第九話 突然の来訪者

 五月……明来野球部が誕生して約一カ月経過した。

 今はゴールデンウィーク返上で練習に取り組んでいる。――山神と松本のヲタコンビを除いては。


 松本は助っ人扱いだから仕方ないとして、推薦組の山神はゴールデンウィーク期間、一度も練習に来ていない。


 山神の不在理由について、つい先ほど守と氷室の二人で上杉監督のもとへ尋ねに行った。

 しかし、私の口からは何も言えることはありませんと一蹴された為、頭を悩ませていた。

 

 ……二人で歩きながら話をしているうちに、明来野球部のグラウンドへ到着した。


 練習に出ているメンバーは皆、頑張っている。

 風見は体験入部のはずだが、全体練習後もよく氷室と自主練をしている。打撃練習では良い当たりが出る様になってきた。

 大田も、なぜか兵藤にはビクビクしているが毎日ちゃんと練習に来ている。

 青山は今日もユニフォームを汚している。今日もショートバウンド百球キャッチをしているようだ。

 

 ――その日の夕方、全体練習後のミーティングの際、上杉から次の練習試合について詳細を伝えられた。


「ゴールデンウィーク最後の日、練習試合を組みました。相手は皇帝学院高等学校こうていがくいんこうとうがっこうです。近年力をつけている学校で、ついに昨年は東京都大会で準優勝した強豪です」


 その名前を聞いて、守は冷や汗をかいた。辺りのメンバーを見渡しても、その場にいた全員が驚いている様にみえる。

 無理もない、皇帝は野球をしていなくても耳にする有名スポーツ校なのだ。


「皇帝って、あの天才キャッチャー太刀川たちかわさんがいる学校ですか」


 不破が口にした太刀川とは、ニ年生でありながら皇帝の四番を務め、早くもプロ注目の選手となっているらしい。

 太刀川は別格にしても皇帝の選手層は厚い。今の戦力だと足元にも及ばないだろう。


「俺らが甲子園に行く為には、いずれ皇帝も潰さなきゃならねーんだ。今のうちに相手さんの手の内見せてもらおうや」


 そう言いながら兵藤はニヤリと笑った。彼はこの試合が楽しみなのだろう。

 氷室も気合が入っているのか、フーッと鼻息を吐き出していた。


 ――練習後、守と瑞穂は駅までの道のりを並んで歩いていた。


「日が沈むのが遅くなってきたね」


 守の雑談に瑞穂は笑顔で頷いていた。

 その時、後ろから声が聞こえてきた。


「おーい、そこのカワイコちゃん」


 二人が振り向いた先には、細い眉毛をした他校の男子生徒が立っていた。

 髪は短めのツーブロック、手首やら指にシルバーアクセサリーを付け、ガラの悪い風貌をしている。


「お、正面の顔もメチャ可愛いじゃん。俺は東雲凌牙しののめ りょうがつーんだけど、お前は?」


「あんた、なんの用なの?」


 守は瑞穂の前に出て、立ち塞がる様に両手を広げた。


「んだよヒョロガリ女顔。テメーには話してねーから引っ込んでろや」

 

 どいつもこいつも……守はブチギレ寸前だった。

 そんな守に対して瑞穂が耳元で、まかせて……と呟いた。


「こんにちは東雲さん。私は白川瑞穂っていいます。今私たちは駅に向かってるのですが何かご用ですか?」


 瑞穂は守の前に出て、ペコリと頭を下げた。


「ふーん、瑞穂か。悪くねー名前じゃん。とりまラインを……」


「私たち急いでいるので、手短に要件を聞かせてくれませんか?」


 うまい、さすが瑞穂だ。

 こういったシーンは何度も見ているが、場慣れ感が半端ない。

 瑞穂の返しを見て、守は少しだけ冷静さを取り戻した。

 

「つれねーなー、まぁいいや。明来のやつらに用あんだけど、できれば野球部」


「僕たち、明来の野球部員だけど」


「だからテメーには話してねー……ってマジ?」


 東雲は少しびっくりした表情をみせた。


「超ラッキーじゃん、手間省けたわ。俺、皇帝野球部の一年なんだけど、日曜試合するよな。一年チームはバス使えねーからグラウンドまでのアクセス見てこいって言われてんの」

 

「え、皇帝!? だけど一年チームって……」


「女顔、お前なんも聞いてねーのか? 今回は俺様率いる皇帝の一年チームが相手だよ。わざわざテメーら無名に、上級生の奴らを使うわけねーだろ」


 守と瑞穂はようやく理解した。

 なぜあの皇帝が自分たちの様な無名と練習試合をしてくれるのか、先ほどまで理解できなかったのだ。


「その道をずっと真っ直ぐに歩いたら、右手に学校があるから。じゃあねパシリ君」


 守は捨て台詞を吐いて、瑞穂とその場を離れようとした。

 

「おい待てよ女顔。俺様のことをパシリ呼ばわりしたか?」


 守は東雲に背を向けたまま、ニヤリと笑った。


「だってこんな時間に雑用やらされてるんでしょ。ご愁傷様、パシリ君」


 守はさらに煽った。


「テメェ……今すぐグラウンドへ案内しろ!叩きのめしてやる!」


「やれるもんならやってみなよ、パシリ君」


 ――再び野球部のグラウンドへ戻ってきた。今日は珍しく誰も残っていなかった。


 守は内心、東雲のことを馬鹿なやつだなーと思いながらも準備を始めた。

 瑞穂もビデオをまわしている。これで東雲のデータが撮れる。笑ながらナイス作戦、守は自画自賛していた。


「俺様は天才だからピッチャー、バッター両方できる。どっちがいい?」


「じゃあバッターやって」


「おう」


 あれ、意外と素直じゃんと思っていたが、打席に立った途端、東雲の雰囲気が変わった。


 すらっと綺麗なフォームで右打席に立っている。力感は感じられず、どのコースにも対応してきそうなオーラがある。


 勝負は三打席、ノーヒットなら守の勝ちだ。


 一球目、東雲は見逃した。キャッチャーはいないが低めいっぱいに決まった様に見える。


「ほー、そこそこ良いコントロールしてんじゃん。ストライクにしてやるよ」


 それからツーボール、ツーストライクになった所でインコースに食い込むスライダーを投げた。


 ――反応が遅れてる、詰まらせた。


 次の瞬間、ボールは物凄い音を立てて、守に襲い掛かった。

 なんとかキャッチできたが、えげつない打球だった。守の右手は完全に腫れあがった。


「へぇ、よく捕ったな。ワンナウトだな」


 東雲は余裕の笑みを浮かべている。

 さすが皇帝野球部といったところか、詰まらせたと思ったが、肘を上手くたたんでコンタクトしてきた。


「じゃあ次、二打席目な」


 初球のストレートだった。


 ――守にとって、耳障りな音が聞こえる。

 東雲は歯を見せながらバットを放り投げた。

 打球は一瞬で左中間に転がっていった。


「これが実力差だな。まぁこのレベルなら俺らのバッティング練習にはなるかもな」


 東雲は左中間の方向を見つめている守を指差して笑っていた。


「じゃあ、俺は帰るぜ。瑞穂もまたな」


 東雲はそう言い残し、グラウンドから姿を消した。


「守……」


 瑞穂は守にかける言葉が見つからなかった。

 守はしばらくの間、左中間の方向を見つめ続けていた。


 ――東雲は駅まで歩いていた。彼はとてもイライラしていた。


 ――ピロン!


 東雲はスマホを取り出した。同じ一年の神崎信二かんざき しんじからの連絡だった。舌打ちをしながらラインを開く。


『お疲れ様。監督が、報告が遅いと怒っているぞ。明来さんへのアクセスはわかったのか?』


 東雲は再度舌打ちをしながら返信を打った。


『完璧。ついでに野球部のやつボコしてきたわw』――送信。


 ――ピロン!


「なんだよ、うぜぇ。返信早えよ暇人が」


 東雲は返信画面を開いた。


『ボコした!? どういう事だ! 監督が早急に説明を求めているぞ!』


 またしても舌打ちをしながら東雲はスマホの電源を切った。彼は兎に角、機嫌が悪かった。

 雑用に使われたことにも腹を立てていたが、先ほどの勝負が気に入らなかったのだ。


 球は速くない、変化球も普通というのが東雲からみた守の印象だった。

 一打席目はお遊びだったが、二打席目は完璧なレフトへのホームランを打ったつもりだった。しかし結果は左中間を抜けるヒットだった。


「この俺が詰まったのか?あんな球で」


 東雲は眉間にシワを寄せ、皇帝野球部の寮へ戻る為、駅構内へ入っていった。


 ――その後、寮についた東雲は監督にメチャクチャ怒られたのであった。

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