第十八話 夏を勝ち抜くために

「ヒカルがコントロールミス……珍しい」


 守が打たれた瞬間、瑞穂は思わずそう呟いていた。


「いえ、今のボールは千河君が勝手にアウトコースへ投げました、よほどインコースが怖いのでしょう。ただアウトコースは神崎君に狙われていましたね」


 明来ベンチで瑞穂と上杉が、戦況を見つめながら言葉を交わしている。


「不破君はその日の配球を敵味方問わず全部記憶できる頭脳を持っています。執拗なまでのインコース要求は、今日の全データをもとに神崎君を何とか抑えようとした結果でしょう」


「え、不破君ってそんな頭いいんですか。知りませんでした」


「ええ。不破君は自慢をするタイプではないので、自分から言わないでしょうね。実は彼、IQ180の天才なんですよ」


 予想外すぎる話に、瑞穂は唖然とした。


 IQ180なんてテレビでしか聞いたことがない、別世界の話とばかり思っていた。

 

「ただ不破君にも欠点があります。常にその頭脳で理想的な配球ができるが故、配球を理論的にしか考えられないのです」


「理論的……ですか?」


 瑞穂はイマイチ話を掴めずにいた。


「先程のケースですと、確かにインコースを使いたかったです。その後の投球幅が広がります」


「確かに……内と外の使い分けができますもんね。ただインコースは前の打席で打たれてますよね」


 「ええ、先ほど打たれたというのは懸念点ですよね。ただ神崎君程のバッターを抑えるには、どこかでインコースを見せるべきなのです」


 上杉の配球理論に納得しているのか、瑞穂はうんうんと頷いて話を聞いている。


「なので初球、おそらくインコースの変化球でサインを出していたはずです。千河君本来のコントロールなら、ギリギリのコースに投げられます。

 こうした厳しいボールは狙われていない限り、無理に初球から打つボールではないので、初球見逃すことが見込める。なので理論的には正しいのです」


「ただ、ヒカルはそれを嫌がった……」


「そうです。千河君は珍しくコントロールに苦しんでいた。東雲君への投球や仕草でわかります。

 そしてインコースは先ほど神崎君に打たれている。投手心理としては同じコースに投げたくないはずです」


「確かに、打たれた直後に同じコースへ投げるのは怖いですよね。あとコントロールに苦しんでいるから、引っ掛ける可能性がある変化球も嫌ったのでしょうか。だからストレートを……」


 上杉は……正解! といわんばかりに指パッチンをした。

 突然の行動に瑞穂は少し驚いた表情をみせた。


「その通り! 流石白川さん、よく見ていますね! 千河君のメンタルも考慮すると、初球はボール球になるアウトコースへのストレートを要求すべきでした。

 ボール球なら今の千河くんでも、狙い通り投げられたはずです。

 コントロールに多少自信を取り戻した後の配球でしたら、インコースも要求しやすかったでしょうね。

 ただ本来はサインが合わない段階でマウンドに行って、インコースの変化球を要求したい理由を伝えてあげるべきでした。キャッチャーは理論以外の、投手心理も考えてリードしてあげるべきなんです」


 話を聞いて、瑞穂は確かその通りだと納得した。


 守の様子は明らかに様子がおかしかった。  

 あそこまで動揺している様な姿を、瑞穂は見たことがなかった。


「バッテリー経験の浅さ故……でしょうか」


「ええ。なのでこの試合は、あのバッテリーにトコトン苦しんでもらうつもりです」

 

 瑞穂は耳を疑った。

 バッテリーに苦しんでもらう……監督は今日、苦い経験をさせる為に試合を組んだのかもしれない……。


「夏を勝ち抜くためには千河君、不破君のレベルアップが必須です。今日でバッテリーの課題を洗いざらい出していくので、白川さんもチェックお願いしますよ」


 上杉は笑顔で瑞穂を見つめ、視線をグラウンドに戻した。


「……はい!」


 瑞穂はキリッと表情を引き締めた。


 今日の試合を捨ててでも、監督は一年目の夏から勝ちに行くつもりだ。


 私の方でも出来ること全てやろう。瑞穂はそう思いながらスコアシートの空白欄にメモを書き残していった。


 カキン!


 皇帝の五番バッターの強烈な打球。

 しかし山神が難なくこれを捌き、一塁へ送球し、アウトを奪った。


 長い皇帝の攻撃は、ようやく終了した。


 瑞穂はマウンドを降りる守を見つめた。

 大丈夫、まだ戦意を失っていない。


 瑞穂はスコアシートを隣のベンチに置き、急いでジャグの水を沢山のコップに注ぎに向かった。


 三回裏終了

 明来 ゼロ対四 皇帝

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