第19話 リオンの魔力
屋敷に帰宅した僕達は早速、施術の為に着替え、準備して貰っていた客間に集まる。
事前にお願いしておいた、白い薄手の病院着の様な恰好をしたアイリス。
僕も白シャツに魔法士のローブを羽織っただけの姿で、ベッドに腰を掛けた彼女に手順を説明していく。
「と言っても、アイリスはただリラックスして横になっていればいい。ただ、何があっても落ち着いて、僕に委ねてくれればさ」
「はい、お願いします」
「さて、説明の続きだ、まず、以前行ったようにアイリスの魔力経路に接続、次いで僕の魔力を以って貴女の全身を検査。ここまではいいかい?」
「はい」
「そして、最終的には……その、女性の、魔力精製器官を調べます」
「! あう」
最後はどうしても口ごもってしまい、直接的な表現を避けてしまう。
ただ、意味は伝わったのだろう、朱が差したまま視線を動かし、自身の下腹部お臍の少し下辺りに手を添える。
つまりは子宮。男性が複数の器官で魔力を精製するのに対し、女性は子宮のみで魔力を生み出している。
今回の性質上、予想はしていたのだろう、恥じらいを見せながらも頷いて見せるアリシア。
それを後目に、手伝いをお願いしていたルーファスさんとリオさん、そしてもう一人に顔を向ける。
「じゃあ、施術を始めます。何かあったら……」
「うふふ、大丈夫よぉ。リオンならね」
おっとりとした口調ながら断言をもって僕の言葉を遮った恩師に苦笑を返す。
万が一の備えと、後は事後処理の為にご助力をお願いしていたのだ。
あまり大っぴらにしたくない術式を使う為、手伝いの人選をお願いしていたルーファスさんご自身がこの場にいるのはこの人がいるからだろう。
リオさんも、一見いつも通りのようで、明らかに口数が少ない。
「大伯母様、この様な恰好ですみません。私の為に休暇中にもかかわらず、ありがとうございます」
「ああ、いいのよアイリスちゃん、私自身の興味もあったのだから。貴女は、安心してリオンに委ねればいいの、ね?」
藤色の髪を揺らして、一瞬『天魔』の本性を出し、アイリスと同じ瑠璃の瞳に剣呑な光が帯びる。
アイリスも親戚付き合いがあるだけあって、苦笑するだけで流し頷き、起こしていた体を横たえる。
僕はベッドの脇に立ち深呼吸を一つ。
「それじゃあ、準備を。まずは……失礼します、アイリス」
「えっ?」
アイリスが何かを言う前に腕を振って魔法を発動し、発現した光の帯が彼女の四肢をベッドに固定するように拘束する。
突然の事に、アイリス、控える使用人二人が唖然とする中、事情を説明する。
「何度も言いますが、これから行うのは非常に精密な術です。僅かな集中の乱れが命取りになる程の。なので、施術中の事故防止の為に、申し訳ありませんが身体を固定させてもらいます。アイリス、それにお二人も、了承を」
「分かりました、ルーファス、必要な事よ?」
「承知しております」
アイリスは頷くと、咄嗟に動きかけていた家令を窘める。
主人の意に従い元の位置に戻ったルーファスさんを確認してから、ベッドのアイリスに向き直る。
「先に謝っておきます。後で、お説教はいくらでも聞きますから」
「? リオンさん、何を……」
僕の言動に困惑する彼女を置いて、自分の準備を始める。
最初は空晶石の着いたペンダントを外しサイドテーブルに置き、羽織っていたローブを脱いで畳んでいく。
「! リオン様、両腕のそれは、まさか!!」
リオさんが、露わになった両腕の上腕部に捲いている革製の帯に、いや、その帯のスリット部にはめ込まれている物に気づいて声を上げる。
「まさか、それ全て空晶石なのですか?」
「そうですよ」
驚愕しているリオさんに簡潔に答える。
既知である教授を除いた後の二人も同じ反応をする中、右腕次いで左腕の帯を外す。
帯のスリット数は片側に六、両腕に計十二。
ペンダントも入れて全十三個もの空晶石の縛りから、実に数年ぶりに開放される。
少しの淀みもなく自分の意志のままに魔力が制御できる感覚に体が軽くなったとさえ感じる。
ただ、それも束の間の事――。
次の瞬間には内側から溢れようとする暴力的な魔力の奔流が襲い来る。
体を巡る魔力回路を決壊させる量の魔力が、無理矢理に流れる痛みを堪え制御し内にと抑え込む。
時間が無い。
右手に魔力を集中、イメージは『糸』、髪の毛よりもなお細い魔力糸を作り上げる。
「凄い、なんて濃密な魔力」
呟いたのは、リオさんだろうか。
確認する間も惜しく、アイリスに向き合うと、不安と心配の入り混じった視線を向けられていた。
「始めるよ、アイリス」
「あの、リオンさん、本当に大丈夫なの?」
「大丈夫、僕に任せて。じゃあ、行くよ」
「あっ――!」
最後に微笑みを向けると、右腕をアイリスの下腹部に当てる。
その瞬間に小さく羞恥の声を上げた彼女をよそに、魔力糸に自身の五感を同調、慎重に魔力回路へと繋げていく。
直接子宮内に侵入はしない、まずは回路の流れに従ってアイリスの体内をゆっくり、そして慎重に巡らせていく。
「――――んっ!」
喘ぐような声がアイリスの口から洩れる。実体のない魔力の糸とは言え、異物が体を奔る感覚にビクンと全身が強張る。
そして、更に糸を生み出し、枝分かれしていく回路を網羅せんとしたとき、小さな音が響く。
――パチン、と。
それは、僕の体の悲鳴。
抑え込んだ魔力が更に使われようとしたことで、流れが加速し、魔力糸という総量から見れば微々たる消費にしかならない魔法行使に、余剰分が体内で氾濫した。
その結果が、この音。
最初は右肩、皮膚が内側から弾け血と魔力が噴き出し、白いシャツを赤く染める。
そして一ヶ所で始まれば連鎖し、右腕上腕、胸、脇腹、太腿と次々と音が響き、血が噴き出していく。
「「リオン様!!」」
「―――――!!」
「…………」
脇に控える家令とメイドの悲鳴に近い声、アイリスも声は出せずとも目を見開き驚嘆している。
ただ一人、教授は冷静に治癒魔法を発動してくれている。治癒は追い付かず、
僕は目を閉じ、痛みと同時に魔力糸からの余分な情報も遮断する。
意識を集中し、魔力糸の操作を再開する。
それから数分掛けて、彼女の体を精査し終え、いよいよ最後本命に取り掛かろうという段になる。
ここまで、問題は発見する事が出来なかった。
一度目を開け、アイリスの顔を伺うと、不安を通り越し恐怖さえ感じているかのように
その頬には噴き出した僕の血が付着し、白い肌を汚している。視線を巡らすと、腕から垂れた大量の血液で彼女の薄手の衣服はピッタリと張り付いてしまっている。
怖がらせてしまったかと、申し訳ない思いを感じながら、最終工程の為に気を引き締め直す。
必ず、何かあると信じ、彼女の魔力の根源へと魔力糸を進めて行くのだ。
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