第18話 帰還
「ーーてよ……。ーーてよ、大翔くん……」
誰かの泣き声が聞こえる。震えるような、祈るような声で僕の名前を必死に呼んでいるのだ。
「ーーねえ、大翔くん……。ーーて……。ーーてよ……」
誰の声だろうか。誰が、こんなにも懸命に僕の名前を呼んでいるのだろうか。
お父さん? お母さん? 妹? おばあちゃん?
いや、どれも違う。僕は……僕はこの声を知っている。この声を識っている。この声の主を知っている。識っている。
そうだ。僕は、この声を望んでいたのだ。この声を聞くことを、この声の主のもとに戻ってくることを、望んでいたのだ。
何が起きているのかを知り、何が起きているのかを悟り、何が起きているのかを受け入れたあの瞬間から、たかが1分にも満たないほどの極短い時間しか過ぎていないとしても、僕は望み、その結果僕はこうしてこの場所に戻ってこられたのだ。
「ーーてよ……。本当に、ーーてよ、大翔くん……」
その声が、彼女の声が、今薄紙をはぐように小さくなっていっている。薄くなっていっている。崩れ落ちそうなほどに、消え去りそうなほどに、弱々しくなっていっている。
そんなことを許して良いのか。きっと悲しんでいるのであろう彼女をそのままにしていて良いのか。いいや良い訳がない。良いはずがないではないか。
だって僕はそのために、彼女を助けるために、この場所に、この世界に、舞い戻ってきたのだから。
だから僕は手を伸ばす。彼女の方へ、美夜の方へ、光が指し示す方へと。例えまだ身体が意識と連結しておらず意図した通りに動かないとしても、例え美夜が僕の助けなど望んでいないとしても、僕は美夜に救いの手を差し伸べるのだ。
偽善でも、自己満足でも、欺瞞でも良い。
僕の胸には、今もそう強く刻み込まれているのであり、それが僕の使命であるのだから。それ以外に選択肢など、元からありはしないのだ。
そうして僕の手が美夜の声へと段々と近づいていくのが分かる。声が近くなり、意識が浅くなり、差し込む光明が大きくなっていく。
「起きて……。目を覚ましてよ、大翔くん……」
次第に美夜の声がその息遣いまではっきりと聞こえてくるようになった。
僕はすぐに理解する。美夜はやはり涙を流している。悲しんでいるのだ。
そして、もう一歩で美夜の声に届くのだということも。
「……ホント、目を覚まして欲しいのはこっちなんだけれどなぁ」
そんな皮肉めいた笑みを浮かべると、僕は大きく息を吸った。
さあ、行くぞ。これが最後だ。成功しようと失敗しようと今夜が最後のチャンスだ。
だから絶対に、やるからには絶対に美夜を助ける。美夜の願いを叶える。美夜ともう一度現実世界で会う。それだけが、全てだ。
僕は大きく息を吐く。
緊張も、迷いも、逃げも、弱い気持ちも、自然とどこかへ行ってしまった。
僕を邪魔するものはもう何もない。
僕は目覚めつつある意識の中で、そう気合いを入れて最後の手を伸ばした。
僕を待つ、彼女のもとへーー。
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