第10話 検定試験の後に

「ご苦労だったなエルセイン。どうだった、かつての同期達の成長ぶりは?」

「とても驚かされました。ルビア様、セシリー嬢は勿論、他の皆もこの年で七割以上が上級魔法を行使してましたし」


 実技試験終了後、ザクローニ先生の誘いを受け、コーヒーを御馳走になることに……とてもいい豆で大変満足です。

 セレスタイン家にお世話になって、舌が肥えてしまっているかも、いけないな。


「最後に騒ぎを起こしてしまって、すみませんでした」

「ははは、まあ、若いということだ。ちょっとした事故だ、あくまで臨時で依頼した仕事なのだ、多少の羽目は外しても文句は言わんさ」


 あの後、ルビアに加え、何故かアイリスにまで散々文句を言われ、セシリーとは微妙な空気になって……いけない、思い出したら憂鬱になってきた。


「それにしても、三年彼等を見てきて随分向上したと思っていたが、君の成長は凄いな、あの魔法獣等、年甲斐もなく興奮してしまったよ」

「恐縮ですよ。三十年前のイエルワーズ戦役の英雄にそう言ってもらえるなんて」

「ふう、止めないか、あの戦乱で本物の英雄と呼ばれるべきなのは、『天魔』殿や公爵家の先代達だ。私などは、何とか生を拾っただけだ」


 過去を思い出しているのか、何処か遠い目をされる教師長。


「最優秀組は、皆、王立高等学校に進学を?」

「ああ、殆どはな、入試に関しても問題はないだろう。ただな、悪くいうつもりはないが、セレスタイン嬢だけは、な」


 やはり、学校側もそういう反応なんだな。

 まあ、そうなってしまうのも仕方ない。彼女の頑張りを知るものとして、面白くはないけれど。


「君はどうなのだ? 大学校の方も卒業するのだろう?」

「まだ決めてません。王宮魔法士の試験は、来年、成人しないと受験資格が得られませんし。他の職も、まさか、大学校まで一年で出るとは思っていなかったので、何の準備もしていません」

「はは、王国きっての秀才が、無職か皮肉だな」

「まあ、大学校側からは、僕の希望を反故ほごにした見返りに、来年以降も資料室への出入りの権利は頂けたので引き下がりましたけど」

「耳が痛いな。お前の意志に反し飛び級卒業させたのは、我々も同じだ。身分差別の撤廃を国が謳っていても、貴族共の自尊心というヤツは……全く下らん話だよ」


 『卑しい孤児の分際で、貴族の上に立つなど不敬』そんな文句を一体何度聞かされたことか。

 つまり、貴族子女の多く通う中、座学、実技共、首席にいるのが僕であることが気に食わないのだ。

 貴族の頂点である王家と公爵家が何も言わない中、他の貴族家からの圧力に屈した結果が、『実力が在るならば、早急に卒業させる』という物。

 それをグレンス高等学校、大学校と繰り返したのが、今の僕の状況というわけだ。


「幸い、今春に氷冷魔法具の技術を、教授の伝手で売りまして、身に余る資金を得たので路頭に迷うことはないと思いますが」

「な、何!? あれは君の発明なのか?」

「え、ええ。元は、昨年、高等学校生向け魔法技術論文大会の賞金目当てに、書きなぐったものを、実際に現物へと落とし込んだだけですが」


 あの時は、ちょっと入用で、論文大会の公募がタイミングよく有ったので飛びついたのだ。

 やっつけで粗が多かったけれど、何とか三位に選ばれて、得た賞金で急場を凌げたので、よく覚えている。


「……はあ、君は相変わらず簡単そうに言うが、新技術の開発など本来は偉業と言ってもいいことだぞ」

「教授にも同じことを言われましたよ」


 苦笑されるザクローニ先生に、ちょっと聞きたかった事があったのを思い出し、口にする。


「そういえば先生、先程名の上がった、アイリス――様の魔力無しという体質をどう思っておられますか?」

「ふむ、何故だ?」

「あ、ああ。説明が足りませんでした。実は今、セレスタイン家の依頼で、高等学校の入学試験まで彼女の魔法講師を務めてるんです。ご存知の通り、彼女の体質をどうにかしない話にならない。僕としては魔力が無い、という事自体違和感があって、何らかの原因がある気がしてるんです。なので、三年間彼女をみて来られた先生のご意見を伺いたいと思いまして」

「そうか、君が……そういえばセレスタインの当代は、クレイセリア女史の姪にあたるのだったか……うむ」


 遅々として進まない、アイリスの体質改善の為の原因究明。

 恩師であり、優秀な魔法士である、マウロ・ザクローニ教師長の私見は是非とも聞いておきたかったのだ。

 しばらく考え込んだ彼は、一口コーヒーをすすると、おもむろに口を開かれた。


「確かに、魔法具の作動すらできないというのは不自然さを感じたことはある。それは、命を維持するのに必要最低限の魔力かつ、体外へと放出する余剰がまるでない状態という事だ。そんな神がかった均衡を保つのは不可能。日々の肉体的、精神的な疲労に加え、彼女は女性だ、どうしても体調の波は大きいからな」

「そうなんですよね。そもそもアイリス様が生きているのが不思議に思えてしまうんです。まるで、体調に合わせて魔力精製量を完璧に調整しているかのように、彼女は健康です。どうしてそんな必要があるのか、原因が何なのか、全くお手上げでして」


 彼女の在り方の歪さまでは考察できる。

 そこからがまるで分からない、もしそんな調整ができるのならば、そもそも余剰を作ることも可能だろうに。


「私も、そこで行き詰ってな、結局そういう特殊体質だ、と結論していた」

「先生でも原因に心当たりは無し、ですか……」


 参ったな、どうしようかな。

 大学校は勿論、ここと高等学校にも連絡して、書庫の文献でも読み漁るくらいしか思いつかないや。


「……荒唐無稽なことを言うなら、悪魔にでも寄生されている、とかな」

「悪魔、ですか? 確か、異界から召喚される高位魔力生命体でしたか? 悪魔崇拝者とか呼ばれる連中が、自身の体を依り代にして現界させる災厄でした、よね」

「若いのに、本当よく知っている。……眉唾な話だが、最近大人しいその悪魔崇拝者共が、自分の命を犠牲に他者を呪うとか女に悪魔を宿らせる、なんて噂が、かつての戦場で流行ったものでな」


 イエルワーズ戦役初期、同時期に魔族国の侵攻を受けていた小国が苦し紛れに、悪魔崇拝者を囲い、人の力を超越した悪魔きにより戦場が大いに混乱し、敵味方無く甚大な被害が出たと記録が残っている。

 結局その小国は自滅した訳だけれど。


「それで、アイリス様に悪魔が寄生している、ですか……」

「例え話だ、真に受けるなよ。元が根も葉もない噂話だからな」

「……いえ、参考になりました。……さて、そろそろいい時間になるので、今日はこれで失礼します」

「ああ、長く引き留めてしまったな。それでは、明日も引き続き頼むぞ、エルセイン」

「はい、こちらこそ。コーヒーご馳走様でした。ザクローニ先生」


 寄生か……、悪魔云々は別にして、何かの糸口になるかもしれないな。

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