第七話 誰のために野球をやっているのか

 守がベンチに戻ると、瑞穂が笑顔でドリンクを差し出した。しかし彼女の背後に真っ黒なオーラが出ているのを感じる。

 マズい、怒っている。長い付き合いだからこそ、守は空気でわかってしまうのだ。


「二打席とも見逃し三振って……何か考え事でもしていたの?」


 瑞穂の笑顔が怖い。


「マウンドでは淡々と投げてるのに、なんで打席だと地蔵になっちゃうのよ」


 瑞穂の言葉に、守は動揺の汗を流した。

 守は自分の世界に入りやすく、ピッチングではそれが活きるが、バッティングは無意識にボールを見逃してしまうのだ。


「さ、三打席目はもっと頑張るよ」


 守はドリンクを飲み干し、瑞穂から逃げる様にキャッチボールしに向かった。


「うん、期待しているからね!」


 瑞穂が笑顔で送り出す。よかった、黒いオーラは消えた様だ。


 明来の攻撃が終わり、守がマウンドへ向かっている際、相手ベンチから怒声が聞こえた。


「テメェら何腑抜けたプレーばっかしてんだオイ!」


 どうやら底其処の監督が選手にゲキを飛ばしている様だ。


「この回、何が何でも点を取れ! 今日ノーヒットの奴は試合後、素振り千本やらせるからな!」


 監督の言葉に、底其処の選手達はハキハキと、大声で返事をしていた。

 だがその声とは裏腹に、守から見た選手達の顔は、決してやる気に満ちているものではない様に見えた。なにか怯えながら野球をしている様に感じられたのだ。


 守はこの回も三人で抑えた。打ち気になっているバッター程、楽に抑えられるものはない。追い込むと面白い位、ボール球に手を出してくれるのだ。


 またしても底其処のベンチから怒声が響いた。

 偉そうに足を組んで座っている監督の前に、先ほど凡退した三人が立たされている。守備に就かないという事は、交代させられてしまったのだろう。

 他の明来ナインもその様子を見つめているようだったが、氷室が声をかけ、それぞれ攻撃の準備に取り掛かった。


 彼らは、私みたいに楽しく野球ができているのだろうか。と言うよりも、誰のために野球をやっているのだろうか。


 守はそう思わずにいられなかった。

 

 四回表 終了

 明来 四対ゼロ 底其処

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