第27話

 『いつも何度でも』は千と千尋の神隠しのテーマ曲で、私の好きな曲ランキングでも上位にある

「うぅぅ。何とか形になっていたけど、難しかったなあ」


 その後『チョコボのテーマ曲』『花は割く』などのソロの演奏を練習した。


 ふう、吹いた吹いた。満足できた。集中し過ぎていて、時間の経過を忘れていた。


 えーと、今は何時だろうか? 私はスマホを取り出して、時間を確認した。


「あっ、もう15時だ。ちょっと遅くなったけど昼食にしようかなー」


 集中が解除されると、お腹が減っていることに気がついた。


 なぜか集中している時は空腹を感じたりしないのに、集中が解かれた途端にお腹が減るのはどうしてだろう。ふみちゃん流にいうなら、『ゾーン』という領域に入っていたから、だろうか。


 とにかく……ま、まずい。カロリー不足だ。脳に糖分がほしいが、何よりカロリーが先決だと私は思った。とりあえず、姉にもらった昼食代としての千円札があるので好きなものを食べられる。


 さーて、何を食べようかな。ラーメンもいいなあ。あっ、そうだ定食屋さんにでも行こう。そしたら、その場でメニュー表を見ながら食べたいものを決めることができる。


 今日の私は、いつもより頭が聡明なようだ。よーし、そうと決まれば、すぐに行こう! 今すぐ行こう!

 先ず、最初の一軒目の定食屋が見えてきた。


「ここも美味しいんだけれど、もうちょっと先にもっと美味しくて評判のいいところがあるんだよねえー。うーん。どうしようかなー。よし! もうちょっと先のお店に行こっと」


 もう少し歩いたところに美味しいことで評判な定食屋がある。テレビでも紹介されたほどだ。よし、今日はそこで昼飯を食べよう。


 私はウキウキ気分で、その飲食店に向った。


 しかし。


 ガーン。


 準備中の表札が出ている。昼の部が終わったらしい。そして、夜の部は18時からなので、まだまだ時間がある。


 仕方がない。


 味が落ちるが、私は先程の1軒目の定食屋で食事をとることにした。もう背は腹に変えられない。腹が減って倒れそうなのだ。


 しかし……。


 おお、おお神よ。なんという試練を私に与えるのだ!


「あれれ、終了しているぅー。ここも終了。えーん、なんでうちの周囲はこの時間帯にやっている飲食店がないんだよーう」


 私はペチャンとその場で跪いた。先程の定食屋も準備中の看板を出していたのだ。私は一気に脱力した。しかし、このまま地べたに座って待っていても、食べ物はやってきてくれるわけではない。


 仕方がない。


 私は、立ち上がった。スカートについた汚れを、パンパン、と落とした。


「ウサミ、お腹が減ったよぉ。コンビニでお弁当でも購入して食べよーっと」


 コンビニは24時間営業している。そして私の財布の中には千円札がある。これで食べそびれるはずはない。


 えーと、何にしようかな。


 近くのコンビニに入店し、色々と美味しそうな食べ物が揃えられてある棚を物色した。たしか、コンビニでは売れない弁当は、すぐに品変えされる命運にあるらしい。競争率が激化なのだ。


 それに新しい弁当一つの開発費に数千万円がかけられているとも耳にする。


 だったら、外れようがないはずだ。なーんだ、最初からコンビニにくれば話が早かったのだ。


 えーと、何を食べようかな。


 おっ!


「あ、明太子パスタだ。ウサミ、これ大好きなんだー。今日はこれにしーよーおっと」


 私は、明太子パスタに手を伸ばした。しかし、取る寸前に、下から他人の手が伸びてきた。


「かーちゃん、これにする」


「はいはい」


 小さい男の子が私が取ろうとしていた明太子パスタを手にし、母親の籠の中に入れた。


 先程の、私に石を投げてきたちっちゃい子だ。


 そのまま母親は、レジにてチーン。


「え、ええええ。ない、もうどこにもない。うわーん。さっきの、最後の一つだったの? なんだか、ウサミ……さっきよりもずっとずっと明太子パスタが食べたくなったよ」


 私は、近くの棚に商品を補充していた店員さんに訊いた。


「すみませーん。明太子パスタの在庫ないですか?」


「すいませんねえ。今でているので、全部なんですよ」


「そ、そんなああ」


「…………。ちょっと待ってくださいね」


「はい」


 待てといわれたということは、やっぱり在庫があるということだろうか?

 しかし、先程、ないといわれたばかりだ。


 とりあえず私は、待つことにした。店員さんが早足で戻ってきた。


「お待たせしました。今、電話で確認したら隣町のコンビニに、在庫がたくさんあるそうです」


「そうでしたか。隣町ですか……。3キロほど距離がありますね……。どうも調べていただいてありがとうございました」


 3キロ先の隣町のコンビニなら在庫がたくさんあるのか。私は、パスタの置かれて陳列をもう一度見た。


 ナポリタンや、他にも唐揚げ弁当などであれば、ある。


「他のパスタや弁当ならたくさんあるけど……うーん。3キロ先のコンビニに行ってみようかな。そこにたくさん売られているだろうし」


 ルンルン。


 まあいいや。食べたいものを食べる。無理して食べたくないものを食べる必要はない。3キロぐらいならいい運動だ。田舎道で誰も通らないから、マーチングの練習をしていくことにしよう。


 私は以前練習していたメドレー曲『ファイナルファンタジーのボス戦』と『いとしのエリー』などのソロ練習をしながら、3キロの行進練習をした。


 周囲は田んぼだ。ここら辺は、人とも滅多にすれ違わないので、演奏しながら歩いていても、恥ずかしくない。


 と思ったら、まもなくコンビニに到着といったところで、正面からよく知った顔の女の子がやってきた。


「あれれ、陽ちゃんじゃないの。奇遇だね。どうしたの?」


「私はこれから親戚のところに届け物なのだ。うちの親戚の葬儀が行われていたのだ」


「もしかして、先生をしていた方?」


「よく知っているのだ。あっそっか、先生から聞いたのだね。60歳を過ぎているのに、デリヘル呼んでバイアグラ飲んで心臓病でポックリいっちゃったって全く恥ずかしい話なのだー。まあ、教師をしている時、ガチガチの真面目な人だったし、人間国宝に認定されてプレッシャーになっていたのかもしれないのだ。ハメを外し過ぎちゃったんだろうね。ちなみに、うちの部の前の顧問の先生……」


「あれれ? なんなのだ。その反応? もしかして、うーたん、死因とか……詳しく聞いてなかった?」


「うん。聞いていなかった……」


「あっちゃー。そういや、これ、親族の恥だから話すなっていわれていたのだった。だったら先生も知らないのだ! ごめん、うーたん、今の聞かなかったことにしてほしいのだ」


「う……うん。いいよ。ウサミ、聞かなかったことにする」


「先生にもいわないでほしいのだ。……っで今、予想より多くの人が来て、精進料理の弁当が足りなくなっちゃって、買い出しを頼まれちゃったってわけなのだ。うーたんは?」


「うん。ウサミはね、隣町のコンビニに行くんだよ。今、そこでしか手に入らない商品があって、それを買いに行くの」


「おお特別限定版みたいなものなのだな。じゃあ、私急いでいるから、うーたんまた、明日なのだ」


「うん。ばいばーい」


 手を振りながら陽子と別れた。トロンボーンをケースに仕舞い、10分ほど歩いたところで、コンビニに到着した。


 マーチング練習をしながらだったので、普通に歩くよりも時間がかかってしまった。


「ふう。長い道のりだったよぉ。えーと、パスタは……あっ」


 ど、どどどどど、どういうことだー!


「明太子パスタだけ、ない! 他のパスタは山積みなのに!」


 私は、レジの店員さんに話しかけた。


「すみませーん、さっき電話で、こちらに明太子パスタがたくさんあると聞いてもらい、やってきたのですが」


 店員は、眉間に皺を寄せて頷いた。


「申しわけありませんっす。つい先ほど、親戚に届けるとかという、女の子が全部買い占めていったんっすよ」


「そ、そんな。もしかして、陽ちゃん? 陽ちゃんひどいよー」


 私は、パスタの陳列まで戻って、じっと残りのパスタを見た。


 その中から一つを手に取って、レジに持っていった。レンジで温めてもらった後、コンビニの外に出た。色々と災難があったので1000円の超豪華海戦パスタというものを奮発して購入した。


「とほほ。仕方がないから他のパスタにしたけれど、レンジで温めてもらったら美味しそうな匂いがして、これでもいいかなと思えてきたよ。るんるんるん」


 周囲を見回した。腰掛けられる場所がほしい。


 おっ! いいところを発見。植えられた小さな木を囲んでいるレンガを見つけた。そこが丁度腰掛けるに適した場所になっていた。


「よし、あそこで食べよーっと」


 私は、座ると蓋を開け、ビニールからフォークを取り出した。ふう、空腹の限界を過ぎると、人間というものは空腹自体を感じなくなるという。確かにその通りのようだ。ただし、糖分が足りないせいか、頭がふらふらする。我武者羅に腹に詰め込むことにしよう。


「いただきまーす」


 私は、フォークでどっさりと掴んだ。


 それを口の中にかきこもうとした、その瞬間だった。事件が起きたのは。


 トンビ襲来した。トンビは私の弁当を足でドーンとぶつけていく。


「うわーー!」


 襲われると同時に、パスタがひっくり返った。


 駐車場に、私のパスタが……。空を見上げると、トンビは遥か彼方に飛んで行った。足に麺の一部が掴まれていた。


 さらに、どこからともなくハトが大群で押し寄せてきた。落としたパスタをエサだと思ったのか、パクパク食べ始めた。


「えーん、ひどいよーひどいよー。トンビさんとハトさんのご飯になってしまったよー」


 私は、がっくりと肩を落とした。瞳から、涙がこぼれてきた。足元ではハトが一生懸命にご飯を食べている。


 う……うぅぅぅぅ……。


「夕日を見つめていると涙ぐんできちゃう」


 トレイだけゴミ箱に捨てて片づけた。お金はもうない。私が、呆然自失になっている時、コンビニ前の路上でタクシーが停まった。


 喪服姿の姉が出てきて、手を振っている。妙に懐かしく、そして安堵する気持ちとなり、私は姉に向かってダッシュした。


「うわーん。お姉ちゃーん」


「あらあら、どうしたの?」


「お腹空いたよー」


 姉は、よく分からないといった様子だった。なだめるように私の頭をなでてきた。


「だったら、これから家に帰ってすぐに夕食にしようか。ほら、今日は奮発しちゃった。お姉ちゃんね、半額だったから、チャンスだと思って飛びついちゃったのー」


 松坂牛と書かれた肉がスーパーの袋から出た。確かに半額のシールが貼られていた。


 松坂牛なんてこれまで食べたことがない。


 姉は不思議そうにしていた。私と姉は、停めているタクシーに乗り込んだ。扉を閉めると、タクシーは田んぼ道を走りだす。


 ところで、私は知っている。世の中に、誰の口にも合う最高の調味料といわれるものが、たった一つだけ存在するということを。


 それは『空腹』という名の調味料だ。私は、知らない間に、その調味料をゲットしていたようだ。私は、なんてラッキーなのだろうか! 今日は、とてもついていると思った。これ以上ないと思える最高のコンディションで、松坂牛が食べられるのだ。るんるんるん。


 隣に座った姉が、訊いてきた。


「でも、うさちゃん、どうしてあんなところにいたの? 隣町だよ?」


「えーと、ねー」


 私は、今日一日の出来事を姉に説明した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ゲームサウンドとアニソンでマーチング♪ @mikamikamika

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る