第18話 目標の地にて

「ここだよ」

「……って、グレンス高等学校じゃない」


 僕が最後にアイリスを連れてきたのは、彼女が目指す場所。正門から真っ直ぐ下っていく坂道の先には対面するように王立グレンス学校の敷地が見下ろせる。


「コレが高等学校からの眺め……」


 夕日が照らす、これまで自分が学んできた校舎を見下ろす事に、何やら感慨を受けているアイリスを促すと、正門を潜る。


「冬季休暇中なのになんで入れるの?」

「ん? ああ、高等学校の学生寮はこの敷地内にあるからね、建物へは入れないけど、敷地内へは出入りできるよ」

「そう、なんだ……」


 歩きながら、周囲をキョロキョロと見回して気がそぞろなお嬢様に苦笑する。

 段々と薄暗くなっていく中、目的地に向かって行く。途中何人か寮へと帰る学生とすれ違いつつ、辿り着いたのは東の端にある小さな広場。

 中央に幾重に保護魔法が掛けられ厳重に安置された人の頭程の鐘が置かれた台座がある以外、何もない閑散とした場所。


「アイリスは、ここがどんな場所か知っている?」

「当然、当然です! ここはこの場所は我がセレスタイン家に、いえ、この国にとっての始まりの地。知らないなど許されません」

「そっか」


 祈るように胸の前で手を組み、その鐘を見つめているアイリスの背を軽く叩き、台座の正面に移動する。

 そこには『セイレン孤児院 跡地』と刻まれている。


「メイルシュルト建国記曰く、後の初代女王グレンス・メイルシュルト侯爵令嬢と現在の三公爵家の祖となる三英雄。グレンスの夫となるナイア・レイルバーグ男爵、孤児でありながら武功を挙げた、ダレン・ハイネリアとヴァン・セレスタイン。この四人が『賢者』から魔法を共に学び、絆を養った場所であり――」

「旧王国の圧政に立ち向かうべく、独立を宣言した場所。ダレンとヴァンが育った小さな鐘楼しょうろうがあったとされる孤児院の鐘」


 僕の言葉を引き取ったアイリスは、そっと台座に手を当てて目を閉じている。


「……なんでここに?」


 しばしの沈黙の後、アイリスからの問い。


「ここで、アイリスに聞きたいことがあるのと、後は、僕が覚悟を決めるため、かな」

「覚悟?」

「うん、最初この話を受けた時、僕は貴女に全力で魔法を与えると言いました」

「はい、リオンさんは、全霊を掛けてくれていると思うけれど……」


 アイリスの評価は嬉しく思うけれど、僕は静かに頭を振って否定する。


「違うよ。僕には一つ、現状を打破できるかもしれない手段がある。ただ、それはとても危険が大きくて、貴女に施すべきかずっと悩んでいたんだ」

「そんな! 私は、どんなリスクでも負う覚悟はできてるわ!!」

「分かってるさ、アイリスの気持ちがどんなに強いのかなんてさ」

「なら!!」


 堪らず、詰め寄ってくるアイリスを手で留め、僕は本心を吐露する。


「やることは、初日にアイリスの魔力経路をこじ開けたの変わらない。ただ、僕にできる全力の魔力制御で、他者の体を検査する。より精密に、より詳細に。これなら貴女の体のどこに問題があるのか、少なくともその原因位はつかめると信じてる」

「……凄い、本当に凄い技術。それの何が問題なの?」


 感心した様子のアイリス。聡明な彼女なら、この技でこれまで原因不明だった病の原因を解明できる可能性があると理解できるだろう。


「一つは、さっきも言ったけどリスクが大き過ぎる点、少しでも集中が切れて手元がブレたら相手に重篤な障害を残すかも知れない。最悪、意識が戻らない可能性さえね」

「ッ!?」


 アイリスが息を呑むのを感じながら、もう一つの問題点を説明する。


「もう一つが、副作用が重いんだ。この手法を行うと、求める以上の余分な事まで知ってしまう」

「余分な事?」

「例えば、相手の魔力量や適性、健康状態なんていう表面的な事から、果ては記憶や感情などの内面に至るまでね。そんなの、人が、人に対して踏み込んでいい領域じゃない」


 俯いてしまったアイリスに一歩近寄って、震える右手を掲げて見せる。


「この通りさ、自信がない訳じゃない。そう言えるだけの研鑽は積んで来たつもりだけど、もしもを考えると怖くて仕方がないんだ」

「わ、私は――」


 それでも、と、想いを口にしようとするアイリスを遮って、言葉を繋げる。

 

「分かってる君の覚悟が固いのは。でも、さっきも言ったろ、覚悟が無いのは僕の方。だから、聞かせてほしい、魔法士としてのルビアやセシリーの実力を実感して、打ちのめされたアイリスがそれでも魔法士を目指す理由をさ」

「! 気づいていたの?」

「ああ、たぶんセシリーやお屋敷の皆さんもね、魔法の事になるとアイリス分かり易いから」


 場を和ませようと、ちょっと揶揄い気味に告げると、口を尖らせ背を向けたアイリスは視界に入ったモニュメントに視線を固定して、何かを懐かしむ様に語り出す。


「最初は本当にただの憧れだったの。小さい頃、両親に代わって私の面倒を見てくれた亡くなったお祖母様が、話してくれた英雄譚やおとぎ話、それこそ建国記のヴァン様のような、人や国を護れる魔法士になりたいっていう女の子らしいとはいえないけれど、子供らしい夢」


 薄暮を通りこし、灯り出した外灯。

 その灯りが、昔を思い出し無邪気な笑顔を浮かべたアイリスの横顔を照らし出す。


「だけど、私には魔力が無くって。それでも捨てられない。まるで呪いみたいに魔法を求めてる。なんで目指すのかって? それしか知らないもの、誰に何を言われても私はその願いを夢を捨てられないの」


 一度言葉をきり、振り返ったアイリスはとても真摯な瞳で僕をまっすぐに見つめてくる。


「それじゃ足りないかな? 私の中の黒い部分をリオンさんに覗かれるのは恥ずかしいし、二度と目が覚めないのも怖いけど、それでも、今の水底から天の月を求めて藻掻く様に生きている方が辛いの。……お願い、します。私、私に魔法士を、夢を追う資格をください!!」


 公爵家の令嬢が、平民の、しかも孤児である僕に対して深々と頭を下げる。

 恥も外聞もなく、僕の返事を聞くまで頭は上げないという強い気持ちをヒシヒシと伝えてくる。

 それを覆せる程の想いも言葉も、僕は持ち合わせない。

 つまり、どういう事かと言えば……。


「……僕の負け、か。頭を上げて、アイリス」

「リオン……さん?」

「さあ、余り遅くなる前に、帰りましょう」

「え、ええ……あの…………」

「言ってあっただろう? 今夜は特別にやる事があると、今頃、ルーファスさん達が施術の準備をして待っているはずだからさ」

「あ、ああ! リオンさん、最初からそのつもりで……」

「はは、本音では、この方法は使いたくなかったのは本当だよ。さあ、帰ろう」


 差し出した手を、少しむくれながら取ったアイリスを先導し、星が煌き出した宵空のした、僕達はセレスタインの屋敷への帰途に就いたのだ。

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