第二十六話 皇帝を倒す第一歩

「どうした。千河と白川の知り合いか?」


 驚いている二人に、担任が質問した。


「はい……前に野球部の練習試合でたまたま知り合って」


「そうなのか、千河。良かったな東雲、早速話せる奴らがいて」


 東雲は無言で頷いていた。


 守と瑞穂は未だに思考が追いつかない。


 東雲が転校してきた? 

 つい先月まで皇帝野球部だった彼が今、明来の制服を着ている?


「ヒソヒソ……なんだ女じゃねーのかよ」


「ヒソヒソ……ちょっと見た目怖いけどカッコよくない?」


 クラスメイトのヒソヒソ話が聞こえる。

 夢でもドッキリでもないみたいだ。

 二人は信じられない様なこの現実を受け止めた。


 ――休み時間、早速守と瑞穂の二人は東雲の席へ向かった。


「なんであんた、うちに転校してきてるんだよ」


「んだよ女顔、俺がどこの学校入ろうと自由だろーが。てか俺が教室入った時大声出すなよ、驚かせやがって」


「う……そりゃそうだね。ごめん」


 確かに勉学は平等だ。守は素直に反省した。


「東雲君は野球部に入るの?」


「なんだ瑞穂、俺様に入って欲しいのか? 野球ダリーしどうしよっかなー」


「別に。部活は入りたい人だけ入れば良いと思ってるから。嫌ならいいよ」


「あー、ジョークだよ瑞穂! 入るに決まってんだろ!」


 瑞穂がいとも簡単に東雲の入部を確定させていた。

 親友ながら末恐ろしい女だと守は思っていた。


 ――放課後、東雲を連れて野球部の部室へ三人は到着した。

 

 既に他のみんなは部室にいた。


「ママママ……マジかよ千河っち!」


「うん。僕も未だに信じられないけどマジ」


 当然みんな驚いていた。


「女顔、本当に明来ってやかましいのな」


「そう? ってか女顔って言うの止めろ! もうチームメイトだろ」


「あぁ? チームメイト……?」


 東雲が物珍しそうな顔をして守を見つめていた。

 もしかしたら彼にとって新鮮な響きなのかもしれない。


「僕は千河ヒカルって名前があるから! だから次から千河って呼んでよ。こっちも東雲って呼ばせてもらうから」


「ちっ……うっせーな。わかったよ、千河」


 東雲が頭を掻きながら返事をした。


「おやおや、東雲君。もうみんなと挨拶しているのかな」


 後ろから上杉がニヤニヤしながら歩いてきた。


 守は上杉に対し、内心この野郎と思っていた。

 みんなにドッキリを仕掛ける為にあんな濁した情報だけ伝えたんだろうと守は考えていたからだ。


「でも東雲っちが入ったって事は……即戦力じゃね!?」


「青山君、残念ながら東雲君は来年まで公式戦に出られませんよ」


 青山の発言に、上杉が訂正を加えていた。


「前の学校で野球部に入っていた生徒は、一年間公式戦に出られません。ですので当然夏は東雲君以外のメンバーで戦います」


 東雲も黙って聞いている。

 当然この事実は彼も知っているはずだ。


「ただ東雲君が入ってくれるのは大きい。東雲君、しばらくあなたにはコーチ役をしてもらいます」


「はぁ!? 俺様がコーチだと!?」


「はい。転校生のあなたは既に遅れてチームの輪に入ろうとしています。あなたが輪の一員になるには一日でも早く、チームメイトの信頼を得る必要があります」


 上杉の発言に東雲は息を呑んだ。


「コーチなんか、やったことがねぇぞ」


「大丈夫です。あなたの思ったことをそのまま選手に伝えてください。これが皇帝を倒す第一歩です」


 上杉は真剣な表情で東雲を見つめている。


「……ちっ仕方ねぇ。天才の俺様が教えてやるよ」


 意外とアッサリ納得した東雲の姿に、守は驚いた。


 だが技術の高い東雲がチームを見てくれるのは確かに大きい。

 彼女自身、ピッチングで聞きたい事はたくさんあるのだ。


 こうして明来野球部に新たなメンバー、東雲凌牙が加わった。


 夏の予選は刻一刻と近づいている。

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