第二十三話 正当な評価

 ――水場に来てからどれくらいの時間が経っただろう。


 守は涙が止まらなかった。

 何度顔を洗っても、すぐに涙が溢れ出してしまうのだ。


 悔しいはずだ。

 今まで守は膨大な練習量で男子に対抗していた。


 中学生の頃、守は第一志望だった強豪シニアの入団試験に落ちていたのだ。

 女の子だから。

 ――それだけが落とされた理由だった。

 能力は他の受験生より優れていたにも関わらず、正当な評価をして貰えず、性別だけで落とされてしまったのだった。


 悔しさをバネに守は、女の子ばかりいるシニアに入団し、大活躍した。

 最後の大会では、自分を落とした強豪シニア相手に完投勝利するまでに成長した。


 努力すれば男子に負けないプレーができる。

 常に自分に厳しくトレーニングを重ねていた。

 それだけに今日の投球内容は不甲斐ない気持ちでいっぱいだった。


「女顔、お前……なにやってんの?」


 守はバッと後ろを振り向いた。


 そこには東雲が立っていた。


「もしかして、泣いてんのか?」


「泣いてない……あんたはチームの所に戻らなくていいの?」


 守は急いで顔を拭いて、強気な態度を見せた。

 試合以外の場でもライバルに弱い所は見せたくなかったのだ。


「いーんだよ別に。いつ戻ってもどうせ監督と先輩には怒られるし。だったら一秒でも長く一人でいたいね」


 どうやら東雲は勝手に抜け出しているようだ。

 皇帝の人たちも彼の扱い方について、日々苦労している事だろう。


「てかこの学校、女子のレベル高くね? 皇帝が男子校だから飢えてるのもあるけど、マジで楽園かと思ってる」


「あんた、よくあの結果でそんな事言えるね」


 東雲のお気楽発言に、守は呆れていた。


「別に……俺は試合で活躍しよーがダメだろーが関係ねーよ。どーせ怒られるんだし」


「え……?」


 守からは、彼なりに悩んでいる様に見えた。


 東雲の能力は充分にある。

 ただ今までの態度や周りからの評判が複雑に絡み合い、東雲も正当な評価を受けていないのではないか。

 そして彼自身がこの状況、どうすれば良いのか分からなくなっているのではないか。


 ――そんな考えが守の頭に浮かんできていた。

 

「あ、お前も女装したら意外といけるかもな」

 

 東雲の発言に対し、いきなり何!? と思いながら、そこまで嫌な思いをしない守だった。

 一応守もお年頃なJKだ。

 ルックスを褒められるのは素直に嬉しい。


「あ、ダメだダメだ。お前みてーなまな板。流石に女子高生でそんな残念な奴いねーだろ」


 前言撤回。メチャクチャ嫌な思いをした守だった。

 一応守もお年頃なJK。

 男装やピッチングにはこのサイズは好都合とはいえ、胸は本人が最強に気にしている点だった。


「ハハ、なんで男が胸のこと言われてムカついてんだよ、おもしれー。とりあえず泣き止んで良かったな」


「だから……泣いてないって!」


 確かに……東雲のデリカシーゼロ発言が、いつの間にか泣きたい気持ちを吹っ飛ばしていたことに守は気がついた。


 ――胸の発言はガッツリ頭に来ているが。


「お前のチームさ、弱えーけど良いチームだな。俺もあんな雰囲気なら崩れなかったかもしれねぇな」


「東雲……」


「じゃーな。また泣きたくないなら、次までにピッチングの幅を広げとくんだな」


 そう言い残し、東雲はグラウンドの方へ歩いていった。


 東雲……彼は人付き合いの仕方が下手なだけで、そこまで嫌われる人ではないのかもしれない。

 ただ自分を大きく見せることを重要視してしまい、誤解を招いているだけかもしれない。

 守自身でも理由がわからないが、東雲のことが気になって仕方なかった。


「あ、ヒカルいた! みんな心配してるよ、一緒にグラウンド戻ろ!」


 瑞穂がトタトタと可愛らしく走ってくる。

 外をランニングしている他部活の男子部員共の視線を集めている。

 そして彼らは前方不注意で次々と衝突事故、クラッシュしている。


「うん、心配かけてごめん。今行く」


 守はもう一回顔を洗い、急いで瑞穂の方へ走っていった。

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