第3話 転
去年の夏。
男とその友人は、その地域では有名なある廃墟に肝試しに来ていた。
なんでも噂によると、殺害された男の子の幽霊が、報復を求め夜な夜なさまよっているんだとか。
友人は他の友人達を何人か誘ったが、時間の都合がつかず、結局男と2人で来ることになった。
「やっぱり夜の廃墟は不気味だな。俺は幽霊なんぞこれっぽっちも信じてはいないが、流石に気味が悪い。」
男はそう言いながら、助手席でタバコを吸っている。
「そうだろう。俺も実は少々怖い。しかしせっかくここまで来たんだ。これを吸い終わったら外へ出てみないか。」
2人はタバコの火を消すと、車から降りて廃墟に近づく。
友人がライトで道を照らしつつ進んでいると、前方に数人の人影が。
「や、先客がいたようだ。声をかけてみるか。」
「まあ、大勢の方が心強いしな。気味悪さも少しは薄れるだろう。」
男が賛同すると、2人は先客に小走りで駆け寄りつつ声をかける。
「やあ、君たちも肝試しかい。良かったら我々と一緒にどうだね。」
それは男女数人の、大学生くらいだろう集団であった。
「びっくりした。おじさん達、生きてる人間ですか。」
「おっと、驚かせてすまない。そうだ、れっきとした人間だ。ほら、足もちゃんとあるだろう。」
友人はおどけた様子で足を上げる。
若者達の顔から驚きの色は消え、安堵へと変わった。
集団の中でも一際容姿が整った女性が小さく笑いながら、
「あら、今どきの幽霊は足もあるんですよ。ほら、有名な井戸から出てくる髪の長い霊だってそうでしょ。それに、足音がどうとかって言う怪談も少なくはないわ。」
友人は笑いながら
「確かにそうだ。君は怪談に詳しいようだ。そう言う人がいると、ほらこれはデタラメだ、アレはこう言う心理で、とか言って恐怖心を和らげてくれそうだ。いやあ、心強い。」
笑いながら女性が言う。
「おじさん達何しに来たんですか。肝試しって怖がるためにするんでしょう。そうだ、だったらこんな話は知ってるかな。ここの廃墟にまつわる話なんだけど……。」
それは、だいたいこんな話だった。
何年か前、この家で強盗殺人があり、ここに住んでいた一家が殺害された。
どうか子どもだけはと懇願する母親に、強盗はそんなお涙ちょうだいで、はいわかりましたと帰る馬鹿がどこにいる、と言い容赦なく一家を惨殺した。
その時子どもが泣き叫び、それがシャクに触った強盗は子どもの目玉をくり抜き両親に無理やり食わせた……。
そんな話だった。
「ーーーでもなぁ。一家惨殺ならなんであの子がそんな話知ってたんだ。どうせ作り話だろう。」
お酒を飲み、料理を口に運びながら男はそう言った。
「そうは言うけど、だったらなぜあの家は廃墟になっていたんだ。」
「そんなこと俺が知らないよ。おおかた、住んでた人が引っ越した後、入居者が現れず管理人もほったらかしていた、とかそんなところじゃないのか。」
「はは、案外そうかもな。でもあいつら勇気あるよな。そんな話を知っていながら肝試しだなんて。」
「そうだな。話してくれた子も可愛かったし。あんな可愛い子も怪談やオカルトが好きなんだな。俺らの年代だと、可愛い子をお化け屋敷に誘い、キャーっと驚いたところでくっついてもらう、と言うのが一般的だったが、最近の子には通用しないのかもな。」
男の言葉に友人は顔をしかめる。
「お前、そんな趣味があったのか。さっきから可愛い可愛いと言っているが。」
「別にいいだろう。女の子は二十歳を超えたら大人だ。そこに容姿が整ってるときたら、男は誰でもみんなクラッとくるもんだろう。」
「何を言っている。女の子だと。話をしていたのは大人しめの男の子だったろう。」
男の顔が少し曇る。
「なんだと。お前、俺を怖がらせる為にそう言うことを言っているんだろう。バカバカしい。」
「お前こそ、変なこと言って。俺を引っ掛けるつもりだな……。」
友人がそう言いかけると、どこからともなく声が聞こえた。
「おなみだちょうだい……。」
2人は勢いよく振り返るが、店はそう広くないが集客数はそこそこ多い。
どこから聞こえた声かなど、分かるわけもなく。
「どうした、顔が青いぞ。」
若干震えながら男は言う。
「お前こそ、声が震えているぞ。」
落ち着こうとタバコを吸いながら友人は言う。
2人は少しの間見つめ合い、
「いやあ、飲み過ぎたかな。いいや、もっと飲もう。」
「そうだな、そうしよう。食べよう、食べよう。」
自分達が何を言っているのか分かってはいないが、店内の喧騒に恐怖心をかき消してもらうべく、2人は明るいそぶりを見せた。
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