第11話 アイリスとルビア

 卒業検定試験から数日。

 冬季休暇の初日である今日、私はセレスタインの屋敷に向けて車を向かわせていました。

 表向きは、南部の実家に帰る前に、同じ公爵家のアイリスへの挨拶。

 あわよくば、その……リオンに会えたら、いいなぁ……なんて。


「ルビアお嬢様、リオンに会えるのが嬉しいのは解りますが、その緩んだお顔はあちらのお屋敷に着く前に、何とかして下さいませ」

「! うぐ、そ、そんな顔してないわよ! へ、変な事言わないで、エルナ」


 隣に座る、年上の専属メイドに澄まし顔でたしなめられる。

 このメイド、エルナは三年前、ある理由で私が指名した孤児院出の娘。


「全く、普段凛々しいお嬢様が、こんなにふにゃふにゃになるなんて、あの子ったら本当に罪作りなんですから♪ まあ、そんなルビアお嬢様の姿も可愛いらしくて、また、良しではありますが」


 エルナは、リオンの事をあの子呼びする様に、あいつの幼馴染で姉のような存在らしい。

 休みの日にあいつの下宿を訪ねたり、手紙をやり取りしたりと、非常に羨ま……仲のいい間柄。

 色々と相談する内に、私も勝手に姉のようだと思っている魅力的な女性。ただ、胸元だけは…………。


「お嬢様?」

「あーはいはい、ほら、もう着きそうよ」


 そんなことを言っている内に車が停止、運転士によって戸が開かれる。

 屋敷に案内されると、灰色のカットソーに白のスカート姿のアイリス自らが出迎えてくれた。


「当家へようこそハイネリア公爵令嬢、歓迎いたします」


 やっぱりこの子反則級に綺麗よね。

 銀の長髪、瑠璃色の瞳。シミ一つない白い手で完璧なカーテシー。

 学外とはいえ、同期生なのだから、もっと気楽にすればいいと思うのだけれど。

 後ろから視線、とてもいい笑顔のエルナを幻視。


「こちらこそ、急な訪問にもかかわらず、わざわざのお出迎え感謝いたします、セレスタイン公爵令嬢」


 こちらも倣って礼を取ると、アイリスが破顔。


「お堅い挨拶はこのぐらいで、ルビア、こちらへ来て、お茶の準備をしているの」

「ふう、ありがとうアイリス。あ、お土産があるの、エルナ」

「はい、こちらハイネリア領名産の茶葉になります」


 南方に位置し、温暖な気候が育むの我がハイネリア領の農産物やその加工品は、国内でも人気が高い。

 私もだけれど、紅茶好きなこの子なら喜んでくれるだろうと選んだ物、それにリオンが好きな銘柄だってエルナが言っていたし。


「まあ、わざわざありがとうございます。ルーファス」

「はっ、お預かりいたします」


 エルナが茶葉の瓶を執事に渡すのを確認して、私達はサロンに移動。

 テーブルに着くと、すぐにカートを押すセシリーがやって来て、アイリスが執事を下がらせる。

 澄まし顔のまま流れるように並べられたお茶と焼き菓子は、どれも公爵家の格に見合う一級品。


「うん、美味しい。紅茶を淹れる腕前はセシリーには逆立ちしても勝てないわね」

「……お褒めに預かり、光栄でございます、ルビア様」


 ふふふ、澄ました顔でも、眉がピクピク動くのが隠せてないわよセシリー。


「ふう、もう、ルビア、家のセシリーをあまりいじめないであげて」

「あら、そんなつもりは無かったのだけれど、美味しいと思ったのは本当だもの」

「そういう所がルビアらしいわね。あ、そうだ、まだ伝えて無かったわ♪ ルビア、首席卒業が決まったのでしょう? おめでとう、流石ね」

「一応、ありがとうと言っておくわ、最後まで筆記ではアイリスに勝てなかったけれどね」


 先日の卒業検定の結果、私は実技首席、筆記次席で首席での王立グレンス学校の卒業を決めた。

 お陰で代表挨拶やら打ち合わせやらで、卒業式直前に面倒な予定を入れることになってしまったけれど。


「私は実技がダメなので、せめて筆記くらいはトップでないと公爵家の者として示しがつかないので」

「まあ、リオンの奴が居たら私達、どっちも次席だったんだけどね」

「あら、弱気なんて貴女らしくないじゃない」

「あの魔法獣とか見ちゃうとねぇ~、でも実戦なら負けないけど。ってそだ、リオンはいないの? いるなら、一戦お願いしたいんだけど」


 ――よし! さりげなくアイツを呼ぶことができた。


「ごめんなさい。彼は今日まで大学校があるそうで、留守にしているんですよ」

「……なっ!」

「あら、残念でございますね、お嬢様」


 エルナがとても楽しそうに意地の悪い笑顔を浮かべている。……もしかしなくても、知ってたわね性悪メイド! 胸もない癖に~~!!


「……うふふ、お嬢様ったら、次リオンに会ったら、本日のお召物をお決めになるのにお嬢様が、昨日どれだけお悩みになったのか、伝えてもよいのですよ?」

「あーあーあーあーー、ひ、卑怯よ、エルナ」


 な、何てことを口走るのかこのメイド、慌てて口を押さえて止める。

 アイリス達もニマニマと私を見てくるし……と、とりあえず気を取り直して。


「ま、まあ、あいつが居ないのなら仕方ないわ。なら、アイシア様は? 久しぶりにお話ししたいのだけど」

「重ねてごめんなさい。聞いているかもしれないけど、御姉様は今、色々と忙しくて殆どこちらに戻らないの」

「あ~、そういえば、おめでたい話なのは間違いないけど、最初聞いた時は驚いたわよ。セレスタイン公も思い切ったわよね」

「……お母様としては、私はともかく、弟がいるから安心しているみたいなの」


 寂しそうに語るアイリス。

 不器用というか、本当に頑固なんだから。生まれついての体質なんてどうしようもないんだから、もっと気楽になればいいと思うのだけど。

 槍術に学力、容姿と魔法以外に飛び抜けている部分があるんだから。


「ねえ、アイリス。本当に王立グレンス高等学校を目指すつもりなの?」

「――ええ、可能性は捨てていないもの」

「いくらアイツでも難しいでしょ。制御が苦手とか、術式構築が不得手とかそんな次元の話じゃないのよ?」

「――かもしれない、でも、私以上に魔法を使えるようになるって信じて、指導や研究に精を出して、毎晩遅くまで文献を読み漁ってくれている彼、リオンさんを裏切れないもの」


 頬を染め、しっとりとした表情でリオンを語るアイリス。

 ズキリと胸が痛む。


「はああ、昔っからだけど、アンタ、頭固過ぎよ。普段は柔和なお嬢様してるのに、槍を持ってる時と、魔法に関してはホント別人みたいなんだから」

「もう、少しでも可能性があったら貴女だって引かないくせに」

「それはそれよ、可能性があるなら私も何も言わないわよ、でも、これについては無謀じゃない。アンタはセレスタインなのよ解っているの?」


 公爵家の娘が進学試験に落ちる事の影響を理解してるのかと、言外に込めて、私はアイリスを見つめる。

 対して、アイリスは揺らぐこと無い強い意志の籠った目で見つめ返してくる。

 こんな事じゃなければ、私も好きな表情。

 だからこそ、この子は自分の意志を曲げないのだと理解できてしまう。


「……解っています。それでも諦められないんです。仮初であっても、魔法を使えたのですから……」


 その回答にカチンと来た。

 これまでの経緯を聞いた際、リオンから貰ったという、薄緑の魔晶石を愛しそうに撫でる姿を思い出したのだ。

 ズルい! そう思ってしまう。

 孤児と公爵令嬢、明らかな身分差を意識して、リオンに迷惑を掛けたくなくて、彼と縁のあるエルナを専属に指名して話を聞くくらいしか、私にはできなかったのに!!


「解ってないわ!! 公爵家の娘が落第する! そうなったら、アンタだけじゃなくてリオンの評価にも傷がつくのよ。ただでさえ、孤児だなんだって散々言われて来たアイツによ!!!」

「ルビアさん! 押さえてください!!」

「お嬢様! 落ち着いてください」


 声を荒げてしまった私を従者二人が宥めにかかる。

 アイリスは、俯き真一文字に口を瞑んでいる。


「リオンがそんなことを気にする奴じゃないのは解ってる! でも、アイツがそういうヤツだって知りながら巻き込むら、アンタを許さない!!」

「……彼に縋るしか道が無い私にどうしろと?」

「アンタが止まらないなら、私が止めるわ! アイリス、入学試験の五日前に私と立会いなさい!! そこで、合格できるだけの実力を示せなかったら、潔く諦めて」


 ただの嫉妬だ。解っているけど、止められない。

 すごく嫌な女になった気がして胸が苦しいけど、それでも、アイリスが妬ましいし、リオンに対する陰口が増えるのは我慢ならない。

 それに、直情的に出した条件だけど悪くないと思うし。


「……分かりました。家名に賭けてその条件お受けします」


 そう誓約を口にし、開いた瞳に宿る闘志に、思わず嬉しくなってしまう。

 これ以上は無粋に感じ、席を立つ。礼儀を失しているのは百も承知で背を向けて言葉を投げる。


「場所と、時間は後日手紙で連絡します。エルナ、行くわよ」

「! お、お嬢様!? し、失礼いします、アイリス様……」


 エルナが慌てて後に続くのを待って、そのまま振り向くことなく、セレスタイン邸を後にする。

 入学試験直前まで領地に籠るつもりだったけど、少し早めに王都へ戻らないと、なんて考えながら、二ヵ月後の試合に今から体が熱くなっていくのを必死に隠しながら。

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