第5話 魔晶石

 大変に美味なディナーを頂き、これまた豪華な造りの広い浴場で一日の疲れを落とした後――余りに過分な高待遇に、逆に気疲れしたけれど――宛がわれた客室で寝間着姿で持参した本を読みながら寛ぐ。

 コンコンとドアがノックされ、返事をすると、遅い時間にも拘らず執事服を着用しているルーファスさん。


「失礼いたします、リオン様。勝手かと思いましたが、お飲物をお持ちさせていただきました」

「わざわざありがとうございます。頂戴します」


 ルーファスさんは、僕の座るテーブルに銀のトレイを置き、載せてあった小さめの水差しからグラスに果実水を注いでくれる。

 姪御さんと違い濃いブラウンの髪をした紳士が、同じテーブル上に無造作に置かれた幾つかの鉱石を見つけて目を見開く。


「リオン様、失礼ですがそれはもしや」

「ああ、はい、魔晶石ましょうせきですよ」


 僕は、細長い楕円形に成形された、透明で内部に淡い光を湛えるそれを一つ手に取って見せる。


「素晴らしい、これ程の大きさの物が全部で四つも。しかも全て魔力が満ちて美しい」


 魔晶石とは、魔法具の動力や魔力を込めた武具の作成など、様々な所で使用される鉱石。多くは採掘された天然物だけれど、これは空の魔晶石に人の手で魔力を込めた人為物で、コッチの方が透明で込めた人によって内部の光の色が変わるから美しい。

 ――ちなみに僕の物は全て薄緑うすみどり色。


「ええ、これに関しては訳有って、手軽に手に入るものですから」


 そう言って首に巻いたペンダントを引き抜き、先端の台座をルーファスに見せると、彼は今度こそ大きく目を剥いて驚愕を露わに、まあ驚きますよね。

 台座には、形は同じだが乳白色のただの石――にしか見えない空の魔晶石。


「まさか、遮断ケースも無しに直接身に着けているのですか!?」


 驚いていても、声を荒げないのは流石だな。

 空の魔晶石――一般に空晶石くうしょうせきは、直接触れる事で魔力を吸引する特性がある。

 その吸引する量が厄介で、かなりの魔力量があるセシリーでさえ、ものの十数分で枯渇させる程な上、容量が満ちるまで際限なく吸い続けるので、扱いには注意が必要になる。

 通常は、ルーファスさんが仰った吸引を遮断する専用のケースに保管し、朝晩に数分吸引させるといった貯金箱感覚で扱われる物だ。しかも、もっと小さな小石程に加工したものが一般的なのだし。


「アイリス様とは真逆になるのが皮肉ですが、僕もかなり特殊な体質なんです。魔力を過剰に精製してしまうんです。自分の魔力保有量を遥かに超える量をです。

 魔法を使い続ける訳には行きませんので、空晶石こいつを常に身に着けて余剰を吸引させています。睡眠中や入浴中もです」


 ルーファスさんが絶句されている。

 体質に関しては大っぴらにしてはいないけど、特に隠してもいない。ロザリー教授はじめ知っている人も何人かいるしね。

 これからのアイリスの指導にも利用して行こうと考えているから、この人には話しておいた方がいいだろう。


「……それは、大変だったでしょう」


 気遣うように優しい声を掛けてくれたルーファスさんに、今度はこちらが驚いた。

 どうやら、今の話以上に察してくれたみたいだ。敵わないな。


「ありがとうございます。察しの通り、体質を知った人から魔晶石を強請られたり、襲われたりしました。でも、死活問題ですから、やめる訳にも行かなかったので、本当ままなりませんよ」


 事実、空晶石が存在しなかったら、僕は自分の魔力で内部から破裂して生きていられなかった。

 実際に内臓を幾つかやられて死にかけたこともあるしね。


「でも、体質の恩恵も十分受け取っているので、文句は言えませんけどね」


 僕の魔法士としての実力は間違いなく、この特殊体質に支えられている。

 他にも、孤児の僕が、養父を失くしてから王都に出て生活してこれたのは、人為物の魔晶石という、貴石に近い値で買い取られる物をコンスタントに入手できたからだ。

 否定しないし、する気もないけれどね。


「そうでございますか。本当に、アイリス様とリオン様は生まれも、体質も正反対なのですね」

「あはは、そうですね。案外と相性がいいのかもしれませんね僕たち」


 ちょっとしんみりとした空気を払おうと、わざと明るく答える。

 あれ? 今一瞬殺気を感じた様な。疲れてるのかな。


「リオン様ならば、アイリスお嬢様をお救い下さると家臣一同、大いに期待いたしています――が、もしお手を出すつもりならばお覚悟を」

「ダ、ダイジョウブです。み、身の程は、わ、弁えているつもりです」


 執事さんの迫力に押され、思わず両手を上げて弁明してしまう。

 でも、アイリスと僕、王族に次ぐ公爵家の令嬢と出自不明な孤児では、それこそ奇跡でも起こらなければ在り得ない未来だ。


「ならば結構。ああ、すっかり長居してしまいましたね。これで失礼させてもらいます。お休みなさいませ、リオン様」


 退出するルーファスさんを見送り、せっかくなので果実水を一口。素晴らしい美味、思わずグラスの半分を飲みほしてしまった。

 読書を続ける気にならず、椅子に深く座り直して、目を閉じる。

 頭に浮かぶのは日に二度も、目撃しまったアイリスの涙。

 再会直後に見惚れて口走った科白は痛恨だったし、実は今日の対応は最悪だったのではなかろうか。

 今日の最後はよかれと思ったのだが、セシリーには雨霰とお小言が飛んできたしなぁ。

 振り返ると苦い思いがふつふつと湧いてきて気が滅入る。

 王立グレンス高等学校入学試験まで、まだ三か月以上ある、初日から印象最悪では今後が不安になろうというものだ。


「ううむ。女心なんて僕には解るはずないしなぁ」


 翌朝、朝食の席で、手持ちの魔晶石をアイリスに贈ると、あからさまに赤面されてしまった。

 慌てて、『入試まで時間がないので、魔晶石に込めた魔力を使って、魔法訓練を行っていきましょう』と他意がないことを伝えると、むくれられてしまった。

 セシリーまで、額に手を当てて呆れ顔を向けてくる始末。やっぱり、女心は僕には理解できないようです。

 あ、でも、久しぶりに見たアイリスとセシリーの、白と緑を基調とした王立学校制服姿はとても似合っていました。

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