第3話 授業開始

「ああ~、凄い、絹糸みたいにさらっさら。なんて綺麗な毛並みなのぉ」

「体温まで感じるなんて、まるで本当に生きているみたい」


 再起動した二人の少女は、最初こそハクの巨躯にたじろいでいた。けれど、そこは魔法を学んでいる者、最後は好奇心に負け近づいて触れ、観察している。

 特にアイリスは余程気に入ったのか、撫で回すだけでなくそのまま抱き付きそうな勢いだ。

 ハクは嫌がる素振りも見せず、しずかに佇み二人のされるがままになっている。


「リオンさん、私この子みたいな子を召喚できるようになりたいです!」

「そうですね、それが出来たら高等学校になんて通う必要がありません。即、大学校に主席で入学できますよ」

「お嬢様……」


 初めて見るアイリスのはしゃぐ姿に思わずほっこり。

 セシリーは引き攣った顔で仕える主人を見ている。まあ、王立学校生と言えど魔法獣の構築など、足掛かりさえ見えないだろう。

 

 この子を構成する魔法式はおよそ百。一般的な魔法獣は精巧と言われる子でも三十から四十の間くらい。しかも、一つ一つの式は上級魔法並みの精密な物というイカレ具合。

 ちなみに、王立グレンス高等学校の魔法実技の合格基準は上級魔法を三種――他にも基準はあるけれど、最も単純かつ分かり易い基準。

 要はハクレベルの魔法獣を作り出すのは、超高難易度なのだ。

 あの教授をもってして「やり過ぎです」と呆れさせた、こだわり作り込んだ魔法式を使っている。

 

 幼い頃に好きだった物語に、大きな狼に跨って草原を駆けるシーンがあって、それを実行するのが夢だった、とは口が裂けても言えないけれど。


「お嬢様方、そろそろよろしいでしょうか?」

「……ええ、ありがとう。とても勉強になりました」

「……ううぅ、もう少し…………わ、分かりました。ありがとうリオンさん」


 あえて芝居がかって尋ねると、セシリーはすんなりと、アリシアは侍女の笑顔の圧力に屈し名残惜し気に、ハクから離れる。

 二人が離れたのを確認し、ハクは立ち上がって僕に視線。


「うん、お使いをお願い、ハク。着替えはそうだなとりあえず七日分適当に見繕って。後は、アレは忘れないように」

「……(コクン)」


 荷物の詳細は言葉にしなくても伝わるし、服装もこの子にお願いすれば間違いはないだろう。しっかりと頷く姿はなんとも頼もしい。

 アイリス達に一礼し、ハクがその内に呑む魔法式の一つを発動。足元の影が濃く大きくなり、すぐに白狼の巨躯が沈み消える。


「! て、転移系魔法」


 セシリーの呟き。アイリスはまだ名残惜し気だ。

 寒気を運ぶ風が首筋を撫で、ブルリと震える。シャツの上にセーターを着ていてもやっぱりコートが無いと寒い。


「と、とにかくテラスに戻りましょう。この季節に外は寒いよ」


 外気遮断がされているテラスにいち早く戻ろうと二人に声を掛ける。僕より薄着なのにケロリとしている北部出身者達を急かして、テラス内に逃げ込むのだ。




「リオンさんは、寒いのは苦手なんですか?」

「長く南部で生活してましたから。恥ずかしながら王都に来て雪が降るのを見た時ちょっと感動したくらいです」


 未だに腕を摩っている僕が可笑しいのか、お嬢様がチクチクとからかってくる。

 メイドさんが新しい紅茶をと屋敷内に戻って行ったのは幸いだった。

 南部の雪の無い冬というのが想像できないのか、うんうんと唸り出したアイリスを見ながら僕は表情を引き締める。


「アイリス、授業の前に確認したいことがあるのだけれど、いいですか?」

「……はい、何でしょうか?」


 こちらの真剣さを汲んで、笑みを収め、居住まいを正すアイリス。


「貴女の覚悟を聞かせて貰いたいのです。正直、貴女の状態は特異に過ぎます。技能が低い、魔力保有量が少ない、そんなレベルじゃない。魔力をまるで精製できないなんて、現行の生命論からしたら、生きてさえいないことになってしまう」

「! ……ッ!」


 キュッとアイリスの表情が硬まる。あえて気にせずに言葉を繋げる。


「なので、これから行うのは授業や講義なんて物じゃない。貴女を対象とした研究に近い。観察し、時にお体に触れて確かめ、考察し、仮説を立てて実験をする。その結果も貴女の意に沿うものではないかもしれない。最悪、魔法が使えないという事を理論的に証明してしまう可能性もあります」


 実の所アイリスが魔力を持たないのには何等かの要因があると思っている。

 魔力とは生命を維持する上で必須の物。同時に、ケガで血を多少失っても生きて居られるように必ず余剰が作られている。

 それが無い彼女の在り方は、常に極度の貧血状態で生きているようなもの。

 病弱でいつ倒れてもおかしくないというなら納得できるが、彼女は健康だ、順調に成長しているし、体力も槍の腕前が既に達人級と言えば解るだろう。

 つまりは、節理に反する。コレが罷り通るなら魔力枯渇による不調など起こる筈がない。

 これを、単に『魔力が無い』で片づけるのは、かの『天魔』殿の教え子としては不出来に過ぎる。


「ご不快な思いをさせる事も多々あるでしょう。それでも『魔法』という望みを求める覚悟が貴女にはありますか?」



「……馬鹿に、馬鹿にしないで下さい!!」



 しっかりと視線を合わせて放った問に、アイリスは剥き出しの怒気が答えだとテーブルを叩き猛る。


「私は! 落ちこぼれと呼ばれようとも北の武門セレスタイン公爵の娘です! 自らが望んだ事に対し、その結果を恐れて退くなんて有り得ない。どんな結果を得ようとも、受け容れたその上で新たな希みを手にして見せます! 今更覚悟など問わないで下さい、リオン・エルセイン!!」


 なるほど、コレがセレスタイン家の気概かと感心する。

 立ち上がって、深々と頭を下げ謝罪。


「無粋な真似を致しました、お許し下さい……では、早速、授業を始めましょうか」

「え?」


 キョトンとする彼女が反応する前に、人差し指を立てて虚空に可視化した魔法式を映し出す。

 式は初歩も初歩な、それこそ子供が最初に習うような簡単な物。


「まずは、コレを発動して見て下さい。あ、できなくて構いませんよ。さっきも言いましたが、観察の為なので」


 できない事が前提な言い方のせいか、アイリスがシュンと委縮するがすぐに顔を上げ、真剣な面持ちで椅子に座り直し魔法式を組み始める。


「ん~……、んん~~! んんん~~~!!」


 二年前はこれ程じっくりと見たことは無かったけれど、本当にまるで魔力が感じられない。

 だんだんと、ムキになって顔を赤くしていくアイリスが少し可愛くて、ちょっと長めに観察してしまう。お嬢様の機嫌を損ねる前に、彼女の背後に回り込み、そっと声を掛ける。


「……力を抜いて、そのまま集中して下さい。これからお背中に触れます。よろしいですか?」

「えっ!? ~~~~~(コクン)」


 流石に躊躇いがあるのだろう、頷くまで少しの間があった。

 僕も一度息を吐いて緊張を解す。同世代の女性の体に触れた経験なんて殆どない。僕だって年頃の男なんです。

 少し震える手で、彼女の長い銀髪を避けて肩の下、肩甲骨の辺りに触れる。

 ビクンと持ち上がった頭に合わせその髪が揺れ、華やかな香りが鼻を楽しませる……思わず唾を飲み込む。

 軽く頭を振って欲望を散らしてから、魔法士として意識を切り替える。


「今からアイリスの体にある魔力経路に、僕の魔力を流します。痛みや苦痛、違和感があったらすぐに言って下さい」

「……はい」


 弱々しい返事を聞いて、自分の魔力を制御する。

 意識を集中して慎重に彼女の魔力経路を探って繋げていく。他者から見たら狂気の沙汰にしか思えない行為。主人思いのメイドさんが居たら絶対口を挟んでくるだろう。


「さあ、行きますよ」


 言って、一つの思いを込めて、ゆっくりと微量の魔力を流し始める。

 

 ――さあ、アイリスお嬢様、初めての魔法を使うお時間でございます。

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