第6話 卒業検定試験に向けて
「はあ!」
「甘いです。アイリス様」
僕がアイリスの魔法講師としてこの屋敷に逗留し始めて既に十日。
魔晶石という即席の魔力炉を手にした、彼女の上達は目を見張るものだった。なんせ、たった十日でセレスタイン家が代々得意としてきた、氷と雷の初級魔法を計七つに、魔力による身体強化を滞りなく発動できるようになったのだから。
一体どれだけ魔法を切望していたのか、多くの既存魔法の術式が彼女の頭には完璧に記憶されていた。
僕がやったのは、彼女の知識にある魔法式に、僕なりのアレンジ方を教えただけ。
それだけで今や、セシリーを相手の模擬戦の中で、稚拙ながら初級魔法を絡めた攻めを繰り出せるようにまでなってしまった。
「くうぅ!」
「狙いがバレバレですよ。お嬢様」
まあ、メイドさんが言うように、魔法発動速度がかなり遅く、まるで隠せていないし、得意の槍捌きが鈍るなどとても実戦で使えたものじゃない。でもご愛嬌、じゃないかなぁ。
セシリー、微笑ましいのは解るけど、口元の笑みが隠せてないよ。アイリスもこれだけやれているのだからそんなに悔しがらなくてもいいのに。
「次はこちらから行きます」
「!」
セシリーが宣言して放ったのは十分威力を落とした風の初級魔法『風弾』。
弾数は一、彼女なら数十の同時発射も可能だろうに。
達人域に足を踏み入れている、槍の名手たるアイリスなら、躱すも払うも簡単だろうに、あえて魔法で防ごうと――焦ったのか極薄く小さな防壁魔法。
結局『風弾』の勢いを殺せず、防壁ごと顔面を打つ。……あちゃ~。
「きゃう!」
「お、お嬢様!?」
セシリーがすぐに駆け寄り、赤くなったアイリスの鼻頭に治癒魔法をかけている。
僕も近寄りながら、腕を振って魔法を発動、お嬢様のシンプルな訓練着に着いた汚れを落とす。
「ここまでにしましょう。どうですか、アイリス、動きの中だと魔法式の構築、照準の難易度が跳ね上がるでしょう?」
「……はあ、はい。はあ、改めて、はあ~、改めて、周りの子達の魔法技能の高さを実感しました」
タオルを渡しながら、上気した白い肌に汗で張り付いた訓練着に気づいて咄嗟に視線を逸らす。目に毒過ぎる。
「……変態」
「激しく異議を申し立てたい」
「何か?」
「…………」
逸らした先には、怖いメイドさんの、氷点下の視線と切れ味鋭い言葉の槍。男でごめんささい。そんな目で見ないで、お願いします。
そもそもこの人実戦形式の訓練なのになんでメイド服?
「あの、二人とも、どうかしたんですか?」
一人ついて来ていないアイリスは、不思議そうにきょとんとしていらっしゃる。
これまた可愛い、くう~、この無防備お嬢様め!
「コホン、先日も伝えましたが、明日からの王立学校、卒業検定試験期間中は、僕の講義と訓練はお休みとしますので集中して取り組んで来て下さい」
アイリスそんな不満気な顔をしてもダメです。
「リオンさん、私には時間がありません、検定試験に関しては学力、実技共、現状でクリアできる見込みです。ならば、入学試験に向けて魔法技能向上を目指すべきと思います」
「気持ちは解りますが、却下です」
「何・故・ですか?」
「確かに先日筆記試験対策の勉強を拝見した限りお二人共学力に問題はないですし、実技も魔晶石は使えませんが大丈夫でしょう」
「なら!」
「ですが、そもそも卒業検定に落ちたら意味がありません。体調を整えて全力を注いできてください」
「むう」
アイリスの視線が納得していないですと訴える。清楚なお嬢様に見えて頑固なんだから。
「あの、リオン、私から一つお願いがあるんですが、いいですか?」
「あ、ああ、どうぞ」
「お嬢様に休養が必要なのは私も賛成です。なので、アイリス様には見学して頂いて、代わりに私に稽古をつけて貰いたいんです」
「せ、セシリー!?」
「つまりは、見取り稽古ですか。うむ、有りか、アイリス、貴女が魔法を使うのは許可できませんが、魔法での実戦を経験した上で、上位者の戦いを見るのはいい勉強になると思いますが、どうですか?」
「……それなら、まあ、構いません」
渋々という風でも承諾を得られて一安心。
このお嬢様、魔晶石を手にした日から、学校と僕が大学校から帰るまでの数時間の受験勉強以外、全て魔法の練習に当てた上にこっそり自主練までやっている。
流石に疲労を溜め過ぎて、いつ倒れるかとヒヤヒヤしていたんだ。
「それで、何故急に稽古なんて言い出したんです?」
「……今度の検定試験が王立学校で彼女と戦える最後の機会ですから。一度くらい一矢を報いたいと思いまして。なら、付け焼刃でも彼女より格上の魔法士と手合わせするのが可能性を上げる最善手でしょう?」
「彼女と言うのは、やはり……」
「あの高慢で品位の欠片もない、ハイネリア公爵令嬢ですよ」
セシリー、全く目が笑ってないよ。
そういえば二年前も、このメイドとハイネリアの長女は、反りが合っていなかったっけ。
「はあ、彼女の相手を自ら買ってでるなんて物好きな……」
「王立学校一年時、あの方を全ての分野で、次席に追いやっていた人の言葉ではないですね?」
失敬な、僕は彼女程好戦的ではないですよ。あの当時、彼女の落命しかねな
いじゃれ付きを、命からがら払いのけてきただけだ。
「とにかく、アイリスは魔法の練習は禁止。セシリーとの手合わせは夕刻のみ。後は、二人共しっかり体調を整えて、くれぐれも落第などせぬように」
「はい!」
「構いません」
そう言って場を閉めると、二人は汗を洗い流すため、屋敷へ向かっていく。
そんな二人を見送って、一人残った僕は静かに数十の魔法を展開する。
本格的な模擬戦はここしばらく疎遠だったし、錆を落としておかないとね。
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