第16話 王都散策 中
王都の中央通りに着いた僕達は、アイリスの希望で僕のお気に入りのカフェ『オルカ』に入る。
名店、
何より、店主の作る料理とスイーツが美味なのが大前提なのだけど。
ただ、大貴族の令嬢たるアイリスが気に入るかが不安だったのだけれど……。
「ふわあ~、美味しかったぁ」
幸せそうに言ってスプーンを置いたアイリスを眺めて、僕は笑みを隠すためにコーヒーを一口。
「空いたお皿お下げします。いかがでしたか、当店自慢の新作デザートは?」
「美味しかったです♪ フルーツとクリームでグラタンを作るなんて。温かいデザートとても新鮮でした」
空になったグラタン皿を下げに来た、この店の看板娘と談笑を始めたアイリス。
その姿は、僕と同じパスタセットに加え、なかなかボリュームがあったフルーツグラタンを平らげた直後とは思えない。
「満足したみたいでよかった。随分自然に過ごしていたけど、アイリスはこういった店に入った経験が?」
僕に向けてこっそりとウィンクをしてウェイトレスが下がっていくの見て、紅茶のカップを手に取ったアイリスに気になっていた事を尋ねる。
「え、初めてですよ。でも、クラスメイトの皆さんが良く話していたし、学校では食堂やカフェテリアを利用してましたので」
「ああ、なるほど、疑問がとけたよ。じゃあ、その紅茶を飲み終わったら、行こうか?」
「はい」
お互いにおしゃべりしながら、ゆったりとカップを空にして、僕達は店を出た。
会計の際、自分も出すと言い張るお嬢様を説得するのと、ニマニマ笑顔で代金を受け取った店主の『次回、詳細を……』との呟きには非常にまいったけれど。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
『オルカ』を出た後は、食休みがてらバザールを覗いてみたいというアイリスの望みに沿って広場へ向かう。
冬季休暇中の為か、普段より家族連れで賑わう広場に足を踏み入れてからしばらく、僕はここにアイリスを連れて来た事を半ば後悔していた。
美しい銀の髪を持つ彼女は、否応なく目立つ。しかも、初めての場所が珍しいのかキョロキョロと色々な物に目移りしていては、屋台の客引きのいい的であった。
少し目を離すと、あっちへフラフラ、こっちへフラフラ。
気づけば両手に戦利品を持っていたお嬢様を確保し、右手の紙包みを取ると手を引いて途中言い寄ってくる客引き達をあしらってバザールを出て、空いていたベンチに腰を下ろす。
「はあ、ごめん、アイリス。でもあのままじゃ荷物が……って、アイリス?」
軽く呼吸を整えてからアイリスを見ると、何故か顔を赤らめ一点をじっと見つめていた。
その視線を追うと、そこには彼女の右手をしっかりと握ったままの僕の左手が……。
「ご、ごめん、夢中だったから!」
「あ……」
すかさず手を放し謝罪すると、名残惜し気な呟きと共に僕の手を追ったアイリスと顔を見合わせる形になる。
「え、えっと、もしかしてそのままの方が良かった、かな?」
「~~~!? ご、ごめんなさい、男の方にあんなに力強く手を握られた事が無かったもので……」
アイリスが照れ隠しに手をパタパタと振ると、左手に持ったままの紙包みから漏れる香ばしい匂いが鼻孔をくすぐる。
そういえばと、預かったままの同じ包みを持ち上げる。
「コレは、串焼き?」
「うん、そう、
脳裏に、ピースサインでウィンクするお節介な看板娘の姿が浮かぶ。
それはともかく、包みから取り出したタレ付きの串肉を無垢な笑顔でこちらに差し出してくるアイリス。
僕も十五歳の男子だ、眼前にこの強烈な香り放つ肉を突きつけられたら、例え満腹でも胃が動くのはしょうがない、そう、しょうがないことなのだ。
「あー、じゃあ、遠慮なく、頂きます」
「是非、はい、あーん♪」
「あーん……むぐ」
香りに誘われるまま、串肉に食いついてから、ここがどこだったのかを思い出して硬直。ゆっくりと広場の方を見ると幸い屋台の混雑で目立ってはいなかったが、通りがかった子連れの若い獣人のご夫婦に、微笑みと共に会釈されてしまう。
「リオンさん? もしかして、美味しくないですか?」
「あ、いや、そんなことない、美味しいよ。ただ、ちょっと迂闊だったなと……」
「? あ、それより、そっちの塩味の一切れもらえます?」
「もちろん、じゃあ……」
「あーん」
「な!?」
紙包みごと串肉を渡そうとすると、先んじて目を閉じ小さな口を開けて待ちの体勢となったアイリスに再度硬直させられる。
「ん? リオンさん、まだですか?」
いつまでも動く気配の無い僕に、業を煮やして片目を開けたアイリスの催促。諦めて串肉を取り出すと、満足そうに再び目を閉じた彼女の口元に肉を近づける。
「あーん」
「あーむ……ん~、美味しいぃ~。お肉がいいんでしょうか? リオンさんも食べてみて」
アイリスは手を口元に添え悶えた後、言うが早いか僕の手元の串肉と自分の持つ物を交換すると、すっと肉を近づけてくる。
「はい、あー……」
「ア、アイリスさん……もしかして、ずっとこれを繰り返すつもりですか?」
「? そういう物だと聞いたのだけど?」
「えーと、どなたから?」
「リオから、出発前にデートの作法だと……何か、間違ってました?」
不安と期待が混じった問い。『続けちゃダメですか?』と訴えてくる上目遣いに屈する。
今頃ほくそ笑んでいるであろう
「なんだか、雛鳥に餌を上げる親鳥になった気分で楽しい♪」
「そ、そうですね……」
結局、三切れ程で満足したアイリスに、残りを全て食べさせて貰った僕が正気に戻ったのは、広場を出てしばらく歩いた後だった。
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