第三十二話 初めての大会
――夏予選当日。
この日は猛暑で日差しも強く、外に立っているだけで汗が滝のように流れ落ちてくる。
明来野球部は区営球場に集合していた。
「試合前日にチームユニフォームが配られるのってどうなのよ」
真新しいユニフォームに身を包んだ守が呆れながらに口にする。
背番号一がキラキラと輝いている。とても即席で縫われたとは思えない出来栄えだ。流石は瑞穂、裁縫も一流だ。
「いやーメンゴメンゴ。とっくに発注してたと思ったら机の下から注文書が出てきた時はマジで焦りました」
上杉はテヘペロポーズを繰り出した。
彼も流石に公式戦なので、トレードマークのアロハではなく、ユニフォームに着替えていた。
守としては可能ならばこのクソ野郎、もとい野球部監督をグーパンしたい所だったが我慢した。
「お、あれが新設校の明来だってさ。みんな一年のとこ」
いろいろなチームが噂話をしている。今日この球場で複数試合がある為、沢山のチームが集合している。
その中で明来は新規参入とあって、話題の中心となっていた。
「一年生だけってカモでしょ。人数もギリギリっぽいし」
「でも、あの底其処に練習試合勝ったって噂があるぞ」
「あの底其処に!? 悪質なデマだろ」
「てか明来のマネめっちゃ可愛くね?」
格下発言、謎の底其処基準、そして今日もモテる瑞穂。大会中、しばらくはこんな感じなんだろうなと守は考えていた。
「よお、明来のみなさん。ご機嫌よう」
突然、他校の選手が明来メンバーに話しかけてきた。胸元には大きくKAMASEと書いてある。
「
不破がボソッと相手校の名前に口にした。
「今日は宜しくね。まー、三年間長いことだし? 今日は大会の雰囲気を掴んでいってよ」
「おい
メンバーに呼ばれたのか、犬井という選手は走り去っていった。背番号は一を付けていたので、鎌瀬のエースらしい。
「あれ、俺たち舐められてる系? チョベリバなんだけど」
青山よ、頼むから死語を使うのはよしてちょんまげ。
なぜか背中が涼しくなった守は冷静に闘志を燃やしていた。
鎌瀬高校――例年一〜二回戦敗退レベルの学校だったが、犬井の加入から少しずつ強くなっていき、昨年はベスト十六。
犬井の最終年、今年は特に期待のできる代と噂されている。
「私たちのデビューは、これくらいじゃないとね」
守は強く拳を握っている。
――いよいよ明来高校の試合順になった。アップを終えた選手はベンチ前に集まった。
一番センター兵藤
二番キャッチャー不破
三番ショート山神
四番サード氷室
五番ピッチャー千河
六番ファースト青山
七番セカンド風見
八番レフト大田
九番ライト松本
普段から二、三番を入れ替えた上杉のオーダーであった。
出塁率の良い不破を二番に置き、チームで一番ミートの上手い山神を三番に配置転換させた形だ。
審判から集合がかかった。
「行くぞ!」
「おお!」
両校、雄叫びをあげて整列に走り出した。
お互いの礼が行われてら夏予選試合が始まった。
守はマウンドの感覚を丁寧に確かめた。
硬さ、傾斜もちょうど良く、とても投げやすい。そんな印象を守は持っていた。
投球練習、最後の一球を投げた。
不破の二塁送球も完璧に決まった。彼も肩のトレーニングを頑張っていたからか、いつもより鋭い送球となった。
鎌瀬の一番が右打席に入り、雄叫びをあげてきた。
同時に主審からプレイボールの声がかかった。
「そんな威嚇で、私がビビると思ってんじゃねーよ」
守はボソッと呟き、投球フォームへ入った。
鞭のようにしならせた左腕から、右打者のインコースを
バッターは思わず体を引く、だが主審の右手は大きく上に挙げられた。
「ストライク!」
バッターの驚く顔、鎌瀬ベンチの驚き様……。守は最っ高の気分を味わっている。
大会までの帰還、バッテリーの課題を一つずつ解消に向けて取り組んできた。その一つが勇気を持って投げるインコースだった。
次の球も続けてインコースのストレート。バッターは何とかバットに当てるがファウル。簡単に追い込むことができた。
不破のサインを覗く。守は思わず笑みを浮かべてしまった。
これが……特訓の成果だ! 守の強い想いを込めて投げられたボールは再度インコースに向かっていく。
一年坊に洗礼を浴びせると言わんばかりに、バッターもスイングを開始した。
「ボールが……止まってる!?」
バッターは完全にフォームを崩し、バットは空を切った。
「ストライク! バッターアウト!」
課題その二――緩急の習得。
東雲監修、完璧なチェンジアップを披露することでバッテリーの回答とした。
一回表 途中
明来 ゼロ対ゼロ 鎌瀬
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