第2話 魔法獣
アイリスが涙を拭い終えるの待ち、今回の魔法講師の詳細を詰めていく。
と言っても、事前にクレイセリア女史から聞いていた話の確認作業といった感じだけれど。
「……では、給金についてはそのようにお願いします。期間は王立グレンス高等学校試験終了まで。次に講義時間ですが…………」
「セシリー、それは私が話すわ」
淡々と話していたセシリーを遮って、アイリスが話を引き取る。
なんだか妙に真剣な表情。嫌な予感がする。
セシリーを見ると、『私は止めましたよ』と眉間を押さえている。
「リオンさん、貴方が良ければ期間中、当家に
「…………は?」
逗留って、この屋敷に寝泊まりしろと?
アイリスの眼差しはどこまでも真摯、冗談って落ちは無し。セシリーはお手上げのジェスチャー。
「……何故でしょう? 僕が王都に下宿しているのはご存知ですよね?」
孤児であり、拾って育ててくれた老エルフが王立学校入学前に亡くなって以来ずっと、王都で部屋を借りて暮らしている。
今回も通いで構わないと思っていたのだけれど。
「もちろんです。けど、私は学校が終わってからの僅かな時間のみの指導で、自分の運命が決まるのは納得がいきません」
「運命とは、また大きな話ですね」
「……両親からは、今回の試験で落ちた場合は、魔法士となる道を諦めるよう言われています」
まあ、そんな所だと思った。客観的に見て、魔力を持たない彼女にはここが限界、壁を壊せないのならきっぱりと諦めろということか。
公爵閣下なりの親心なのだろう。
公爵家としては、世継ぎは弟君がいた筈だし、武門の面目もあの姉君がいればお釣りがくるだろう。
「けれど同時に、やれるだけやってみろとも言われています。大伯母様にお願いして貴方を招くことができただけでも
最後は声が小さくて殆ど聞き取れなかった。
けれど、経緯はわかった。彼女の言う大伯母こと我が教授殿から聞いた条件が、随分まっとうに思えたのはこの為か。
あの人のニヤニヤした顔が浮かんでゲンナリ。嵌められた。
「要するに、この屋敷で寝泊まりして、学校のある昼間以外の全てを指導に当てろという認識でいいのでしょうか?」
「当然、寝食の面で不便はさせません」
力の入れようが凄い。
公爵家に侵食を保証されるなど、今の生活よりはるかに上等な水準だろう。問題はそこではなくて。
「その受けるのは問題ありませんが、本当にいいのですか? 公爵令嬢である貴女の暮らす屋敷に、同世代の男が寝泊まりするとなると外聞が悪いでしょう?」
悪目立ちしているこの公女に、更に下世話な噂が付きまとうようになると思うと気分が悪い。
「問題ありません。家の者には言ってあります」
「いやいや、確か貴女の姉君も同居なさっていたはずですよね?」
「……あの御姉様が、そんなことを気にするなんて、本気で思います?」
「いえ念のために確認しただけです。……分かりました、その条件でお受けします。ただ、どうなっても知りませんよ?」
「やった、ありがとうございます♪」
両手を合わせて喜悦満面。そんな無邪気な姿を見せられて何も言えない。先程の擦り切れる寸前の思いつめた姿より余程マシというもの。
セシリーが母性溢れるとっても優しい表情で見つめている。時々思いますが、この人同い年に思えない時があるなぁ。
「何か?」
「なんでもありません」
キッと鋭い瞳で睨まれ、両手を上げて降参。
憮然とした顔で紅茶のおかわりを入れてくれる。
「そういえば、今日は姉君、アイシア様はお留守なのですか?」
先程名を出したので少し気になって口にした質問に対し、主従は互いに一度顔を見合わせクスリと笑う。
「ふふ、御姉様は今ちょっと大変なのです。家の事で色々とありまして、数日帰省しているんです」
『家の事』と言われては何も言えない。公爵家がらみの厄介事になど巻き込まれるのはごめんだ。
二人の様子を見る限り、悪い内容ではなさそうなので、ここは踏み込まない方が吉だろう。
別の話題をと、頭を回す。
何かが浮かぶより前にセシリーが一歩前に出て、僕に声を掛けてくる。
「ところでリオン、お部屋の用意はできているけど荷物はどうします? 取りに帰るなら車を手配しますが?」
「……車かぁ」
最近見かけるようになった馬車に代わる移動手段。
といっても貴族や商家くらいしか所有していないので、僕のような平民には縁がない。なので、興味は尽きないんだけど……。
「乗ってみたくはあるけど、今回は止めておくよ」
ちらりと目をやると、ソワソワと落ち着きを失くしたお嬢様が一人。僕が断ったことに胸をなでおろしている。
僕の視線を追って一瞥したメイドさんは見事にスルーして、会話を続ける。
「じゃあ、今晩は泊まらず帰宅する?」
まあ、普通はそう考えるよね。内心で苦笑、カップの残りを飲み干すと立ち上がって庭へ降りる。
「調度いい機会です。二人に紹介したい子がいるんです」
振り返ってぽかんとしている二人に声を掛ける。
「……紹介?」
「……したい子?」
「ええ、とてもいい子なんで仲良くしてあげて下さい」
この約二年間の成長を少し披露しよう。過分な評価をして貰っているけど、少しは教師役に見合う実力を見せて置かないとね。
パンッと手を打つ。
体内の魔力が活性するのを感じながら極精緻、かつ繊細に魔法式を組み上げ、展開。
眼前の空間に魔力が収束し四肢を形成していく。
数秒後、僕の人生で出会った中でも飛び抜けた美人二人に見られている所為か、いつもよりちょっと時間がかかったけれど成功。
二、三人くらいなら余裕でその背に乗せられる巨体。陽光を照り返し輝く純白の毛並み、その中で
魔力で編んだ仮初の生命である白狼。大学での研究時に機材の運搬なんかを手伝って貰う僕の頼れる助手だ。
「紹介します。僕が生み出した白狼型の魔法獣。名前は安直ですが『ハク』と言います」
首筋を撫でてやりながら、テラスにいる二人に紹介する。
ハクも僕の視線を追って二人に向け目を閉じ頭を下げる。礼儀正しいいい子なんです。
「「……」」
反応が無い。見ると、主従が揃って口を開けて固まっている。
アイリスは流石令嬢、呆けていても口には手を添え隠している。対して、セシリーは手は前で組んだまま、綺麗な白い歯並びが覗いている。
「あの、二人共?」
「…………」
「……ふふ、ふふふ、これが魔窟クレイセリア研究室に所属する魔法士の力量ですか。なるほど、なる、ほど…………」
声を掛けるも、アイリスは停止したまま、セシリーは何かをぶつぶつと……何か不穏な呟きが聞こえる。
腕をハクが鼻先でつつくので視線を移す――ゆっくりと首が左右に振られる。
何だろう、凄く呆れられている気がする。
いけない、やってしまった、深く戒めないと!
奇人、変人が集う大学校においてなお、まことしやかに語られる一つの標語。
――クレイセリア研究室の常識、世の非常識!
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