第六話 明来高校野球部、初陣!!

 練習試合当日。雲一つない晴天の中、守たちは底其処そこそこ高校野球部のグラウンドに立っていた。


 底其処高校――昨年の東京都大会ベスト十六に入っている。まさに、そこそこの実績だ。

 無名の明来とは不釣り合いだが、上杉の謎コネで今回の試合が実現したそうだ。


 集合がかかった。バラバラのユニフォーム姿をした明来ナインが集合し、オーダー発表された。


一番センター兵藤

二番ショート山神

三番キャッチャー不破

四番サード氷室

五番ピッチャー千河

六番ファースト青山

七番セカンド風見

八番レフト大田

九番ライト松本


 守はキョトンとしていた。部員集めで忙しくて、チームでまともに練習ができていなかった。その為、誰がどのポジションなのか把握していなかったのだ。


 バッテリーということで、監督から不破については初日に紹介して貰ってはいたが、受けてもらった日数は片手で数えられる程だった。

 

 ――両校、掛け声と共に走り出した。代理キャプテンの氷室と底其処のキャプテンが握手をし、全員で礼。

 ついに試合が始まった。


 守は投球練習をしながらワクワクしていた。

 シニアでも男相手に対戦してはいたが、高校生になっても同じ光景がマウンドから眺められることに喜びを感じていた。


 主審からプレイボールの声が掛かった。底其処の一番バッターが打席で構えている。


 初球のサインはアウトローのまっすぐ。守は希望通りのボールを要求され、気分が良かった。

 右腕で体の開きを抑えながら、左腕をムチの様にしならせる。――理想のリリースができた。

 投げたボールは、まるで意思を持っているかの様に、不破の構えたミット一直線に吸い込まれていった。


 ――今日は調子がいい。守は実感した。


 その後一番バッターを空振り三振、二番はサードフライ、三番はピッチャーゴロに抑えた。ファーストの青山は初心者ながらも、しっかり捕球してくれた。


「千河、ナイスボールだ」


 不破がミットを突き出す。


「不破こそ、ナイスリード」


 守もグラブを突き出し、タッチした。


「ヒュー、千河っちやるー」


 青山もミットを突き出した。


「ありがと」


 守は、千河っちは止めろと思いながらもグラブタッチした。


「ヒカルー! やっぱヒカルは天才だよー!」


 ベンチに戻った守を瑞穂が抱き着こうとしたが、守は華麗に回避した。


「つれない所もカッコイイよ」


 瑞穂はドリンクを差し出した。


「それより私……僕の投球はどう?」


 守は瑞穂のアプローチをスルーし、ドリンクを口にした。


「初回は八球。投げてるコースも良いと思うよ。バッターのタイミングも合っていないし」


 瑞穂は真剣な顔で答えた。

 瑞穂は分析モードになると、仮に守相手でも悪い時はハッキリ伝えてくれる。

 それだけに彼女の分析は頼りになるのだ。


 守は打席に視線を移した。

 兵藤が左バッターボックスに立っている。ツーボール、ワンストライクのカウントで彼は仕掛けた。


 コツン。


 ――セーフティバントだ。ボールはピッチャーとサードの間。だが反応良くチャージしていたサードが素早くボールを拾った。

 これはアウトだな。そう思っていた時、守の目に信じられない光景が映っていた。


 ――速い! もう一塁にいる。兵藤は驚異的な足の速さで、サードが投げた瞬間には、既に一塁ベースを踏んでいた。


 更にもっと信じられない光景が映る。兵藤が初球で走った時、二番山神の打球が広く開いた一二塁間を抜けていった。

 狙いすました様な打球だった。兵藤は一気に三塁まで到達していた。

 あのヲタ芸をしていた山神からは信じられない位上手いバッティングが披露された。


「フヒッ、流石は山神殿! ひよこタソもさぞかしお喜びでござろう!」


「それは誠か松本氏! うおおおおおおお! 生きててよかったー!」


 大声で叫ぶ山神、隣に立っている底其処のファーストはドン引きしているご様子だ。ご愁傷様である。


 その後山神は初球から盗塁を行い、成功。不破は冷静にフォアボールを選んだ。これでノーアウト満塁だ。


 パキィン!


 投手にとっては耳障りな音が鳴り響く。


 完璧だ。白球はレフトスタンドへ吸い込まれた。氷室の満塁ホームランだった。


 ネクストバッターサークルの守はこの現実に戸惑いを感じている。

 彼らは部活入学とは言え、明来は無名校。つまり名門校からスカウトされていないはずなのに、選手個々の能力が妙に高い。何故彼らはここで野球をしているのだろう。


 ――そんな事を考えてるうちに、守は見逃し三振に倒れていた。……やっちまった。


 結局その回は後続も倒れた。しかし明来は、初回から四点も得点することができたのだ。


 その後も守は安定感のある投球をする。

 球速は百二十キロも出ていないが、コースは完璧だ。ツーシームとスライダーの精度も安定していて、バッターの芯を外している。

 この精密機械の様なコントロールと、テンポのいい投球が守の個性なのだ。


 明来は守備陣も安定していた。

 不破はワンバンをしっかり止めてくれる為、ランナーがいても躊躇なく変化球が投げられる。


 サードの氷室は捕球と送球、共に安定している。センターの兵藤は俊足を活かし、守備範囲が広い。


 ただ一番驚かされたのがショートの山神だった。

 逆シングルからでも強い送球ができるリストと体幹の強さ。センター寄りのセカンドゴロから浅いレフトフライまで処理できる守備範囲の広さ。

 ハッキリ言って山神の守備は別格だった。アウトを取るたびに松本とアニソンらしき曲のサビを歌う以外は完璧だ。


 彼らの経緯は気になるが、今は試合に集中しないと。


 ……とか思っているうちに守は二度目の見逃し三振をしでかしていた。


 三回裏 途中

 明来 四対ゼロ 底其処

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