第二十話 中学MVP

 ダッシュでベンチに戻った守を、ナインが暖かく歓迎してくれた。


「ヒカルー! 本当カッコ良かった! はいこれドリンク!」


「千河っちのバント、マジパネェ!」


「千河! お前なら還してくれると信じてたぞ!」


 瑞穂、青山、氷室、他のみんなも全員で守のスクイズを祝福してくれた。


 守は照れながらドリンクを口にした。


 ふと視線を感じたので目をやると、東雲がベンチに戻りながら羨ましそうに見つめているのが見えた。

 彼はもしかしたら、誰かに認められたいのかもしれない。


 ベンチでドリンクを飲み干したのち、守はマウンドに向かった。

 皇帝ベンチに目をやると、またしても東雲が監督に怒られている姿が見えた。

 ――そして神崎が太刀川相手に投球練習をしていた。

 恐らく東雲は降板なのだろう。


 バッティングとは裏腹に、守のピッチングはこの回も苦戦した。

 六、七番に連続ヒットを許し、八番は送りバント成功。

 そして九番の内野ゴロの間に三塁ランナーの生還を許してしまった。

 何とか一番バッターを抑えたが、また三点差になってしまった。


「すまない、また打たれてしまった!」


 ベンチに戻ってすぐ、守はメンバーに謝罪した。

 だが皆暖かい言葉をかけてくれた。

 本当にいいチームだと守は感じていた。


「みなさん、マウンドに注目してください」


 上杉だった。皆がマウンドに視線を送る。

 マウンドでは神崎が投球練習を始めていた。

 キャッチャーは――太刀川が務めている。

 東雲の姿はグラウンドにはなかった。どうやらベンチに下げられてしまったようだ。


「監督、太刀川さんは試合に出ないのでは……」


 不破が尋ねた。皆も首を縦に振っている。


「ええ、そう聞いていましたが……恐らくは夏に向けた準備でしょうね。神崎君の球を実践で受けるための」


 皆が焦りの表情になっているのを見て、上杉は話し続けた。


「ただ太刀川君を出すつもりが無かったのは本当でしょう。あなた方が東雲君を降板させることができたからですよ」


 上杉の上手なマインドコントロールが効いたのか、皆やってやるぞと言わんばかりにマウンドを凝視した。


「中学MVPってやつの球、どんなもんか楽しみだぜ」


 兵藤がヘルメットを被り、バッターボックスへ向かっていった。


 投球練習が終わり、兵藤が打席に立つ。


 サインにうなずいた神崎は息を吐きながら大きく振りかぶった。


 ――スパァァン!


 グラウンドから破裂音が聞こえた。

 違う、これは捕球音だ。

 投手としては毎回この音を鳴らして貰えるほど、幸せなものはないだろう。

 明来ナインは今の球見たかと言わんばかりに、左右のメンバーと目を見合わせている。

 

上杉はどこからともなく取り出したスピードガンを持っていた。

 そして笑みを浮かべながら、メンバーに画面を見せてきた。


「みなさん、これが中学MVPの実力です」


 スピードガンの表示を見た全員が、驚きの表情になる。

 明来メンバーは先ほど灯ったやる気モードから一転、また焦りモードに変わってしまったようだ。


「百四十八キロ!? これ確か甲子園の一年生最速タイ記録じゃあ……」


 不破の問いに上杉はニッコリ顔でうなずいた。


「東雲君も百三十五キロを出していて、かなり優秀でしたが……彼は次元が違いますね」


 結局兵藤はストレートだけで空振り三振となった。

 ポーカーフェイスの彼だが、ベンチに戻る際に何度も神崎の方を見つめていた。


「神崎氏……ここまで成長しているとは」


 山神は神崎の方を見つめ、バッターボックスへ向かっていった。


 五回表 途中

 明来 二対五 皇帝


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