第14話 メイドの事情

「こんな時間に、婦女子の部屋を訪ねるなんて、常識が無いんですか?」

「すいません、ごめんなさい……」


 案の定、ご機嫌斜めなメイドさんから向けられた極寒の視線に、思わず平身低頭してしまう。

 屋敷内の女性使用人さん達の部屋が集まる一角な為、入浴に向かうか、逆に戻ってくる年上の女性たちにクスクス笑われてしまう。

 い、今すぐに消えてしまいたい。さっさと、用を済ませよう。


「じ、実は、アイリスのことで相談がありまして」

「…………」


 アイリスの名を出した途端、鋭さを増した視線が向けられる。

 あえて無視して、本題を切り出す。


「彼女から聞きました。明日から休暇に入られるんですよね?」

「……遺憾ながら。まさか叔父上にまで既に話が通っているなんて」


 それは初耳、家令のルーファスさんに話が行っているなら決定事項じゃないか。


「そうだったんですか。セシリーは休暇を拒んでいると聞いていたんですが」

「当たり前です。アイリス様が思い悩んでいる時に、私だけ帰省するなんて納得できませんよ。これまでずっと一緒にいた方の一大事なんですから」


 不満顔で、文句を言いながらも、アイリスへの友愛が滲む。

 こういう所は主従でそっくりだ。ちょっと羨ましいな、ここまで信頼できる相手は僕にはいなかった。


「なるほど。でも、今回は一度距離を置いた方がいいと思いますよ」

「…………何故ですか?」

「アイリスが思いつめている原因の一端が貴女だからです。分かってますよね?」

「…………………………はい」


 たっぷり時間をかけて、頷くセシリー。

 理解できても、受け入れたくないとばかりに苦渋が滲んでいる。


「まあ、納得はしてないですよね。ですので、僕が納得できる材料を提供しますよ」

「……え?」


 僕の提案に、怪訝そうに反応するセシリーに、用意しておいたメモ紙を取り出して差し出す。

 それを受け取り、内容を確認したセシリーは驚愕の表情を浮かべる。


「先日、卒業検定試験を見ての、僕なりのアドヴァイスと、入学試験に向けて覚えた方がいいと思った魔法の構築式です。帰省中に練習して置いて下さい」

「中級魔法の多属性複合魔法と新しい上級魔法…………コ、コレを休暇の十日あまりで習得して、来いと?」


 顔を固くして、セシリーは確認してくる。

 

「絶対ではないです。現状でも貴女は上位合格できるでしょうし。ただ、もし習得する気があるなら、一つでも身に着けておけば上が見えてくるはずです」

「そして、お嬢様が実力で悩んでいる今、練習するにはこの機をおいてないと……はあ、わかりました。大人しくリオンさんの策に乗ることにします」


 初めて表情を緩めて微笑を浮かべ、仕方無いとばかりの返事をするセシリー。

 ふふ、ちらちらとメモ紙を気にしているのが隠せてませんよ。

 新しい魔法に興味が引かれてしまう気持ちは、とてもよくわかるので、あえて触れずに話を進める。


「そうして下さい。ああ、もちろん休暇を楽しむのが最優先ですよ? 決して、無理して全部を、なんて考えないように」

「…………了解です……」


 僕言い含めると途端に、自信無さげな力ない返答と共に顔を伏せたセシリー。

 どうかしたのかと見つめていると、僅かに戸惑う仕草の後、顔を上げた彼女は羞恥で微かに頬を染めていて、 予想していなかった反応に僕の方が慌ててしまう。


「……あ、あの、皆さんは、休暇って一体どの様に過ごされているんあでしょうか?」

「……は?」

「は、恥ずかしながら、アイリス様の専属になってから十数年、これ程長く自由にできる時間を持った事が無かったもので、休めと言われても途方に暮れてしまって……」

「ああ、そういう……」


 セシリーからしたら真剣な悩みなのだろうけど、正直少し呆れてしまう。

 とわいえ、このまま放置するのも可哀そうだし、何とかしてあげたいけど……。

 そう思って周りを見渡し、一つ思いつき、泣きそうになっているセシリーに向き直る。


「うーん、僕も休みはゆっくりと読書したり、通りを散歩がてら屋台の食べ歩き、位しか思いつかないので、こういう事は先達に頼るのが一番ですよ」

「え?」


 セシリーがぽかんと油断した隙にその手を取り、廊下に連れ出すと、ちらちらと先程から遠巻きにこちらをみているメイドさん達の方へと押し出す。


「皆さん! お聞きだったかもしれませんが、こちらのセシリーが休日の過ごし方をご教授頂きたいとのことです」

「な! なな! 何を……」

「あら、そこは殿方の甲斐性の見せどころじゃないですか、リオン様?」


 彼女達の一人が、セシリーを捕獲しながら、挑むようにこちらに質問を投げてくる。

 確か、リオさんという二十一歳の若手メイドさんだったはず。


「確かに、ここは一つデートにお誘いするのがマナーかと思うんですが、残念ながら僕はアイリスの授業の為王都に残らないといけないので、ここは同世代の皆さんに託すのが正解かと思いまして」

「え! で、デー………」

「なるほど、なるほど、了解よ♪ さあ、みんな、話は聞いたわね? 私達の手でセシリーの休暇をクリエイトするわよ!!」

「「「「オー!!!」」」」


 リオさんが声を掛けると、彼女の周りにいたメイドさんだけでなく、閉じられていたドアから出てきた皆さんまで、揃って手を振り上げている。

 実に見事な一体感、素晴らしいチームワークです。


「え、あ、ちょっ!!!?」

「やっぱり冬なら雪祭りは欠かせないわよね」

「そういえば、大通りに新しくできたカフェの評判いいらしいわ」

「いやいや、来春からの高等学校生活に向けて、お買い物よ」


 一人おろおろしているセシリーを囲み、姦しく次々と意見をだしていくメイドさん達を眺める。

 うん、実にいい仕事をした。


「ああ、そうだ、あくまでセシリーも受験生なので、くれぐれもお手柔らかにしてあげて下さいねー」

「「「「「はーい♪」」」」」

「ふぇ、あの、リ、リオ……助け……」


 楽し気な返事と共に、戸惑うばかりのセシリーを、どなたかの部屋へと連れ込む一同を見送ってから、僕も今度こそ入浴の為、その場を後にするのだった。


 ただ一人おろおろとしているセシリーを囲み、

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