第三十節  姦婦の石碑

 エルサレムの神殿は、嘗て四十五年以上を費やして建てられたという。その神殿が聖都の象徴あるまじき腐敗に染まり、メシアは激怒したことがあるわけだが、改築とはいえ、数年で教会が建てられる筈も無かった。オスロエネに来たときには五十手前だった私も、次に目指す大台が六十歳となり、酷く疲れやすくなって、熱が出ることも多くなった。加齢と関係あるかは知らないが、時々陰茎が腫れて血や膿が出ることもあった。幸いにも寝床は神授しんじゅと一緒だったため、そのような失態が他の者に知られることは無かったのだが。少しでも疲れが溜ると、身体には黴が生える。年々目も少しずつ濁っているようである。槌で打ち据えてもいないのに、関節は太く丸くなっていく。中腰で木材を切る時間が徐々に減っているのが分かる。

 しかしながら、神授しんじゅの言ったことは本当だった。私達が聖堂を作っていると、乞食達が仕事と宿を求めて集まってくるのである。神授しんじゅが会堂に説教をしに行き、私は聖堂で彼等に仕事を与え、食べ物を与え、残った時間で私が彼等に説教をする。時には奇跡を強請られ、起こすこともあったが、起きないこともあった。そのような者には、何度か更にメシアの話をすると、ある日ひょっこりと、『朝起きたら治ってました』などと言って来たりする。このからくりは偏に、私がメシアの兄であるということを笠に着ぬ為の戒めなのであろう。巻き込まれる病人達にとっては、たまったものではないが。

 時間が経ったことで、書簡のやりとりも増えた。各地に共同体が生まれ、そこは教会と呼ばれるようになるほどに大きくなったのだろう。悲しいかな、オスロエネのこの共同体は、まだそこまでの規模になっていない。書簡で殉教の話が出ることもあったが、大抵は資金のやりくりの話と、協会内の対立の話が多かった。侏儒しゅじゅは見事、異邦人への宣教者として見事に働いているらしい。

 それとは別に、私への個人的な手紙が来ることもあった。相手は若枝わかえからで、やれ子供が産まれただの、婦人たちの頭になってるだの、良い話ばかりを選りすぐっているようで、私は心底癒やされ、自分の力で読んでみたくなり、簡単な単語であれば、読み取れるくらいまではひこに教えて貰った。手紙の返事を書くことは出来なかったが、署名と、彼女達への愛を書き留めるくらいなら出来るようになった。聖堂の建築と説教で疲れ切った私が、活力に満ちあふれる僅かな憩いの一時だ。しかし、そのように新しいことや普段していないことをすると、決まって翌日に熱が出たり、黴が増えたりしていた。それでも一日も休まず、半日だけでも日々の活動が行えたのは、偏にメシアの力添えに他ならないだろう。

 私達は与えられた二つの廃墟のうちの一つに、乞食や寡達と住み、もう一つの廃墟を教会にしようとしていた。しかしあるとき、会堂帰りの神授しんじゅが難しい顔をして、杖で周囲を叩きながら言った。

亜母あおもちゃん、これじゃ裁判所なのか聖堂なのか、わからないよ。」

「はい?」

「もっと言うなら、乞食の吹きだまり二番館みたいにも見える。」

「何だとコラ。」

 こっちこっち、と、手招きされて、私は神授しんじゅの傍まで歩いて行って、遠くから二つの建物を見上げた。

「あー………。」

「ね? なんか、特徴が無いでしょ。ここが聖堂だって行っても、前にあったとかいう裁判所とどう違うのかが分からない。これじゃ、おじいちゃんがどんなに会堂で呼びかけても、誰も来れないよ。」

「じゃあ、あのひこえが繁ってる切り株を目印にしたら?」

「そんなの、ここから見える? 亜母あおもちゃんが見えても、おじいちゃんには今ここで見えないよ、全部茶色と緑にしか見えないもん。」

 言われてみれば、目を細くするとそのように見えなくもない。

「何か目印をつけようよ。」

「目印? なんの?」

「だから、ここが聖堂だっていう目印。」

「だから、どんな目印だよ。看板でも立てるのか? ここの住人、貴族ですら自分の名前が書けるか書けないか、だぜ。」

「だったら、記号にしよう。何か、おじいちゃん達、いや、メシアの建物だって、一目で分かる記号。」

 ふむ、と、私は考え込んだ。あまりにイスラエルに寄りすぎた造形だと、此処の人々には伝わらないだろうし、逆にここの文化に即し過ぎてても目立たないだろう。この課題は持ち帰るとだけ言って、疲れてふらふらしている神授しんじゅを引き摺って家に帰った。

 その日の晩餐は、ひこと、最近入ってきた女達を交えた晩餐だったので、私は幅広い意見を聞こうと、彼等にその課題を振った。彼等は互いに顔を見合わせ、うんうん唸っていたが、寡にくっついてきた女児が、ふと言った。

「たてものに、おえかきしていいの?」

 私はそれを聞いて、かちっと、石造りの親石が綺麗に嵌まったような感覚を覚えた。

「そうだ、絵だ! 何故気付かなかったんだ。絵なら誰でも分かる。絵に意味を持たせて、それを正面玄関の上に飾るか、屋根の上に飾るかすればいい。」

「どんな絵を描くの?」

「………。」

 神授しんじゅの一言で、また私は黙った。案が浮かばない。すると先ほどの子供が言った。

「メシアのえ、あたしがんばってかく!」

「メシアだと、一目で分かる絵…。あの子の顔を描くのは、あまりに残酷だ。」

 神授しんじゅだけが苦笑した。どうやら他の者達には、あの子が輝かしい美青年だと思われているらしい。夢を態々壊すこともあるまい。

「じゃあ、記号かな。」

「メシアの名前なんて、誰も読めないぞ。」

「いや、そうじゃなくてさ。例えば…そう、おじいちゃん達は十字架の贖いによって新しくされたんだから、十字架なんてどうだい。」

「そんな血腥いもの、飾ってどうするんだ。アレ、処刑器具だぞ。」

「確かに処刑器具だけど、それ以上の意味を持ってるのが、おじいちゃん達だろう?」

 一理ある。では仮に十字架を作るとして、どのようにしようか。

「では、ハチュカルに十字架を掘ってみてはいかがでしょうか。」

 ひこが案を出した。私は聞き慣れない単語に目を細めて聞き返す。

「ハチュカルというのは、オスロエネでは九百年近く前から作られている墓石の一種です。」

「ああ、あの墓地にある砕けた石のことか?」

「そうです。あれは元々、石版だったんです。石に女神や家紋、草花や動物なんかを彫刻して飾ると、魔除けや癒しの効果があると信じられてきました。ただ…、十年近く前、亜母あおもさまが来る前に来た私や仲間が、メシア以外の奇跡や癒しを避けるように大いに呼びかけ、また魔術師の方も同じ事を言っていますから、大分廃れ始めてはいます。でも、メシアの死を思い起こし、メシアの名によって成される悪霊を退ける力や、病気や死すらも癒す力を象徴するには、ぴったりだと思いますし、何よりハチュカルを造る職人に罪はないでしょう。正しい意味でのハチュカルを造れば良いのでは。」

「なるほどなるほど。大いに結構! おじいちゃんはそれに賛成だよ。」

 神授しんじゅが一人で大きく頷く。すると何も考えていないのか、それとも早く晩餐に戻りたいのか、他の者達も頷き始めた。私もここでぐだぐだ考えても仕方ないというのは同意見だ。

「じゃあ、ハチュカルを作るとして。誰が作るんだ? その彫刻の形を決めるのは?」

 一様に皆、私を見ている。…まあ、そうなるだろう。

「分かった分かった。ならひこ、私がハチュカルを掘っている間、改築の音頭はとってくれるね。」

「はい、伊達に十年余り、お側にいたわけではありませんから!」

 ハチュカルを作ったことは無いが、大工として石を削ったり計ったりしたことはあった。メシアのかかった十字架くらいの簡単な形なら、一年ほどでそうと分かるものが作れるだろう。無論職人に頼めるのならその方が良いのだが、職人に支払う賃金が無いのだから私がやるしかあるまい。

 その日の晩餐は、いつもより小麦粉の量が多いようなパンが続いた。


 翌日になって、ハチュカルについて学ぼうと、私は郊外の石職人達の共同体を訪ねた。いつもは建築用の石切場に行くので、少し迷ってしまった。職人というのは繊細な生き物だ。私は彼等の機嫌を損ねないように、祈る気持ちで、一歩一歩踏み出すごとに頭の中で詩編を復唱した。

「失礼。ここにハチュカルの権威がいらっしゃると聞いたのだが、取り次いでくれないか。」

 仕事場らしき建物の庭に、若い職人が石を磨いていた。私がそう声をかけると、パッと顔を上げる。

「貴方は?」

「私は亜母あおもと申します。」

「ああ、国王陛下のお気に入りの。お噂はかねがね。」

 どういう噂が流れているのかは知らないが、予め私のことを知って貰えているのなら、都合が良い。私が頷くと、青年は私に着いてこいと手招きをして、建物の中に入れた。丁度休憩をしているのか、石を削る音はしない。

「親方、親方ァ。お客様です。」

 石造りの高い天井に、酷く声が響いて、頭がくらくらする。よろめくと、その青年が私の二の腕を掴んで支えた。青年の呼び声に答えて、奥の椅子で休憩していた大柄な男が、とことこと歩いてくる。

「ありがとう。」

「いえ別に。」

「こら新入り、お客様に触るな。」

 私が彼を庇う前に、彼が私を手放してしまった。親方だという男は、石を砕いたときに出来たのか、礫の傷跡が顔にあり、職人というよりも荒くれ者のような雰囲気だった。石を削る作業の苦労は私も知っているし、それを芸術に仕上げるのだから、こんなにも顔が険しくなるほどの重圧があるのだろうか。

「お噂は聞いていますよ、亜母あおもさま。こんなむさ苦しい離れ小島へなんのご用で?」

「…貴殿が、オスロエネ一のハチュカル職人でしょうか。」

「如何にも、俺はそのように呼ばれておる。」

「実は、私どもが建てている聖堂に飾るハチュカルを作りたいのです。その為にご教示を願いに来ました。」

「ははあ? ハチュカルを? 墓以外に? なんでまた。」

「私達の教団には、文字の読み書きが出来る者が非常に少ないのです。そのような者でも、遠くから見て聖堂だと分かるように、私達の家だと分かるように、目印がないかと話し合った結果、オスロエネの聖堂ならばハチュカルが良い、という結論になりました。私は故郷で石を使って仕事をしていたので、私が教えを乞いに。」

「………。」

 親方はじろじろと、頭の天辺から爪先まで舐めるように見つめ、最後にぐっと私の顔を覗き込んだ。

「?」

「おいお前達! このお客人、何に見える?」

 呼びかけられて、ざっと十人に満たないくらいの職人達が集まってくる。彼等は私の姿を、やはりくまなく見つめ、顔を覗き込んだ。そして不思議なものや不気味なものを見たような目で、お互いを目配せしている。

「実に失礼な頭の使いだと思います。」

「この教団の頭は私です。何をもってそのような事を仰るのですか。」

 唐突に侮辱され、私は即座に言い返した。すると、親方のすぐ隣にいた別の職人が、唐突に私の顎を掴み、ぐいぐいと色々な角度に動かした。

「やっぱりそうだ、。親方、こいつの頭は、あっし達のような落ちぶれかかった職人には、乳の無い女でいいと言っている。」

「は?」

 三十年前なら、恐らく私は罵声の一つや二つ浴びせてすぐに帰っただろう。しかし今の私は、五十を越えた中年男だ。皮膚は僅かに柔らかく弛み始めて、喉仏だって昔よりもはっきり出ている。何より、私の周りでそのような、外見だの性別だの年齢だのを気にした会話や空気が、オスロエネに来てから全くなかったので、嫌悪感よりも先に戸惑いが出てしまったのだ。ごとん、と、扉の閂がかけられる音がする。逃げ道を塞がれたと気付いたが、私は慌てなかった。

「乳もなにも、私は男です。」

「へっ、知ってるぞ。ユダヤ人てのァ、髭ともみあげが命なんだろ? あとちんこの形。それが揃ってない男が、外国なんか来るもんかい、恥ずかしいったらありゃしねえ。」

「…私は、ハチュカルの技術を学びに来たのです。そのような嘲罵は、何か学びに有益なのですか?」

「なら職人の男を呼んでこい! お前みたいな女に教えるほど、職人どもだって廃れちゃいねえ!」

「何を失礼な! 私は立派な男です! 聖書だって―――。」

 言いかけて、私は彼等にはイスラエル人の歴史は意味が無いことに気付いた。オスロエネにはオスロエネの歴史があるのだし、そもそも彼等に割礼の痕を見せることも意味が無い。それに、身体を使うな、と、父は私にきつく叱りつけた。

 というより、考えてみればハチュカルの職人なぞ、共同体にいないだけで、趣味で掘っている者がいるかも知れない。無理に彼等に教えを乞うこともないのだ。私はつんと顔を背けて、入り口で棒立ちになっている青年を退かし、閂を持ち上げようとして―――がくん、と、引っ張られて、左肩が外れたような違和感が走った。両脇に腕を入れられ、軽々と持ち上げられる。

「ちょっと、何をするんですか!」

「なんだ、暴れるならやっぱり女なんじゃねえか。」

「女じゃなくても暴れます! 貴方方には頼みませんから、降ろして下さい!」

「これ以上職人に食いっぱぐれがあってたまるか! てめぇら外人の分際で、五百年以上続くハチュカルをぼろくそにしやがって! 我が子を次々叩き割られた俺達の無念が分かるか!」

「おい新入り! 縄もってこい! こいつが女じゃなくて連中の頭だっていうなら、丁度良い、お前の情熱もここで叩き割ってやる!」

 ここで殉教するのかもしれないと、ぐっと息を呑み込む。私を持ち上げた大男が、私を回転させて、私の二の腕をぎりぎりと握りしめながら、睨み付け、しかし笑っている。私がなるべく冷静に、無表情を装って見つめ返していると、二の腕ごと縛られ、手首も縛られる。変な縛り方をするんだな、と、人ごとのように思った。石を削る為ののみが、私の顔の目の前で閃く。もう大分使われていないのか、さび付いているように見えた。のみの角で、私の帯に傷をつけ、一気に破く。嗣跟つぐくびすより破壊衝動があるのだな、と、ぼんやり思っていると、あ、と、その男が声を出した。

「親方、こいつ、やっぱり女ですぜ、。」

「はあ!?」

 恐らくその場にいた全員が声を出した。私が一番驚いたが、すぐに合点がいく。また私の陰茎が腫れて、血を流しているのだ。

「なぁんだ、一人でノコノコやってきたのはそういうことかい。こいつを孕ませて、その子供で和解しようって腹か、くだンねえな。」

「俺達の子供以外孕めなくしてやるよ!!」

「―――私の下履きをとってみなさい。」

 勘違いを正すのも馬鹿らしい。下血しているということは、恐らく陰茎は腫れている。大きいかどうかは別として、間違っても奇形の女には見えまい。私の挑発を受けて、親方が宙ぶらりんだった私を引き倒し、床に打ち付ける。ガァン、と、派手な音が聞こえて、頭がぬるぬるし始めた。血が出たらしい。この量だと、中々止まらないかもな、と、思っていると、下履きを剥がした男達がどよめいた。どのみち逆上されるだけだろうと思って、私は吐き捨てた。

「どうした? 私を孕ませるんじゃなかったのか? その為の穴があるなら見つけてみたまえ。」

 そう言って、釘付けになっている親方の頬を側頭で蹴り上げる。親方はそれを激しく喰らったが、別の男が私のその脚を掴み、ぐっと上下に開いた。少し年をとって硬くなったが、それでも十分過ぎるほど、上下に脚が開く。

「どっちだ? これ。」

「おい、ちんこの裏探してみろ、女子まんこがあるかも知れねえ。」

 熱を持って血を垂れ流すその姿は、正しく勃起した陰茎そのものであるので、誰もが癒そうな顔をしたが、私の頭の上の方から腕が伸びてきた。興味深そうに私の陰茎を無遠慮に握り、あっちへこっちへ傾ける。握られた感触がぶよぶよして、皮膚が動く度に、血が溢れた。

「無いみてぇです、親方。それかよっぽど締まってるか。」

「あるとしたらこの辺か。」

「うぐぅッ!」

 ドスッと爪の伸びた三本の指が、私の陰茎の裏を突く。それがあまりにも深くて、私は呼吸が乱れて悶絶した。どうやらそれをみて、彼等は勘違いをしたらしい。

「どうやら縫ったみたいだな。おい、のみ貸せ、糸を探して切ってやる。」

「こんな所が縫えるか、馬鹿!」

「うるせぇッ!! お前は黙ってヤラせろ!!!」

 頭を掴まれ、ぬめる後頭部を床にこすりつけられる。物珍しさに欲情したらしい男達は、私の服を首までたくしあげて、私の胸が本当に男の胸なのかどうか、好き勝手に触り始めた。二の腕で縛られているので、乳輪の少し上くらいまでしか服がたくし上げられない。ぐっぐっと縄を動かして得る苦しさよりも、のみの冷たく細く鋭い刃先が、私の陰茎の根元を探ることの方が恐ろしかった。

「ねえな、よっぽど腕の良い医者だったんだろうよ。」

「親方、じゃあなんでこいつは月のものが来てるんです?」

「そりゃお前、。」

「ふぁ?」

「ま、待て―――ぐあああァッ!」

 きょとんとしている男達を尻目に、親方が突然、全く触れもしなかった所に突き進む。緩く柔らかくなった肌が限界以上に引っ張られて裂ける。嘗て攻め込まれ、それでも十年以上侵入を許さなかった、荒れ果てた砦に、巨大な馬の牽く戦車が突っ込んでいって、見る見る内に残骸を蹴散らしていった。潤滑油の代わりは、私自身の爛れた血らしく、むっとした臭いがかき混ぜられて弾ける。耳の奥が歪み、二の腕で縛られた縄が激しく動いた。

「すげえ、名器って奴だ。凄ェ締まる。」

「や、止め、苦し―――ひぐっ!」

「ああ、さっき指で圧したとこ、多分ここが子袋なんだろ。締め付けてくるぜ。」

 好奇の目が好色の目に変わっていくのを感じる。子袋なんかあるか、ただ陰茎が腫れて血が出てるだけだというのに、何故こいつらにはたったそれだけの事が分からないのだ。理不尽な暴力に怒りを感じる反面、嗚呼ここでも娼婦になるのかという深く空虚な絶望感もある。ただ私が十年前と違うことは、あの時は全くの抵抗を許されない状況だったが、今はそうではないということだ。彼等は私を女だと思っている。女の使者を傷付けたと言って、『被害者』になれるのは私達の方だ。私はガチガチと鳴る奥歯を噛みしめて、苦し紛れに叫んだ。

「こんな、こんな、ことを、して、ただで、すませる、ものか! はぁ、はぁ、はぁ、その、粗チンを、と、とっとと抜け!」

「うるせえ、外人!!!」

 ガンッと顎を殴りあげられる。また後頭部がぬめった。頭がぐわんぐわんと鳴り、何か興奮した男達の叫び声や怒鳴り声が聞こえるが聞き取れない。ぐっと私の口に何かが押し込められた。舌を圧され、口の中いっぱいに頬張らされて、息が上手く出来ない。かふ、かふ、と、小さな空気の喘ぎ声は聞こえるのに、周囲の男達の声は全く聞こえなかった。

「おら、一番手はこの親方さまだ、しっかり孕めよ、男女おとこんな!!」

「んぐ、んぎ、んぐぅっ!」

 興奮に滾って膨張した粗末なのみが、奴が子袋だと言った所に押し当てて、削り滓を出す。余韻に浸ろうとしている親方を隣の男がせっつく。鉄でなく植物の茎のようになったものでぐるぐる動き、やっと満足したのか、圧迫感が萎む。丸い石を吐き出そうと舌を動かすと、角に引っかかって裂ける。舌が引きつり、益々呼吸が苦しくなった。胸を突き上げて呼吸をすると、いつの間にか体格の変わった『親方』が、上下に大きく動く胸に触れる。

「んっ、んんんんっ! んーんー!」

 そこに触るな、と、私が激しく抗議すると、奴は女にするかのように、ぐっぐっと捻った。

「お、お、おい、も、我慢できねっす!」

 かぽん、と、石が取り除かれる。激しく咳き込み、口の中で逆流していた血を吐き出そうとすると、耳の付け根を掴まれ、ぐっと後ろに頭を反らされた。かぱっと空いた口の中に、ぐっと細長いものが突っ込まれ、喉につかえる。噛み付こうにも、顎が完全に開かれて舌すら禄に動かせない。

「お、おいのも、舐めて、おっきくしてほしいっす。次、つぎ、いれるから、準、準備してほしっす!」

「あ…あ、お…ぅ…。」

 とにかくこれを舐れば引き抜いてくれるのだろう。それだけで大分苦しくなくなる。そう、息をするためだ。決して自分から動くのではない。呼吸のためだ。呼吸のために、仕方なく舌を動かすのだ。

「ご…っ! え、あ…あぉっ!」

 誰かが私のぶよぶよの下半身にすりつけている。そうして研いだ短剣を私に埋め込んで、勝手に定めた子袋を目掛けて腰を動かす。その子袋とやらを突かれると、私という弦が酷く響いて振るえるのだ。何故そうなるのか、思い出せない。私の身体を最後に暴いたのは嗣跟つぐくびすだった。あの時のようには無いが、その分粗雑で回数だけが積み重なっていく。とにかく早く済ませたい。目の前に見える人数は、両の指と同じくらいだけれども、とにかく全員達させれば解放されるのであれば、それに勤めるしかない。この行為は一点の快感もなく、職人としての仕事ですらない。文字通り排泄行為だ。幸いにも連中は早漏だ。結構な数の男の、厠の用事を手伝ってやるだけだ。舌だけでなく、千切れた唇にも力を入れる。目の前が明滅していて何も見えない。喉の奥に直接滴り落ちるものに噎せ返って、顔を剃らせて咳き込むと、何を興奮しているんだか、口の中から零れたものが肥え太って頬に擦り突いてきた。

「おい遅漏、いつまでやってんだよ、オレのもやらせろよ。」

「親方親方、手首だけでも縄解いちゃいましょうよ、この分だと指も器用でさ。」

 細長い涙袋が口の外へ出て行き、空気がやっとまともに入ってくる。それと同時に聞こえた言葉は、脱出のための希望では無かった。既に手首の踝に違和感がある。多分捻っているのだろう。手首の縄を切った刃物が、勢いづいて私の手首の踝をも削る。皮が剥がれたかも知れない。二の腕は縛られているから、肋の横から、肘から先だけが自由になる。一体何人いるんだか、両手に同じ違うものを握らされる。力が入るのなら、全身を使って連中を満足させて、さっさとここから出て行った方がいい。だが同時に、連中如きのために私の身体の少しでも多くの部分を使うことは―――今更ながら、本当にそれは屈辱だと思ったのだ。

「く、ぅうぅ…ッ。」

 骨がどこか折れているらしく、身体に入れる力の均衡が取れていない。呻いて、握らされたものを指で弾くと、目の前が横転した。殴られた、と、気付いたのは、口の中で歯が浮かんだからだ。反抗して傷が増えて、こんなところで、こんな風に汚されたままで死ぬのだけは勘弁だ。私はうまく力の入らない右手を伸ばし、だらんと垂れ下がったそれを握って動かした。何か興奮する要素があったらしく、私の指で作られた穴に無心になって腰を振っている、滑稽な男が見えた。もう片方の手は、別の男が勝手に私の左手を掴み、自分の好きなように動かした。ぱっと弾けて、顔にかかる。酷い早漏もいたものだ。ただ満足できないのか、それとものか、残っているらしいものまで扱いて掃きだそうとしている。そうこうしているうちに、右側の男も満足したらしい。目に入ったものを拭おうと手を顔にやったが、縛られているせいで、頬の下のほうまでにしか指が届かなかった。顔を振って振り落とそうとした。口に突っ込んだ男が興奮し、大量に吐き出す。気道に入って、激しくせた。

「おい、ちょっとそれ出したら退け。」

「なんすか、親方。オレの番すよ。」

「いいから、ちょっと見てみたい眺めがあるんだよ。」

 腰の奥が水を吸い込んで重くなる。殴られた余波と、大量に注ぎこまれて溺れたのとで、まだ眼球が回転している。自分の中に入っていた生きるのみが引き抜かれて、束の間の開放感で腹が萎む。

「おい、起きろ。」

「んう…っ?」

 額を掴まれて、上半身を起こされる。掌の隙間から、笑いが零れるくらいに悲惨な事になっている私の下半身が見えた。親方は、禄に動かない私の身体を引き摺って、自分の上に乗せた。親方の腹の毛が、私の頬の白い涙と絡まる。腰を持ち上げられ、あ、と、思った次の瞬間、もう一度、今度は下から突き刺さった。その勢いがあまりにも激しくて、身体が持ち上がる。

「んぁう…っ!」

 それでも無様な声を出すまいと、口を硬く引き結んだ。それが親方は面白く無かったのだろうか。ばしっと尻たぶを叩かれた。驚いて身体が竦む。

「自分で動いてみろ。俺は嫁が一人目を産んで死んでよ、それ以来ヤッたことはねえんだ―――自分の上で身体を揺するがどんなもんなのか、見てみたい。」

「いん、ら…? ぼく、が?」

 掠れる視界と声で、僅かに反応を返すと、面白そうに親方は言った。

「だってそうだろ、寝床だけでもと主導権を握ろうとするような女のする事なんだ、淫乱に違いない。」

「………???」

 よく分からない。何か決定的におかしい台詞を吐かれた気がするが、理解できない。

「ほら、振れよ! そんでイきたいって言え!」

 分からない。分からない。分からない。何を求められているのか分からない。何を求めるべきなのかも分からない。言葉か、行動か、或いは情か。どうしたらいいのか分からない。

 親方は舌打ちをし、両腕で腕枕をして、私以外の誰かに命じた。

「こいつの尻で鉋がけしろ、こいつ一人じゃ動けねえみてえだ。」

 その言葉の意味するところが理解できないでいると、突然肩に物凄い重量が押しつけられた。その所為で楔が深く食い込み、子袋と呼ばれた場所が潰される。掠れた悲鳴を上げた私の、縛られた二の腕や肩や首、背中が握られて、文字通り削るような動きで、親方の身体の上を全身で滑った。

「ま、まて、あ、あぐっ、でき、できる、ひとりで、できるから…っ! うっ…ぐ…、…んんっ。」

「とろくさいんだよ、お前。ほらお前等、もっと圧せ! そーれ!」

「そーれ! はははっ。」

「くぁ、は、はなせ、はなして! ううっ、んんっ、まっ、待ってそこは―――あアあぁぁぁッ!」

 楽しそうな笑い声が聞こえる。自分の体重よりも重くなった自分の身体が、何よりも深く抉ってくる。さっき見つけたという子袋とやらに引っかけて、私の内蔵の奥の奥で射精しようと、只管只管深く大きく、捻るように抉ってくる。こぷ、と、確かに何か、狭い所にねじ込まれるような音がした。彼等はそれを、『子袋に入った』といった。それはすぐに離れて抜けてしまったが、私がその時悲鳴を上げたのがお気に召したらしく、何度もその子袋とやらに笠を入れては抜いて、楽しそうに吐き出す。

「ほら、気持ちイイだろ? 子袋突かれて気持ちイイだろ? イきたきゃイきたいって言えよ。」

「く…っ、は、は、…はぁ、…っ、こぶくろ、なんか、ないっ!」

「じゃあこの狭くなってるの何だ?」

「知るか!」

「じゃ、子袋って認められるくらい、どろどろのたぷたぷにしてやんねえとな。おい、今勃ってるやつ、後ろからねじ込んでやれよ。」

 私は耳を疑った。いくら年を重ねて皮膚が弛んでも限度というものがある。私が抗議する前に、親方が私の体を倒し、腰をわずかに浮かせた。位置と角度の隙間から、同じくらいに猛ったものがねじ込まれ、あまりの圧迫感に、私は口から精液を吐き出した。彼らは終始楽しそうで、私の耳の穴にねじ込もうとする変人もいた。

そう、楽しそうだった。

きっとこれは楽しいことなのだろう。血と膿とそれ以外のもので汚されながら、私は静かに笑った。

 きっと、楽しいことなのだ。きっと、そうなのだ。

 ―――そうだよな? ひこばえの続きじゃ、ないよな?


 漸く一通りの気が済んだ頃になると、もう辺りは真っ暗だった。

灯火をつける間もなく、ぎらついた男達の目が夜闇を潜って私の痴態を眺めた。私は打ち捨てられて、その場で息をしているだけだったが、連中は私を縛ってみたり立たせてみたりするだけで、十分楽しめたようだ。彼等は気が済むと、石を乗せるためらしい荷車に乗せて、どこかに打ち捨てた。このまま眠ってしまっても良かったが、『帰らなくては』と、強い感情に突き動かされて、立ち上がった。

 そこから先の事は、よく覚えていないけれども、凍てつき回転するような迷妄の海が、穏やかで魚の泳ぐ暖かな凪の海になった辺りで、完全に意識が無くなった。

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