第13話 お嬢様の事情

「……雨、か……丁度いいや……」


 夜の訓練を終え、一人内庭に残って自分の練習を行っていると、頬に水滴。

 行き詰まったアイリスの事、ルビアとの決闘、難題ばかりでいよいよ煮詰まった頭を冷やすために、いつもより激しく動いていたから心地いい。


「仕方ない、今日はここまでにしようか」


 テラスに移動して、屋根の下で濡れた髪と靴底を乾かし、自室へ向かう。

 階段を上って廊下に出ると、戸の前に遠目に解る人物が……。


「何をやってるんだ、あの人は……」


 ちょっとした悪戯心で気配を絶ち、ひっそりと彼女に近づいていく。


「ううぅぅ、やっぱりこんな時間に突然訪ねたら、迷惑かしら……でも、でも……あう、どうしましょう――」


 ノックの為の手を上げ下げし、一人百面相をしているアイリス。

 あわあわしている姿は、見ていてとても楽しい。

 ただ、寝間着にガウンを羽織った女性をいつまでも廊下に立たせておくのも、紳士としてどうかと思い、声を掛ける。


「こーら! こんな時間に、そんな恰好で男の部屋を訪ねるなんて、誤解されても知りませんよ――レディ?」

「ひゃん! リ、リ、リオンさん!! ま、まだ、部屋に戻っていなかったんですか!?」


 おお、流石の身体能力!

 可愛らしい悲鳴をあげ、跳ね上がり一気に距離を取って動揺する様が可笑しくて、つい噴き出してしまう。


「!! ――もう、リオンさん!! 女性を驚かせて置いて、笑うのは、どうかと、思うのですが!!!」


 頬を膨らませて、猛抗議するお嬢様。

 そんな可愛らしい姿を目に焼き付けつつ、謝罪する。


「ハハハ、ごめんごめん。……でも、君も悪いよ、部屋の前でずっと立っていたら、声くらい掛けるだろう?」

「うっ! それは……って、でも、気配まで消す事はないでしょう! もう、酷い人!!」


 フンッと顔を背けるアイリス。どうしようそんな姿も可愛いらしく見えてしまう。

 いけない、これ以上は本当にご機嫌を損ねてしまう。

 そう思えど、どうしてもニヤけそうになる顔を必死に繕う。


「……まあまあ、それより、何か御用があったのでは? 立ち話も何なので、良ければ中に入りませんか?」


 扉を開け、照明魔法具を起動し、恭しく礼をしてアイリスを招くと、不満気ながら大人しく従う彼女が室内に一歩入った瞬間に一言。


「――ただ、僕も男なので、御覚悟を……」

「! ――――ッ!? もうっ!!」


 顔を真っ赤にして、僕の腕をパシン。

 揶揄い過ぎたかな、かなり容赦のない平手に苦笑。

 アイリスは屋敷の主らしく勝手知ったる風に部屋を突っ切り、窓際に設置された椅子の一脚を占拠しテーブルに手を置いて、早く座れと視線を送ってくる。

 僕はひりつく腕を摩りながら、大人しく彼女の対面に座る。


「それで、こんな時間にわざわざどうしたんですか?」

「……揶揄っておいて、その平静な対応はどうなんでしょう――少し、お話しがしたかっただけです」


 珍しく、拗ねた様子で、顔を背けてぼそぼそと喋るアイリス。

 あれ? 本気でやり過ぎてしまったのだろうか?


「……悪ふざけが過ぎました。謝罪します、アイリス……」


 素直に謝罪し、頭を下げる。

 するとアイリスは、一瞬キョトンとした後、困ったように口を開く。


「……リオンさんの事は何も怒ってなんて――(……とっても……意地悪だとは、思いましたけど)」


 最後は、声が小さくて聞こえなかったけど、僕の事は怒っていないご様子。


「……では、どうされたのですか?」

「……笑いませんか?」


 何故か、少し頬を染め、アイリスは子供っぽい仕草でこちらを伺ってくる。

 その姿に、いやな予感を感じつつも、しっかりと頷く。


「………………たんです」

「え? すみません、良く聞こえなかったのですが?」

「だ、だから…………ンカしたんです」

「ごめんなさい、アイリス。もう少し、大きな声でお願いします」

「ですから! セシリーとケンカしたんです!!」


 剣幕強く、両手でテーブルを叩いて叫ぶアイリス。

 僕は若干引きつつ、言われた内容を噛み砕く。


「はあ!? 貴女とセシリーがぁ?」

「そ、そこまで、驚かなくても……私達もケンカくらいします」

「ま、まあ、そうなんでしょうけど、普段のお二人を見ていると、イメージできなくて」

「た、確かに、子供の頃、以来ですけど……」

「……それで、原因は何なんですか?」

「実は…………」


 そこから、始まったのは怒涛の愚痴の嵐。

 半分くらい支離滅裂な文句だったが、要するに、セシリーに冬季休暇を与え、セレスタイン領への帰省を促したら、反発されたらしい。


「しかも、先日の検定試験の後、ルビアとセシリーの飛び抜けた実力を見て、少し落ち込んでいた事まで持ち出してきて……。焦ります! 焦るに決まってます!! あの子達、いえ同期生達と私とでは、実力が隔絶している現実。魔法が使えただけで舞い上がっていた自分の迂闊さを呪いました。だから、私は冬季休暇も授業免除期間であってもゆっくりなんてしてられないんです!!!!」


 相当溜め込んでいたのだろう、言葉を重ねる度にどんどん興奮していく。

 全く、この公女様が思いつめる性質なのを知っていながら、こうなるまで気づけないなんて……。

 早急に手を考えないとな!

 とり急ぎ、アイリス懸案のセシリーに休暇をとらせる手を考える。


「……アイリス、落ち着いて下さい」

「!! も、申し訳ありません。わ、私ったら興奮してしまって……」

「大丈夫です。今日はアイリスの新たな一面が見られて、僕も嬉しいです」

「!? ――リオンさん!!!」


 高揚し赤らんでいた頬が、更に朱に染まっていく。

 固まった彼女の隙をつき、言葉を差しはさむ。


「セシリーの件、僕に任せて貰えませんか? アイリスの希望に添えるように話をしてみます」

「え、ですが……」

「僕は、貴女の魔法講師である前に友人だと思っています。なら貴女の悩みの解決に手を貸してもおかしくはないでしょう?」

「…………わかりました。……お願いします」


 躊躇いつつも頷くアイリスに満足し、懐から懐中時計を取り出し時間を確認する。


「さあ、もう随分時間が経ってしまいました。用件がそれだけなら、そろそろお開きに致しましょう」


 そう言って、寝間着姿という扇情的な恰好のアイリスに退室を促す。

 すると、アイリスはもじもじ。何故?


「……その、リオンさん、とても厚かましいお願いなのですが……」

「? 何でしょう?」

「……えっと、新しい魔晶石を、あの、頂けないでしょうか……?」

「…………」


 圧を込めて、無言で見つめる。

 アイリスは『あわわ……』と視線を右へ、左へ。

 魔法の訓練だけで、一月で、大きめサイズの魔晶石を二つも消費するなんて、一体どれだけ根を詰めているのか。

 以前、二つ目を渡した時に、あれだけ注意したというのに、困ったお嬢様だ。


「了解です。ですが、以前も言ったように、くれぐれも無理はしないで下さいね……」


 軽く言い含め、若干呆れつつも、文机脇の小箱から魔晶石を取って渡す。


「♪ ありがとうございます! この代金はか・な・ら・ず適正額をお給金に上乗せしてお払いしますから」


 遠慮したいが、アイリスの満面の笑みに封殺される。

 以前も絶対に引かなかったのを思い出す。嘆息しかでないよ。


 因みに、空晶石は天然の魔晶石を採掘する際、そこらの小石レベルで採れるので、数個纏めて、子供のおこずかいでも余裕で買える代物だ。

 だけど、魔晶石は希少であり、人為品には光色次第で貴石価値さえ付く物だ。

 

 自分が受け取ることになる報酬が法外になりそうな予感に、恐々としながら、アイリスを送り出す。

 頭を切り替え、文机のメモ紙にいくつかの魔法式と助言を書いて切り取ると、入浴の準備をして部屋を出る。


 入浴前に、彼女の部屋へと向かう。とても、気が重い。

 きっと、あのメイドさんも不機嫌なのだろうな~。素直に、頷いてくれればいいんだけど……。

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