第17話 王都散策 下

 バザールを出た後、服屋や雑貨屋を冷やかしながら僕達が向かったのは、『ダイム工房』の看板がかかった店舗。


「ここは……」

「アイリスは、この店知ってるの?」

「もちろん、私と姉の槍に何かあった時は、王都だとここにお願いしてるもの」

「ふーん、やっぱり有名なんだ、ギオさん」

「それは、この王都一の名工だもの」


 そんな事を話ながら、店に入ると大き目なカウベルが「カランカラン」と音を立てる。

 すぐに、ドタドタと音を立て、カウンター奥の扉から顔を出したのは、小柄で褐色肌にさび色のショート髪の女性。この冬場に、作業ズボンにノースリーブシャツ、分厚い皮手袋姿、更に額には汗が浮き頬は赤らめている。


「いらっしゃー……ってなんだ、リオン坊じゃん」


 こちらを認めた途端、元々雑な接客を更に砕けさせた、少女と見紛うドワーフの女性。


「その態度はあんまりじゃないですか、レゼ先輩」

「ご無沙汰しております、レゼ・ダイム様」

「おお、セレスタインの下のお嬢さんじゃないか、坊と一緒とは珍しい組み合わせだな。今日はあのは一緒じゃないのかい?」

「え、ええ、セシリーには冬季休暇中なんです。リオンさんには、元クラスメイトの誼で私の個人教師をお願いしてまして」


 セシリーを『牛女』呼ばわりし、公爵令嬢相手にも態度を変えない工房主の娘に、流石のアイリスも苦笑いを隠せていない。

 王立大学校魔技工科三年の先輩で、天才技師として魔法具制作や鍛冶技術の天才として名の知れた尊敬できる人。ただ、自身の幼女ロリ体形を気にしていて、胸の大きな女性を特に敵視する悪い癖があるのが玉にきずなのだ。


「そういや、リオン坊がどっかの貴族に雇われたって噂になってたっけ。そっか、アイリス嬢ちゃんのことだったのか。こりゃ、ルビア嬢ちゃんもうかうかしてらんないねぇ、来年が楽しみだ」

「?」

「あ、あの、それよりリオンさん、御用があったんじゃないですか?」


 レゼ先輩の言葉に顔を傾げていると、アイリスが声を掛けてくる。

 何を慌てているのだろうと思ったが、今は用事を優先する。


「ああ、そうだった。レゼ先輩、注文していた品の受け取りに来たんですが」

「ん~、あ、アレか。ちょっと待ってな取ってくるよ」


 そう言って奥に戻っていくレゼ先輩を見送って、アイリスに向き直る。


「リオンさん、アレって何?」

「まあ、すぐに分かるよ。それより、折角なんで店内を見て回ろうよ」


 指で示し、武具の類を飾る棚と逆、アクセサリーや細工品が置かれた棚へ向かう。

 銀細工、金細工、指輪やブローチ等様々な細工品。いずれも精緻な彫金が施された王都一の名に恥じない一品ばかりだ。

 やはり、女性はこういった物に興味があるのか、いつの間にかアイリスの目は釘付けで夢中になって店内を回っていく。


「わああ、この髪留め綺麗」

「へぇ、この店でこういうデザインは初めて見たな」


 アイリスが感嘆の声を上げたのは、二羽の翼を広げた鳥が彫金された金細工のバレッタ。

 僕の覚えている限り、この店のアクセサリーはデザインはシンプルな形にし、模様や細工の細かさで勝負する品が多かったはずだ。

 目を輝かせているアイリスを微笑ましく見つめ、そんな事を考えていると、近づく気配を感じた。


「ソイツは、このがさつ娘が一から作ったモンだ。これまでデザインなんて興味も無かった癖に、突然やりてえって言いだしてよ。ようやく、女らしくなったってオレも母ちゃんも嬉しくってよ~」


 顔を出したと思ったらだみ声でそう言って、感無量とばかりに大きな手で髭顔を覆う、浅黒い武骨で分厚い筋肉に覆われた僕より頭一つ低いドワーフ、ここの工房主ギオ・ダイム氏本人だ。

 泣き真似を続ける彼に僕達が挨拶も忘れて引いていると、後ろから「ふん」と気合の入った声が響き、ギオさんの後頭部にそれは見事な後ろ回し蹴りが決まる。


「ぐおおおぉぉ~~~!!」

「こぉんのバカ親父! こっ恥ずかしい事言ってんじゃねぇよ!!」


 蹲って、悶え呻く父親に、照れからか顔をより赤くし容赦なく怒鳴り続ける娘。


「まあまあ、レゼ先輩。お、落ち着いて」

「はあはあ、止ぉめるなぁ!」

「ひっ!」


 血走った眼を向けられた瞬間、怖気が走る。アイリスに至っては小さく悲鳴をあげて二、三歩後退っている。


「い、いや、こっちも暇じゃないんで、先に品物を渡して下さいよ。その後でなら、どうぞご存分にやって下さい」

「こ、小僧ぉー」

「ちっ、仕方ない。ほら、これがそうだよ」


 盛大な舌打ちと共にカウンターに置かれたのは、細長い長方形の小箱。

 僕は早速それを開け、品を確認する。そして、注文通りの出来である事に満足して、アイリスに声を掛ける。


「アイリス、昨日渡した魔晶石を借りてもいいですか?」

「え、はい」


 返事をして、肩から下げていた小さめなポシェットから、大切にケースに収められた魔晶石を取り出す。

 僕はそれを受け取り、注文の品、銀製のロケットペンダントを開いて中心の窪みに嵌める。

 ピタリと嵌まった事に満足してロケットを閉じると、手に載せてアイリスへと差し出す。


「アイリス、僕から試験へ向けてのお守り、無事に合格しますようにってね」

「ええ!! う、受け取れません、魔晶石を譲って貰っているだけで申し訳ないのに……」


 断固拒否の構えをとるアイリス。さて、どうやって受け取って貰おうか……。


「おう、アイリス嬢よぅ、どういう腹積もりか知らねえがリオンの小僧は男見せてんだ、黙って受け取るのも女のたしなみってヤツじゃねえか?」

「そうそう、男が貢ぐって言うんだ、勝手に貢がせときゃいいじゃん。女冥利につきるだろ?」


 ドワーフ親子の援護射撃。ありがたいが、正直以外な程にまともで驚いてしまった。


「で、でも……」

「まあ、二人の言い方はともかく、僕の気持ちだからさ」


 言って、彼女の手を取り、少し強引にペンダントを握らせる。

 そこに来て、やっと諦めたのか、表情を緩めると、ペンダントを丁寧に小箱へ納め直してポシェットにしまいこむ。

 てっきり、ここで付けるのかと思ったのだけど……。


「なーんだ、ここで付けないのか、つまんねえ」

「そんな事したら、絶対揶揄う気でしたよね、レゼ様は」

「はは、で、ギオさん。お代は……」


 言い合いから雑談を始めた女性二人を後目に、まだ後頭部を摩る店主にペンダントの代金を訪ねる。


「ああ、そいつの代金ならいらねえ」

「は?」

「タダって訳じゃねえよ。ちと急ぎで魔剣の制作を依頼されててな」


 そこまで聞いて、ギオさんが何を言いたいのか察する事が出来た。


「つまり、また素材の魔晶石を購入したいと、ペンダント分はそこから引いてくれって事ですか?」

「ま、そういうこった。とりあえず二十個もあればいいんだが」

「ほんとに大量ですね……いいですよ。ただし、一つお願いが……」

「言ってみろ」


 その条件を伝えると、ギオさんはニヤッと笑みをつくるとゴツゴツとした手を差し出してくる。


「決まりですね」


 言って固く握手を交わし、早速とばかりに簡易な契約書を作ってサインする。


「じゃあ、魔晶石は後で、ハクに届けさせますので」

「ああ、頼むぜ小僧」

「そちらも。アイリス、こっちは終わったけど、そっちの話はまだかかるか?」

「あ、行きます。お二人共、これで失礼させていただきますね」

「おう、毎度ありがとうよ」

「また、ご贔屓にー」


 最後は商売人らしく送り出され、僕らは揃って店を出て、徐々に茜に染まりだした空を眺める。


「先輩とは何を話してたんだ?」

「んー、あのバレッタを作った経緯とか、後はヒ・ミ・ツ」

「そう言われたら仕方ない。……アイリス、もう日が暮れますが、最後に一ヶ所だけいいかい?」

「ええ、もちろん。それで何処に行くの?」


 言って、僕の腕を取ったアイリスは、まだ少し照れは残っているが、出発前と違い穏やかにこちらを見つめていた。

 だから、僕も再度腕に感じた彼女の体温を過度に意識する事なく、自然に言葉を紡ぐ事が出来たのだった。


「それは……」

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