第15話 王都散策 上
本日から冬季休暇に入る、使用人の皆さんを見送り、午前の訓練を早めに切り上げた僕は、両手を膝に着き荒い息を整えているアイリスに、午後の予定を伝える。
「アイリス、本日、夜に試したい事があるので、準備と英気を養う為に午後は休みにします」
「は、はい……」
「それで、よろしければ、午後、僕とデートしませんか?」
できうる限り平静を装い、内心の緊張を出さずに言い切れた事に安堵。
「え? ……ええ、ええぇー!!」
言われた事を理解できて来たのだろう、アイリスが驚愕に目を見開いてこちらを見つめてくる。
「そんなに驚かなくても、ああ、嫌なら断ってくれて構いませんよ?」
「大丈夫です! 行きます!! もう、断れませんからね」
わざと悲し気に顔を歪めて見せると、語気強く承諾して見せるアイリスに、思わず声を上げて噴き出してしまう。
「!! もう、リオンさんから誘って来たんですよ! 笑うなんて酷いです」
「はは、い、いや、すみません。まさか、そこまで食い気味に来られるとわ思わなかったので、つい……」
「う~、もう酷い人」
子供っぽい仕草に、また笑いそうになるのを堪え、腕を組んでそっぽを向いているお嬢様に近づく。
「すみませんアイリス。でも、今夜やろうとしてる事は僕にとってもちょっと大変なんです。なので、お互いにリラックスして迎えられるようにエスコートに努めますので、ご協力願えませんか?」
タオルを手渡しながら、真摯に想いを伝える。
アイリスはしばらく横眼で、僕を見た後、深く溜息をついて僕に向き直る。
「ですから、お受けしますと言いました。ただ、生まれて初めて殿方にデートに誘われたんです。もう少しロマンチックなものと期待してたので、文句の一つくらい黙って聞いて下さいな、リオンさん」
受け取ったタオルで顔を覆い、汗を拭いながらの文句。
僕はそれを聞きながら、頬を掻く。
「ご、ご容赦を。まだ、成人もしていない十五の未熟者なので、これが精一杯でして……」
「む~」
タオルをずらし、ジト目で睨まれてたじろぐ。
両手を軽く上げ、慌てて言い訳を続行する。
「か、勘弁して下さい、アイリス。な、情けないですが、い、今も、心臓がバクバクなんですよ~」
「……ぷ、くふふふ」
堪えきれないとばかりに、声を上げて笑う彼女を唖然と見つめる事しか出来ない。
まあ、楽しんでくれたならいいかと、僕も苦笑を浮かべると、笑いを収めたアイリスが投げ返されたタオルを受け取る。
「……準備があるので、そうですね……二、いえ三時間後に出発しましょう。でわ、私はこれで――」
そう言って、小走りに屋敷へと駆けていく。
途中セシリーに代わって控えていたリオさんは声を掛けられ、アイリスを追う直前、僕に向け親指を立てて見せる。
僕はその姿を見送り、随分ユーモアのある人だと思いながら、今更ながら熱くなった頬に、寒気にさらした両手で冷ます。
腕に掛けたタオルに染みたアイリスの匂いを嗅いでしまい、余計に跳ねた心臓が落ち着くまでしばらく動けなくなったのは、全くの予想外だったけれど。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
約束の時間になり、エントランスでメイドさんに言伝を受けた僕は、言われるがままアイリスの部屋の前に立ち、軽くノック。
「アイリス、リオンだけど、準備はよろしいでしょうか?」
「リ、リオンさん! ど、どうぞお入り下さい」
許可を得て入室すると、そこには黒いロング丈のワンピースにラベンダー色のカーディガン姿のアイリス。首元に捲かれた黒のスカーフがぐっと大人っぽく見せている。
「こほん、リオン様?」
思わず見惚れていると、リオさんの声で我に帰る。
リオさんの小悪魔的な視線と、期待が籠った上目遣いのアイリスを受けて冷静になる。
「そういったシックな色合いも、とてもよくお似合いです。いつも以上に大人の女性らしくてお綺麗ですよ」
「ふふ、ありがとうございます♪」
花がほころぶ様な笑みを浮かべるアイリスに比べ、僕は黒のズボンに白のシャツ、若草色のセーターと無難に纏めた事を後悔。釣り合いが取れないにも程がある。
まあ、今更どうにもならないし、今回はアイリスに楽しんで貰えたらそれでいい。
気を取り直して、手を差し出す。
「では、出発しましょうか、お嬢様」
「はい、よろしくお願いします。あ! でも、デートなら敬語は止めてくだ……止めましょう、ね、リオンさん?」
小首を傾げる愛らしい仕草で、手を取りつつそんな我が儘を言うアイリス。
不意打ちに、表情に出た動揺を隠そうと、顔を逸らして何とか平静を保つ。
そして、努めて冷静に返答。
「……分かり……分かった、今日は特別という事で。じゃあ、行こうか」
「はい♪」
喜色満面、思い切りよく僕の右腕を抱いたアイリス。
突如右腕に感じた柔らかな感触に、今度こそ面喰い赤面する。
「あらあら♪ アイリスお嬢様ったら大胆ですね~」
揶揄い含みの声にハッと我に帰り、向けた視線の先にはニマニマ顔のリオさん。
アイリスも自分の体勢に気が付いて、すぐに離れるのかと思いきや密着した身体を少し緩めただけで、僕の腕は捕まったまま。
「リオォ! もう、貴女がこうしたらリオンさんが喜ぶって言ったんじゃない!!」
「えー、ですがあれ程、情熱的に、そのお美しいお胸を押し付けになるなんて、思わないじゃないですかぁ。リオン様もとても初心な反応で喜んでいらっしゃいますよねぇ?」
「!! ~~~~!?」
「……ノーコメントで」
「はいはい♪」
絶好調なリオさんに勝ち目がないと悟った僕達は顔を見合わせ、撤退を選択。
「……じ、じゃあ、余り時間もない事だし、行こうかアイリス」
「え、ええ、行きましょ。リオ、私の外衣をお願い」
「ふふふ、はい、畏まりましたお嬢様」
背に感じるリオさんの好奇の視線に耐えながら、屋敷の外へ出て、手配をお願いしていた馬車へと向かう。
途中エントランスで受け取ったコートを羽織り、同じく白の前開きのケープを纏い黒い手袋をしたアイリスの手を取りエスコート。
次いで、自分も乗り込み、ドアを閉める。
そこで、いつの間にか増えていたメイドさん達の生暖かい視線が途絶えて、ほっと一息。
顔を上げると同じく安堵するアイリスと目が合い、どちらともなく噴き出す。
「ふふふ、全く、あの子達には、今度言っておかなくちゃ」
「はは、まあおかげで、緊張が解れたからよかったよ」
「それで大通りに着いたら、何処に向かうんですか?」
「ああ、メインの目的地は二箇所かな。とりあえず、食べ損なった昼食でも――」
そこまで言った時、『く~~』と響いた音。
途端恥ずかしそうに顔を俯かせるアイリス。
「決まりみたいだね」
「う~~、リオンさんの意地悪ぅ」
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