

 先ほど絡んできた犬井が投球練習をしている。


「鎌瀬のエース、犬井さん……ストレートはMAX百四十キロを超え、鋭いスライダーに注意だったかな?」


 兵藤が瑞穂に確認をとっている。


「うん。ただコントロールは大雑把。ランナーがでるとさらに荒れるよ」


「了解、任せな」


 兵藤が静かにヘルメットを被り、準備を開始した。


 ――犬井の投球練習が終わり、兵藤は左打席に立った。


 犬井は大きく振りかぶり、鍛え上げた右腕から快速球を投げ込んだ。


 ――パキィン!


 だか速球に負けることなく、兵藤は初球からバットを振り抜いた。

 力強く引っ張った打球は一塁線を抜けて、兵藤は電光石火の様な速さで二塁に到達した。

 明来ベンチは大いに沸いている。早速得点のチャンスが訪れた。


 二番の不破はバントの構えをしている。

 犬井はランナーを目で牽制しながら、投球フォームに入った。


 ――その時、兵藤が走りだした!

 

 慌てて送球体勢になる鎌瀬キャッチャー。

 だが兵藤は走ったフリをしただけで、二塁に残っていた。


 兵藤は塁上で、度々盗塁のフリを行った。

 犬井はそれを警戒するあまり、ストライクゾーンから外れたボールばかり投じている。


「ボールフォア!」


 結局不破はフォアボールを選んで出塁した。完全に犬井の自滅だった。


「ど真ん中で良いから、思いっきりこい!」

 

 鎌瀬キャッチャーが犬井に喝を入れた。

 犬井は大きく息を吐き、ロジンパックを手に取った。どうやら少し落ち着いた様に見える。

 

 三番山神に対して犬井はコントロール重視の、甘いストレートを投じた。


 ――パキィン!


 甘い球を見逃す山神ではなかった。入れにきたストレートを完璧に叩き、右中間に長打を放った。

 兵藤が楽々ホームに生還し、明来は得点をあげた。


「この猛攻、兵藤君の揺さぶりが引き寄せましたね」


 上杉は独り言を呟きながら、生還した兵藤にハイタッチを行った。

 

 ――その一方で鎌瀬のキャッチャーは、たまらずタイムを取っていた。


「なぁ……あいつら本当に一年か? 俺の球を簡単に打ちまくってやがる」


 犬井が明らかに動揺している。

 明来の攻撃力は、彼の予想を遥かに超えていたのだろう。


「コントロールが甘かっただけだろ。ボールは走ってるぞ」


「ああ……」


 長時間のタイムは許されない為、直ぐ様キャッチャーはポジションに戻る。

 有効なタイムにはできなかった感覚を持ったまま彼は腰を下ろし、乾にサインを送った。


 ――その後も犬井は安定せず、制球に苦しんでいた。何とかスリーアウトを取るも、明来は初回だけで四点をあげていた。


「ざまぁみやがれ、フィッシュ野郎」


 この猛攻の火種となった兵藤が、守備に行く準備をしながら悪い顔をしていた。


「フィッシュ? なにそれ魚?」


 ドリンクを飲み干した守が尋ねた。


「ポーカーでいうカモって意味だよ。一年坊だと思って舐めてた犬井には、お似合いのニックネームだろ?」


「はは……怖いな兵藤は」


 兵藤はたびたびポーカーに例えて話をしてくる。


 彼がポーカーに何かあるのか守は知らないが、彼の勝負カンや戦略は素晴らしい。

 現に初回の猛攻も、兵藤の揺さぶりが犬井を大いに動揺させていた。


 敵じゃなくて良かったな……安堵の気持ちで守は投球練習を行った。


 投球練習が終わり、鎌瀬の四番を張る犬井が右打席に入ってきた。

 守を睨みつけているが、どこか気持ちの揺らぎを感じる。

 

 ……だから、私を舐めんじゃねぇ!

 守の気持ちが入ったツーシームはインコースに攻め込んでいった。


 ――ギンッ!


 犬井は初球からバットを振ったが、どん詰まりピッチャーゴロとなった。

 

「よし、フィッシュ打ち取ったり」


 守は誰にも聞こえない様な声で呟きながら打球を処理した。


 守の快投は続き、二回も三者凡退で打ち取り、鎌瀬に流れは引き寄せさせなかった。


 二回表 終了


 明来 四対ゼロ 鎌瀬

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