第7話 検定試験

 さてさて、なんでこうなったんでしょうか、あの腐れ女教授め。

 いつもいつも面倒ごとを押し付けやがって~。

 昨日、突如研究室の学生に通達を持ってきた、恩師に悪態を着きながら、かつての恩師に続いて王立学校の通路を歩く。

 ちなみに、私服ではなく、黒のスラックスに、シャツ、ベストにジャケットの代わりに魔法士のローブというごくごく一般的な魔法士姿。


「クレイセリア女史には感謝だな。まさか、君ほどの人材を貸してくれるとはね」

「はは、お久しぶりです、ザクロ―ニ先生」


 王立グレンス学校卒業検定試験、三日目。

 この日から始まる実技試験の臨時裁定役として、我等がクレイセリア研究室の学生数名が駆り出されたのだ。

 王立学校の教員とはいえ、純理論畑の魔法士も多く、実践課題の評定ならともかく、特に苛烈になりがちな模擬戦では、時に実力行使も要求される裁定役としては不安が残る。

 特に今年は、かのハイネリア公爵令嬢始め、実技面に秀でた者が多いのだから。


「それで、先生、他の先輩達を差し置いて、僕が最優秀組の担当なのはどなたの差金ですか?」


 屋内訓練場に向かった大学校の先輩達と別れ、実技演武場へと向かう道中で先導する教師長マウロ・ザクローニに尋ねる。


「ははは、かつての級友たちが相手なら君も気楽だろう? これでも気を使ったつもりなのだがね」


 呵々かかと笑う、五十過ぎとは思えない偉丈夫。

 三十年前に突如勢力を拡大し一大国家となって、我が国東方に侵攻したイエルワーズ魔族国との戦役に従軍し、赫々たる戦果を挙げた魔法士だ。

 確か西方の子爵家出身だったはず。


「先生も、ご存知でしょう。あのルビア様が僕を見たら、絶対に荒れますよ?」

「他の学生もな。君が卒業して以降、君の活躍はいたく彼等を刺激してな、お陰で間違いなく近年稀に見る豊作ぶりだ。そう、でね」


 有無を言わせぬ迫力に、苦笑を浮かべて付き従う以外の行動を封じられた。

 大人しく後について、懐かしき演舞場に足を踏み入れると、揃いの学校指定訓練着を着てそれぞれの得物を手に整列している我が同窓生たち。

 みんな見違えたなあ、凄く成長してる。

 アイリスとセシリーからの目礼に応じ、生徒達の前に――うわあ、もう帰りたい……。

 目を爛々と輝かせ、得物を見つけた猛獣の様相で、僕を睨む女生徒が一人。

 随分と髪を伸ばされた様で、後ろで纏めたブロンドの尻尾が揺れている。背も伸びて、スタイルもいいし、顔は言うまでもなく抜群な美少女。舌なめずりでもしそうなほど凶暴な笑顔でなければ、見惚れていたに違いない。


「諸君、昨日までの筆記試験ご苦労。本日より実技試験を行う。紹介の必要もないだろうが、大学校クレイセリア研究室から臨時教員として派遣された、リオン・エルセインだ。模擬戦の審判役をお願いしている。……さて、諸君にとってこの王立グレンス学校での最後の模擬戦となる。三年間の研鑽の成果を、とくと披露してくれることを期待する」


 ザクローニ先生の挨拶の後、最初の取り組みを行う生徒以外は彼の引率で観覧席に上がる。彼は場外で俯瞰しての評定役。

 残った生徒の一人は、長い銀の髪を首の後ろでリボンで纏め、銀の直槍を携えたアイリス。

 対するのは、長柄の大戦斧を肩に背負った大柄な猪獣人の男子学生、確か土属性魔法を得意にしていたはず。


『エルセイン君、始める前に観覧席に障壁魔法を。備え付けの物だけでは不安でな』


 遠隔通信用の宝珠からザクローニ先生の指示。

 うん、パパッと終わらせよう。長杖を一振りして、観覧席の障壁魔法を厚くしていく……対物と対魔の複合障壁を八重くらいでいいかな?

 教師長に目配せ、何故そんなに顔を引き攣らせているんですか?


『流石、としかいいようがないな……』

「始めてもいいでしょうか?」

『ああ、頼む』


 さて、何はともあれ、かつての同期達がどれほど成長したのか、拝見させてもらいましょう。

 不謹慎ながら若干わくわくと、子供のような高揚を感じながら、


「始め!」


 模擬試合の開始を宣言。

 最初に動いたのはアイリス。

 槍を構え、前傾姿勢で疾走する。身体強化を使っていないのが信じ難い疾駆にのせた高速の突き。


「はっ!!」


 男子学生が身を捻って躱すが、それを予期していたのか、その場で片足を軸に回転し、円を描く横薙ぎが相手の腕を襲う。


「くう! 調子に、乗るな!!」


 戦斧の柄で受け、彼は土の初級魔法『石礫弾せきれきだん』を三連射。

 アイリスは飛来する石礫を躱しながら距離を取り、再疾走。

 彼は猪獣人らしい膂力で以って戦斧を石床に叩き込む。扇状に広がる破壊の波が石床を捲り上げ、土を盛り上げて土礫の波を発生させる。

 土の上級魔法『破砕裂波はさいれつば』広範囲の地形を足元から変形させる土砂流を発生させる、高威力な面制圧魔法か中々いい選択。


「どうだ!」


 疾走の為の足場ごとひっくり返されていく中、アイリスは波に向かって進路を変える。


「おおっ!」

「何!?」


 意表を突かれ思わず声を上げてしまった。


「よい、しょっ!」


 波が彼女を襲う直前に、その槍を床に突き込み支点とし大跳躍、凄まじい身体能力で、まだ大きく成りきっていない波を乗り越えて見せた。

 さらに、空中で掴んだままの槍の柄を引き、波に捲かれた石床の破片を足場にして再跳躍。槍の回収までやってのけ地面に着地。――本当に魔法使えないんですよね?


「なんて、出鱈目な……」


 こらこらダメだよ。戦闘中に呆然としちゃ、気持ちは解るけどね。

 そうしている内に立ちあがったアイリスが槍を投擲、足元を狙った牽制に彼の注意が向く。

 その隙に、崩れた足場に先程より幾分遅い疾走で距離を詰める。

 それに気づき慌てて迎撃の中級土魔法『岩棘杭がんきょくくい』で、彼女の進行先に岩の棘が突き出る。

 人体等、容易く貫く鋭利に尖った岩杭をヒラヒラと躱しながら彼女の進行速度は衰えない。

 たぶん自分で魔法を使ったことで、魔法の発動をより敏感に感知できているんだろう。


「はああ!」

「ちくしょう!」


 クロスレンジに入った瞬間に戦斧を振り上げた相手に合わせ、アイリスは掌底で戦斧を支える肘を押し上げ態勢を崩させ、逆の拳で鳩尾を強打する。

 体格差があり過ぎて決定打にはなっていないが、彼を後退させるには十分。

 戦斧を取り落とし、もんどりを打つ男子学生に、槍を拾ったアイリスが迫る。

 彼が選んだのは土属性防御魔法『岩壁』、地面からせり上がる壁が二人の間を隔てる。

 それは悪手じゃないかな、さっき彼女の驚異的な身体能力を見たのに。


「せいっ! このくらいなら、行ける」


 予想通りというか、アイリスは眼前に出来上がった壁に向かって、躊躇うことなく跳躍。一歩、二歩と駆け上ると壁の頂きに手を掛け、よじ登る。

 そのまま壁を越え、飛び降りる勢いを乗せた膝を立ち尽くす彼の肩に。


「ぐあ!」


 呻く彼を無視し、アイリスは更に斜め後方に飛び、完成した『岩壁』に。壁を蹴り、今度は顔面に膝、ゴキュッという音に顔を顰めたくなる。

 血を噴き出し、ドウという大きな音を立て仰向けに倒れた彼の胸に、そっと銀槍が当てられる。


「そこまで、勝者、アイリス・セレスタイン!」


 宣言と共に、それまでの凛然とした雰囲気が掻き消し、一息を着くアイリスに一礼すると笑顔を返してくれる。


 訓練では魔法を使おうと鈍っていた彼女の槍。それとは全く違う、本来の槍捌き、そして驚異の身体能力。根本的に槍術に対する姿勢が違う、脱帽です。

 猪獣人の彼も、『破砕裂波』までは悪くなかったけど、思惑が外れてからが、悪手に悪手を重ねた感じかな。魔法式の組み方も丁寧だったし、発動速度も悪くない。実戦経験を積んで、状況判断を磨けばもっとやれたかな。


「僕の評価は、こんな感じです」

『了解だ、生徒の面倒はこちらで見る。演舞場の修繕は任せるぞ』


 試合の簡単な評価をザクローニ先生に伝えて、眼前に倒れ伏す男子学生の肩と鼻の治療を行う。意識が戻りません、死んでないよね?


「わ、私、やり過ぎてしまったでしょうか!!?」


 慌てふためくアイリスを宥め、呼吸があることを確認……よし、生きてる。後は、ザクローニ先生に任せよう。


「『ハク』、彼を観覧席まで運んであげて」


 『ハク』を呼び出し、重力操作で彼を背に載せると、賢いこの子は落ちている戦斧を咥え、歩いていく。


「ほら、アイリスも戻って下さい。後がつかえます」

「わ、わかりました……リオンさんも、頑張って下さい♪」


 深々と一礼して下がっていくアイリスを見送り、荒れ果てた演舞場に向き直る。杖を地面をたたくと演舞場全体に修繕魔法を行使する。

 これだけ広いと大変だけど、修繕魔法はお手の物。何を隠そう魔法の練習で、壁や床に大穴を開けるぐらいは日常茶飯事。このぐらいできないと、王都中穴ぼこだらけですよ。


「……さて、次の組みどうぞ」


 あれ? 誰も演舞場に降りて来ない。

 観覧席を見るとみんな『ハク』を取り囲んで、騒いでいる。

 

 ――あの、皆様、もう少し緊張感をもって頂きたいのですが……。

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