第三十話 三十点の壁
守、山神、東雲は連日勉強に追われていた。三十点という赤点の壁を乗り越える為に。
本来、三十点という点数自体は、普段から授業をちゃんと聞いていれば難しくはない……はずだった。
だがこの三人衆、普段から勉強をしていない上に、試験一週間前にも関わらずノートすら取っていなかったことが発覚していた。
その為、この三十点の壁はとてつもない脅威として立ちはだかっているのである。
そんな悲惨な状況を打破すべく、明来野球部、臨時部室勉強会が発足された。
担当は以下の様に決定した。
現代文、古典、英語は瑞穂が担当する。
実は彼女、かなり成績優秀で、のちに発表される総責任者に次ぐ頭脳の持ち主である。
数学系は兵藤が担当する。数学だけなら彼は学年二位の成績である。
理科や日本史は風見と氷室が担当、その他科目は青山と大田、松本が面倒を見てくれるそうだ。
意外なメンツもいるが、実は赤点候補の三人以外はそこそこ勉強ができる。
そして総責任者はIQ180、堂々の学年トップに君臨する不破が担当し、日々の成長を厳しくチェックする。
この様に守たちは、一切逃げることのできない管理体制を構築されていた。
ちなみに赤点候補の三人、体育以外は基本的に得意科目は存在しない。正に絶体絶命の状況である。
「数学なんて社会に出たら使わねーんだからやる必要ねーだろ! しかも俺は大会出れねーし」
「文句言うな。赤点取ったらしばらく野球させないって監督言ってたぞ」
子供みたいなことを言う東雲を上手くコントロールしている兵藤。実は凄いやつかもしれない……守はそんな風に考えていた。
「ヒカル、よそ見してないで! この英文の和訳は?」
「え、えーと。I cannot speak English……ははは」
瑞穂は無言で守を見つめている。
まずい……瑞穂の目に光が消えていることに守は気がついた。
メチャクチャに危険なオーラが漂う瞳で守をずっと見つめる瑞穂。
「……ごめんなさい。分かりません」
この様に、守と東雲は早くも大苦戦していた。
――だが、コツさえ掴めば勉強できる者がいるのもまた事実であった。
「凄いでござるよ山神殿! 保健体育の問題集、満点でござる!」
「理科の問題集も満点……すごいよ山神君」
風見と松本が思わず絶賛した山神の出来。
嘘だろ……という表情で戦況を見つめる守と東雲の目には、会心のドヤ顔をする山神が映っていた。
「これも全て松本氏が教えてくれたアニメたちのおかげでござる。理科も性教育もカバー出来るなんて、やはりアニメは神」
噂だが、仮に山神が赤点を回避できたら、以前取り上げられたアニメのブルーレイディスクが返却されるらしい。その為彼の意気込みは尋常ではなかった。
「……ちっ、抜け駆けしやがって。千河テメーだけには負けねぇからな」
「いいや、東雲には野球部最バカの称号を与えてやるよ」
「舐めやがってこの野郎! この前の現代文小テストで、俺は二問も正解だぞコラ!」
「本っ当に東雲はバカだな。僕は三問も正解したよ?」
守と東雲は低レベルな争いを繰り広げている。
山神は意外となんとかなりそうだが、この二人については勉強会講師陣も頭を悩ませていた。
「はっ!?」
瑞穂は名案を思いついたのか、大きな目をパッと開いた。
「東雲君。私と賭けをしない?」
「はぁ? 俺様と賭けだと」
「うん。東雲君が赤点を一個も取らずに、かつ合計点がヒカルより高かったらパフェ奢ってあげる」
「瑞穂とパフェ……ま、マジかよ。二言はねーな!」
「その代わり賭けに負けたらランニング二十キロね」
「大丈夫、ゼッテー負けねぇ。デートを楽しみにしてやがれ」
東雲は急変し、鬼の様にペンを動かしていた。兵藤はドン引きしながらも東雲のペースに合わせて教えていった。
その姿を見て、守は危機感を覚えていた。
この瑞穂の行動は東雲のモチベーションを上げるのと同時に、守へのプレッシャーになっていた。
好きな女とのデート! というニンジンをぶら下げられている東雲と、同等以上のやる気を見せないと負けるという残酷すぎる牽制。プライドの高い守にはこの牽制は効果抜群だった。
「野球部最バカは嫌だ……絶対に嫌だ」
「じゃ、ヒカル。勉強の続きしよっか」
「……はい。お願いします瑞穂様」
瑞穂の小悪魔フェイスに守はグヌヌとしながらも、負けられない戦いに勝つ為、ペンを手に取った。
こうして三人はそれぞれ戦うべき理由の為にペンを取り、試験対策をしていくのであった。
勉強会の成果か、日々少しずつだが問題集の正答率も上がっており、赤点回避の兆しが見えてきていた。
期末試験までの日数は、目前まで迫っている。
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