第20話 施術の合間に

 施術が開始されてから、私は彼の操る魔力糸が体内を巡る感覚に、ただただ体を強張らせ、為すがままに成り行きを見つめる事しか出来なかった。

 そもそも、彼にベッドに固定され動けもしないのだけれど、確かにこの状態では意志に関係なく手足が跳ねて彼の邪魔をしていたかもしれない。


「う、あっ……」


 口を開けば、こんな呻く様な喘ぎが漏れるばかり。

 彼に対し、「もうやめて」と叫びたいのに、それも出来ず、今も下腹に感じる彼の手の温もりと、血の感触。

 薄手の服を肌に張り付かせ、下腹から脇腹へと垂れる血液がシーツに赤いシミを刻一刻と広げていっている。

 傷口は大伯母様治癒魔法がすぐに塞いでいくが、一瞬後には別の場所から出血し、首筋のように露出した部分から飛散した血の飛沫が時折私の胸や足、顔に赤い斑点を作りあげる。


「……なんで、なんで、リオン様はここまで、お嬢様の為に、なさるのでしょうか?」


 体が自由にならない中、目線だけを動かすと、両手で口元を覆うリオの姿。その視線は、目を閉じ、ただただ泰然としたまま魔法を操るリオンさんに固定されている。 

 その姿からは、痛みを感じている様子も、これだけの出血の影響さえ見受けられないが平気なはずがないだろう。


「さあ? 本当の所は私にも分からないわ。でも、およそ一月、傍で見て来た同い年の女の子が、十五年の人生の殆どを掛けて求めた物を、それを与える術を自らが持っている。なら、そこにどんなリスクがあろうと見捨てられる子じゃないわよ、あの子は」


 刻一刻と命を削っている教え子に、複雑な表情を向けている大伯母様。

 そこには教授と教え子以上の感情が垣間見える。


「しかし、彼の魔力量が異常であることはわかりますが、何故このような手段を……、空晶石で調整が可能なら何もこんな危険を負って全てを開放せずとも……」


 ルーファスの疑問、それは私も感じていた物だ。

 過剰な魔力によって、体内から破裂するかの如き衝撃的な光景を見せられれば、もっと安全な方法があったのではと聞きたくもなる。

 それに対し、王国最高の魔法士は呆れたとばかりに表情を厳しくする。


「本気で言っているのルーファス?」

「は、はい、これでは、お嬢様の魔力と引き換えに命を落とす可能性もありましょう」


 大伯母様の声音に、一瞬怯んだもののすぐに持ち直したルーファスは自分の意見を率直に述べる。


「ならばルーファス、そこにある空晶石を一つ手に取って魔法を使ってみなさい」

「え?」

「あっ!」


 私もだけれど、大伯母様の言葉の 意味に気づいて使用人二人は揃って声を上げる。

 空晶石は接触している相手から、石の許容できる限り魔力を吸い上げる物、相手の魔力の流れを強制的に歪めているという事であり、空晶石に触れた状態ではまともに魔法は使えない。

 それは初等学校の子供でも知っている一般常識であり、魔法犯罪を犯し投獄された囚人には空晶石を埋め込んだ手枷が使用されているのも広く知られているのだから。


「忘れていた? リオンがあまりに自然に魔法を扱っていたから?」

「は、はい、恥ずかしながら」                       

「ですが、なんでリオン様はそんなことができるのですか?」

「『特訓したから』そうこの子は言っていたわ」


 リオの質問に大伯母様は、簡潔にただとても誇らしげに答えられた。


「今まで誰にも出来なかった事を、十三個もの空晶石を身に着けてなお、王国史上最高の天才魔法士なんて呼ばれる程に、魔力制御を極めて見せたのに誇るでもなくね」


 まるで、本物の孫の功績を語るかの様に、その口調は柔らか。


「でもね、空晶石の影響が無視しているわけじゃないの、魔力を制限している状態では、乱れる魔力を統制するのにかなりの制御力を割いているらしいわ」


 一転、悲痛に表情を歪めた彼女の視線が向かったのは、他ならぬ私だった。

 体を巡る彼の魔力糸が進行し、既に呻き声さえ上げられない私が向ける視線にしっかりと合わせ、大伯母様ははっきりと言葉を口にする。


「他者の魔力回路へ干渉するこの方法には、何より精密な魔力制御が必要。それには空晶石を外さなければいけない。結果こうなると分かっていてもね。でも、だからこそ、リオンは事前にできる限りの備えはしていたのよ。私を呼んだのもその一つ」


 言って、大伯母様が腕を一振りすると、出血箇所を増やし今にも自壊してしまいそうなリオンさんを、支えている治癒魔法の術式を追加される。

 たった数分で彼を包む術式の数当初の数倍に増え、内容も今の私では到底理解できない高等な物へと変更されていく。その効果で、治療速度は目に見えて上がり、心なしかリオンさんの表情にも余裕が生まれた気がした。

 魔法の展開を終えた大伯母様は、何でもない事の様に笑む。その姿からは、王国最高の魔法士としての絶対の自信が伺えた。


「リオンは絶対に死なせないわ、私がここにいるのだから」


 王国最高の魔法士としてのロザリー・クレイセリアの言葉に、私はとても大きな安心感を感じた。

 疑う余地なく、今目の前で私の為に血を流し、命を削るこの人は大丈夫なのだと確信する事ができたのだ。

 視線を瞑目し魔法行使に集中しているリオンさんに戻した時、薄っすらと目を開けた彼と目が合った。

 彼は私の顔を見た後、血に塗れた自身の姿を確認した後、困ったように微笑み、とても優しい眼をこちらに向けてくる。

 自分の方が大変な状況な筈なのに、その目に見つめられていると自然と体から力が抜けた。

 拘束されピークに達した体の強張りが少しだけ緩む。

 彼の身を案じる気持ちも、きっと大詰めを迎えるのだろう施術への不安も、彼の目に宿る温もりに押し流されて、私は安堵の中で下腹に感じる熱に身を委ね、そっとまぶたを閉ざしたのだった。

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