隔たる朝

晴れ時々雨

第1話

理想を追うつもりはなかったが、隠れて見えないあの人の目がこうであったらいいとか小鼻の張り方とか、ウインドウの向こうのディスプレイで遮られた世界の住人は、私が見ている限り座席から一向に動かないので、その姿を想像で補うのはもはや楽しみのひとつだった。大体の予想は立つが、室内の空気や声なども全くの想像で、たぶん実際とはかけ離れているだろう。


しかし人のイメージというのは大変なものである。

こうして何かに阻まれていると、その部分が少ないほど、想像で補完したくなる。そしてそこに身勝手な理想を当てはめようとする。

人と初めて対面するとき、姿と声を同時に知ることが出来るのは、ある意味素晴らしく、最低だと思う。

手軽とはつまらないものだ。


あのデスクに着いているのは、それほど若くなく、かといって貫禄があるような歳でもないであろう、大体私と同年代の男性ではないかと予想する。着ている物の趣向などから察するに、独身かそれに準ずるほど生活に余裕があり、趣味自体悪くない。

全然知らないのに、彼に対してプラスのイメージしか湧かないというのもなんだか気持ちの悪いことだが、腕の、たまに目にしたことのある、捲られたシャツから出た肘下の筋の感じと骨の出方に、私は欲情を覚える。

どこで、私は裏切られたと感じるだろう。今はそれを確かめたいと、少しだけ思う。


心の中で苦笑いしながら、到着したいつものバスに乗る。

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