第12話 大学校

 メイルシュルト王国が誇る最高学府、王立大学校の敷地には校舎の他に二つの巨大建造物がある。

 一つは国内、いや世界中から集めた五十万冊以上を所蔵し、大学校に管理が一任されている大陸一の知の集積地である巨大図書館。

 そして、もう一つが大学校の教授達の研究室がある『叡者の魔宮』、日夜様々な魔法技術が研究され、常にどこかで騒ぎが起こっている場所だ。

 乱痴気騒ぎが日常茶飯事なこの場所で、唯一静謐せいひつを守るのが、最早封印と言っていい結界が張られた『天魔』ロザリー・クレイセリア教授の研究室。一部の学生から、伏魔殿と呼ばれる特級危険地帯である。

 研究室内は空間が捻じ曲がり、明らかに外観以上に広大な空間を十以上の個室で分けられている。

 そんな異空間で、僕に宛がわれている個室に入らず、サロンのソファーに腰掛けて図書館から持ち出した書物を読んでいると、突然影が差す。


「あら~、また随分と根を詰めてるのねぇ、リオン」


 ほんわかとした声に、顔を上げると藤色の髪をアップにした、豊満なボディを持つ妙齢の女性が、テーブルに積んだ本を確認しながら微笑んでいた。


「『悪魔崇拝の歴史』『魔力生命体考察』『悪魔の生態追究』……騎士団を呼んだ方がいいかしらぁ?」

「……いやいや、何言ってるんですか、教授……」


 本気で不憫な子犬でも見るような目を向けて来た恩師、ロザリー・クレイセリア教授に突っ込みを入れる。

 イエルワーズ戦役当時、主戦場となった東方領の一つ、『アルブレント侯爵領』を統治するクレイセリア家前当主であった、大英雄だとはとても思えない穏やかな女性だ。


「冗談よ~♪ で、調べものは順調なの?」

「アイリスちゃんの体質改善につながるような情報は、見つかってませんよ。悪魔に関して詳しくなる一方ですよ」

「そーでしょうね、もしあの子の魔力欠乏に、悪魔なんて性悪な連中が関わっているなら、とっくに碌でもない事態になっているわ」

「でしょうね。ザクローニ先生の直感もハズレみたいです」


 検定試験から数日、図書館に所蔵されている関連文献の殆どを読んだけれど、悪魔に関する知識が増えただけだった。

 悪魔の依代になって、魔力の暴走を起こした実例はあったみたいだが、魔力が消えるなんて事例は一つも無かった。

 寧ろ、僕の過剰魔力の方が悪魔の仕業なんじゃないかと不安を覚えたくらいだし。


「うーん、流石のリオン・エルセインでも、あの子は難しいですか?」

「そりゃ、教授はじめ、優秀な魔法士が揃っている環境にいて、どうにもならなかった案件ですし。……そんな難題を、後二ヵ月でどうにかしろって無茶が過ぎると思いませんか?」

「それはもうリオンへの期待の表れよぉ。何て言っても師匠が拾って育てた、息子であり弟子なんだもの~」

「爺さんは関係ないでしょ。あの人は凄い人でしたけど、それと僕みたいな未熟者じゃ比較になりませんよ」


 王都に来る前に他界した僕の養父ガンダル・エルセインは『賢者』の名で呼ばれたエルフの魔法士だった。

 エルフ族の数百年に渡る生を、様々な地を放浪し見分を広める事に費やし、その中で歴史書に出てくるような何人かの偉人の師となった人物だ。

 何を隠そう、目の前にいる年齢不詳の『天魔』殿や、嘘か真か、メイルシュルト王国初代女王グレンス・メイルシュルトも師事していたというのだから、初めて知った時の僕の驚きは想像してもらいたい。

 本人は『騒がれるのが煩わしい』とうそぶいて、行く先々で、偽名を使っていたらしいので、エルセインを名乗っても気づく人は殆どいないのが救いだけれど。


「まあ、アイリスちゃんの閉じきっていた魔力経路を無理矢理こじ開けるなんて荒業を、当たり前にこなす辺りあの人の子供よねぇ」

「仕方ないじゃないですか、魔晶石は用意できても、経路が開いてないと魔法の練習なんてできないんですから。っていうか、その位は教授がやっていても良かったのでは?」

「……はぁ~、それが普通の事だと思える辺り、『自分ができる事は他人も当たり前にできる』な、師匠譲りの考え方を改めさせることはできなかったのねぇ……」


 本気の嘆息、失敬な!

 そりゃ、自分が常識外れだってことは、なんとなく自覚してますけど。

 広大な空間を見渡し、少なくともこの研究室の関係者だけには言われたくないと思う。

 先輩達に宛がわれた個室からは剣呑な魔力が漏れているて、主人の指示を受けたのだろう猫型や小鳥型の魔法獣が行きかうなど序の口。

 怠惰極まる二人の先輩が小間使いにしている、光輝く妖精とスケルトンの使い魔。

 ある変態な先輩が、『理想の造形だ!』と熱弁を張った、色白で白金の髪に人間離れした容姿を白のドレスで包んだ、発声機能まで持つ万能女性型泥人形ゴーレム

 教授の傍にも本物の騎士の如く控える自律甲冑リビングアーマー

 まさに伏魔殿にふさわしい混沌振りが日常な、ここの人達に比べれば、僕など余程真っ当じゃないか!


「とにかくアイリスちゃんに関しては、一度体を直接調べるしかないんじゃないかしら?」

「それは解ってるんですが、僕がやる訳には……教授が調べてくれませんか」

「ダ・メ・よ! いいじゃない、同い年の女の子の体を触りたい放題なんて役得でしょ、しかも飛び切りの美少女よ♪」


 教授の言葉に、アイリスの形のいい胸元や、細い腰の括れが脳裏に浮かんでしまい、顔が熱くなる。

 僕の反応に、教授はニマリ。


「うふふ、いい反応よリオン♪」

「! ……教授!!」


 僕の抗議を流して、教授が顔を引き締める。


「……私としては、あの子は無理に高等学校に行かなくてもいい。どうしても魔法を使いたいなら継続してリオンを雇用すれば、魔晶石の供給も安定するし生活の不便も解消されるのだしね」


 今までののんびりした口調ではなく、切れ味のいい語り、『天魔』モードと呼ばれる教授の本質。

 学者らしくドライな所があるこの人らしい現実的な意見だと思う。

 僕としても職が得られるのはありがたい所ではあるのだけれど。

 溜め込み過ぎてしまう、アイリスの姿が頭に浮かぶ。


「……僕は……彼女が魔法を求めるなら付き合いますよ。例え期限を過ぎたとしても」

「それは何故?」

「数少ない、大切な同期生ですし。彼女の努力が報われて欲しい、神ならぬ身ですが、育ててくれた養父の教えに背かぬよう、僕にできる限りを尽くしますよ」


 そう、孤児院の子供達に無償で読み書きや魔法を教えていた老エルフの『学びを受ける権利は、誰にでもある』との言葉を胸に、教授の眼を見つめる。

 恩師も肩を竦めて、何処か嬉しそうに背を向ける。


「そう言われたら何も言えないわ♪ あの子をお願いね」

「……はい!」

「……あ! そうだ!! あの子に触り放題と言っても、合意も無しに変な事してはダメよ?」

「!!!?」


 最後に爆弾を投げられ、手の中の書を取り落としそうになるのを、慌てて押さえる。

 文句を言おうとして顔を上げるも言葉が出ず、手をヒラヒラと去っていく教授をただ見送ることしかできなかった。


 その後、セレスタイン家に戻った僕が、申し訳なさそうにするアイリスから、ルビア嬢との決闘の事を聞かされ天を仰ぐことになるとは、この時は思ってもいなかったのだ。

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