第八話 守とチャラ男、ヒミツの密会

 九回表ツーアウト。早いもので、後ワンナウトで試合終了だった。


 ――ショートにゴロが飛んだ。山神は流れる様に捕球動作からスローイングまでを行った。ボールはファースト青山の構えているミットに寸分の狂いなく収まった。


 ゲームセット! 明来は初回以降も得点を加え、七対ゼロで勝利した。


 整列を終え、守達が喜びながらベンチに戻っている時、またしても底其処ベンチからは怒声が鳴り響いていた。


 不破とダウンをしながら、守は頭の中で試合を振り返った。


 投球数は百球未満の省エネピッチングで九回を完投。被安打は四本だが四死球はゼロ、奪三振は五と上出来だった。


 ただ、同時に課題も見えた。九イニングの長さだ。シニアでは七イニングだったので、スタミナ向上が鍵となる。


 今回は底其処の選手が監督からの罰を嫌い、無理に打ちにきたことで助けられたが、粘りを徹底するチーム相手だとこの課題は深刻だった。


 守は時計を見た。時刻はお昼前。

 底其処から明来までの距離は1時間あれば着くので、守は自主練をしようと考えていた時、後ろから声が聞こえた。


「千河っち」


 青山が真剣な表情を浮かべていた。


「どうしたの、真斗」


「マジでごめんな。俺ヘタクソで二回もエラーしちまった」

 

 青山が手を合わせ、謝罪をしていた。

 意外だった。青山は不純な動機で野球部に入ったはずなのに、物凄く悔しそうな顔をしている。よく見るとユニフォームも明来メンバーで一番汚している。


「気にするなよ、むしろ始めての試合なのによく頑張ってたと思うよ」


 守は青山の右肩を軽く叩いた。


「いや、このままじゃダサくてさ。……その、瑞穂ちゃんにこんな姿見せられねーよ」


 やっぱり……こいつも瑞穂狙いだったか。

 守は呆れながらも、なぜか以前ほど青山を嫌っていない自分に驚いていた。


「千河っち、この後時間あるか? 昼飯奢るから、学校で守備の特訓に付き合ってくれないか?」


「お、おう。別に奢んなくていいけど……いいよ」


 青山からの意外な言葉にビックリしながらも守は了承した。青山はものすごく嬉しそうに喜んでいた。


 ――時刻は15時を回ったところ。明来野球部、専用グラウンド。多額の資金を費やしているのがわかる立派な施設を、今は二人だけが使用している。


 守は瑞穂から誘われたランチを断り、青山のためにノックバットを振っていた。瑞穂がいると、青山も集中できないだろうという判断だった。


「少し休むか?」


 守の問いかけに、青山は首を横に振った。

 オーバーワークなのは目に見えてわかる。だが、こういう熱血漢は嫌いじゃないと守は思っていた。


「じゃあ後三球捕れたら休憩な。無理してケガしたり、変な癖がつく方が大変だぞ」


 守の指摘に青山は頷いた。それをみて守はボールを打った。


 ――ノックがひと段落した。やはり体力の限界だった様で、その場で青山は倒れ込んだ。


「お疲れ様、真斗」


 守は青山にドリンクを差し出した。


「サンキュー、千河っち」


 倒れていた体を起こし、青山はドリンクを受け取った。


「千河っちはスゲーよな。狙ったところにポンポン投げるし、マジ尊敬するわ」


 青山はドリンクを口にした。


「僕は別に……真斗はよく守ってたと思うよ。背は高いんだし、これからも練習頑張れば、いいファーストになるよ」


 お世辞抜きの言葉だった。


「おう、サンキューな。千河っちには言うけど、色んな野球動画観て、今日まで練習してたんだぜ! あ、瑞穂ちゃんには内緒な!」


「はは、言わないよ」


 守は青山のことを誤解していた。

 確かにチャラ男で話し方も軽いけど、彼は努力家だ。方向性を誤っているだけで、チャラ男キャラも彼なりにモテたくて努力して作ってるのかもしれない。


「おう、お前らやる気満々だな!」


 声の先に目をやると、ベンチ前で氷室が笑顔でグーサインを送っていた。兵藤と風見も一緒だ。


「ちょっちげーよ氷室っち。これダイエットだし!」


 青山が謎の言い訳をする。


「俺たちも守備練習をしようと思ってな。混ざっていいか?」


 そう言いながら、兵藤がグラブをはめた。

 守はふふっと笑みをこぼした。いいチームだなと心から思っていた。


「みなさーん! ジャグ作ってきましたよー!」


 瑞穂がベンチにジャグを設置していた。


「み、み、瑞穂ちゃん!」

 

 青山がメッチャあたふたしている。そして汗で乱れた髪を必死に整えている。


「あ、ヒカルと真斗君、やっぱりいた! 二人でこそこそしてたから怪しいと思った」


 秘密特訓はお預けだな……そう思いながら守はドリンクを口にした。

 このチームなら、もしかしたら甲子園に行けるかもしれない。


 確かな手応えを感じ、守は再びノックバットを握りしめた。

 

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