第二十七話 チェンジアップを習得したい件
「あん? チェンジアップの投げ方を教えろだと?」
「頼むよ。どうしてもうまく投げられなくて」
練習中、ブルペンにて守は早速東雲に質問を投げかけた。
皇帝との練習試合で、東雲が上手にチェンジアップを使っている事を守は覚えていた。
「てかチェンジアップなんて、この前の試合では投げてなかったよな?」
「うん。ただ今後を見据えると緩急は絶対に必要だと思ってて」
「そりゃーお前のおっそいストレートじゃあな。少し打てるチームなら、どんなコントロール良くてもカモだわな」
東雲はケラケラ笑いながら守をいじっている。
「そうだね。現に皇帝には二巡目以降、完全に捉えられたよ。東雲にはビビって逃げちゃったし。もう二度とあんな思いはしたくないんだ」
「……ふーん、どうでもいいけど」
素っ気ない態度と裏腹に、東雲は内心驚いていた。
彼が今まで見てきた守なら、先程の発言で頭にくるはずだと考えていたからだ。
「……ちっ、まぁいいや。何球か投げてみろよ」
「わかった。よろしくな、東雲」
守は投球動作に入った。
だが投げられたボールは高めに浮いたり、かなり手前でバウンドしたりしており、不破のミットにきれいに収まる事はなかった。
「ひっどいな。お前、どうボールを握っているんだ?」
「僕は……こう、OKマークを作るようにボールを握って投げているかな」
守は東雲に握りを見せた。
いわゆるOKボールと言われる、チェンジアップの一番スタンダードな握りである。
人差し指と親指で丸を作ってボールに添え、残り三本の指でボールを握る。
「俺もその握りだけど……お前はこの握りで投げやすいか?」
「正直かなり投げにくい。でもこれがチェンジアップの正しい握りでしょ?」
他の握り方なんか知らないのか、守は首を傾げていた。
「いいか、チェンジアップってのは兎に角ボールが来なければ良いんだ。究極どんな握りでも良い。投げ易ければなんでも良い」
「そうなんだ! 知らなかったよ。あ、ちょっとまって!」
千河は真剣な表情で東雲の話を聞いている。
手にはペンとメモを持っていて、急いで文字を残している。
「ただ絶対条件がある。それはストレートと同じ、強い腕の振りで投げるんだ。バッターにストレートと思わせてタイミングを外す。これだけを意識しろ」
そういってボールを受け取った東雲は試し投げをして見せた。
鋭い腕の振りに反して、ボールはゆったりとした軌道で不破のミットに収まった。
「すごい! フォームを見るとストレートにしか見えなかった」
「当然だろ。俺は天才だぜ?」
天才発言にもツッコミを入れず、守はひたすらペンを動かしている。
この姿に調子が狂うのか、東雲は頭をかいた。
「……今日は色々な握りを試してみろ。鷲掴みでもいいし、指を立ててもいい。兎に角投げやすい握りを見つけろ」
一通り説明を終えた東雲はノックをしている内野の方へ向かっていった。
口は悪いが、意外と丁寧な指導をしてくれた事に守は驚きながらも、早速様々な握りを試していた。
「ストレートと同じ腕の振り……」
守は思いっきり腕を振った。
少し浮きはしたが、不破のミットにしっかり収まった。
以前までと感覚が違う事を守は実感していた。
――グラウンドでは内野がポジションにつき、シートノックが行われていた。
東雲はセカンドに入っていた。
彼は内野はどこでも守れたが、上杉からセカンドに入って風見を見てくれと言われているからだ。
「ビビるな! ボールを待つな! ステップでボールに合わせろ!」
風見が足を止めてボールを捕ろうとしているクセを東雲が指摘した。
そしてお手本を見せると言わんばかりに東雲はノックを要求した。
「いいか? 俺様の動きを目に焼き付けろよ」
東雲は打球に素早く反応した。
足をうまく使い、ボールが一番捕球しやすいバウンドに合わせて捕球していた。
「無理に前に突っ込めとは言わない。体を動かしておく事で自然と一歩目の反応が早くなるんだ。逆にガチガチに構えると動きは遅くなるし、イレギュラーにも対応できない」
説明後、東雲はもう一球風見にノックをする様に要求した。
風見はまだ動きが固いが、先程より動きが良くなってきた。
「東雲君ありがとう。少しわかった気がするよ」
「バーカ、まだまだ足りねーよ。ちゃんと見てろよ? よし、もう一球こいや!」
東雲は再度堅実な守備を行った。
風見のために丁寧に捕球、送球をしてみせた。
風見はその姿を真剣な表情で見つめていた。
――こうして明来野球部に新たな仲間として東雲が加わった。
彼の転校経緯はまだ謎だが夏に向けて一段とメンバー全員、気合が入っていった。
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