第25話

 ふぁー。


 ……ん?

 あれっ!

 私は、目ざまし時計をみて、布団から飛び起きた。


 目覚まし時計が9時を示していたのだ。


「わー、遅刻。遅刻!」


 私は勢いよく、部屋を飛び出して階段を駆け下りた。


 いつもなら、陽子と涼が迎えにきてくれるのに、今日は何で来てくれなかったのだろう。


 いや、迎えに来たけれど、私が眠っていてチャイムの音に気づかなかった可能性が濃厚だ。


「ばかばかばか、ウサミのばか!」


 私は、ポカスカと自分の頭を叩きながら制服に着替えた。


 玄関を出ようとした時、姉が台所から顔を出した。なぜか喪服を着ている。


 あれれ?


「何でお姉ちゃん、まだ家にいるの? なんで起こしてくれなかったの?」


「だって今日は部活は、お休みだって昨日伝えていたじゃない。うさちゃん、それを忘れて眠っていたようだったから、目覚ましのスイッチをオフにしておいてあげたんだよー」


 そっか。そういえば今日は部活がお休みだった。そして、今日は夏休み、最後の日でもある。


「そうだったんだーありがとう。お姉ちゃん、でもどうして、ウサミの目覚まし時計がオンになっていたことを知っているの?」


「それはね。お姉ちゃんが毎晩、うさちゃんが眠ったあとに、寝顔を観察しにいくからよ。デジカメで写真もたくさん撮ってあるの。うふふ」


「やめて。お姉ちゃん、それは昨晩限りで、やめてね!」


 私は、なぜか背筋に冷たいものを感じた。


「でも。そうだった。そうだった! ウサミ忘れていたよ。おっちょこちょいだな。今日は何しようかなー。るんるんるん」


「ところで、お姉ちゃんは、今日は過去にお世話になった先生の葬儀でいないから、お昼ご飯は適当に何か食べておいてね。お金を置いてくね」


「はーい。葬儀かあ。ウサミも知っている人?」


「ううん。お姉ちゃんが学生の頃の担任の先生で、研修の時とかにも面倒をみてくれた人なの」


「そっかー。分かったよ。じゃあ、ウサミは適当にご飯食べておくね」


 姉は、私の頭をなでなでしてから、玄関から出ていった。


 私は、手を振って見送った。


 台所に行くと、朝食が用意されており、小型の蚊帳が被せられていた。


 私は、蚊帳をとって頂きますをした。


 目玉焼きとウインナーソーセージ。味噌汁は温めて食べろということだろう。空のお椀と、ガスコンロの上に鍋があった。


 火を使うのにまだ抵抗があるが、ガスの元栓を開けて、鍋を温めた。


 ご飯をよそって、椅子に戻り、おかずを食べていると、ジュワーっと音がした。しまった。鍋からふき出した味噌汁で、火が消えてしまった。


 早く切らないと、ガスが部屋に充満してしまい、私はガス中毒で死んでしまうだろう。


 火の元を切ると、急いで窓を開けて、ぱたぱたと空気の入れ替えをした。


 ふう。


 なんとか無事だ。対処が早かったため、気持ち悪くなっていない。ガスを致死量にいたるまで吸わなかったからだろう。私は額の汗を拭って、さらには台拭きでガスコンロの周りのこぼれた味噌汁も拭いた。それから、お椀に味噌汁を入れて、テーブルに持っていった。


 ズズズズズ。


 うん。いい味噌だ。ダシがきいている。ダシの素など色々と販売されているが、姉は天然のかつお節からダシをとることにこだわりを持っていた。


 食事を終えると、食器を洗った。


 洗いものは基本的には、私の役目となっている。姉は料理を作る側で、洗いものは私が担当だ。それ以外にも、風呂掃除などは私が行っている。


 さーて。


 朝ごはんも食べたし、何をしようか。夏休みの宿題もすでに終わらせたし……。


 何もすることがないので、眠ろうかな? もしくは、数学の勉強をして次のテストに備えるか。


 そうだ。数学を勉強しよう。2学期の予習だ。私は学習机に向かった。数学の教科書と向かい合う。


 うーん。うーん。


 こくりこくり……。


 はっ!

 気がつけば眠ってしまっていた。


 そうだ。無理はいかない。眠たい時には眠るべきなのだ。動物はみんな、眠たい時には眠っている。私だって動物のはしくれ。眠りたい時に眠るのがいいのだ。


 私は、数学の教科書を閉じて、そのまま布団の中に入った。先程、制服に着替えたが、まあ、このままでもいいや。


 目をつぶる……。さあ、ゴートゥードリーム!

 あれ?

 全然眠くならない。数学を勉強していた時はあんなに眠かったのに、数学をやめた途端に眠気が冷めてしまったようだ。


 これは、過去にも経験がある。過去というか、1学期の……そうだ授業中だ。


 不思議なものだが、授業中はあんなに眠くて睡魔と闘いながらコクリコクリとしているのに、チャイムが鳴った瞬間に、ばっちりと目が覚めてしまうのだ。あの現象と同じなのだ。


 うぬぬぬ。


 まあいい。おそらく、これこそが人間のもつ防衛本能なのだろう。授業中、まともに抗議を聞いていたら、脳をヒートアップさせ過ぎて、死んでしまうのかもしれない。それを恐れた私の本能が、無意識に危機を察知し、防衛行動を体に発令させているのだ。私の身を護っているのだ!

 あぶない、あぶない。よもや、数学の勉強を進めて、私は死んでしまうところだった。人間の体とはなんて優れているのだろうか。もっともっと労わってあげて感謝しなくてはいけない。


 さて、数学の勉強もできず、眠るという選択肢もなくなってしまったわけだが……。


「うーん、うーん。どうしよう。今日は何をして過ごそうかなあ。ウサミ、迷っちゃうなあ」


 誰も答えないが、とりあえず呟いてみた。当然ながら、返事はない。仮に返ってきた場合は、それはオバケか、もしくはひっそりと家に侵入していた変質者しかいないので、恐ろしいことではある。


 私は、ぽん、と手を叩いた。


「そうだ、ひまわりさんの観察と、長ネギの成長記録をつけておこっと」


 私は、机の上からスケッチブックと色鉛筆を手に取った。


 色鉛筆は切らしたことがない。私には趣味があり、植物の成長記録をつけるというものだ。小学校の頃にアサガオの成長記録を夏休みの自由研究の宿題としてつけていたのだが、あまりにも楽しくて、その後も、様々な野菜を庭に植えて、今でも観察日記をつけている。


 花でもいいのだが、食べれたほうが、のちのちの楽しみもあるので、食用の植物が多い。


 なお、ひまわりは私にとっては花として認識していない。ひまわりの種は食糧なのだ。私はあのひまわりの種を収穫し、軽くフライパンであぶって食べるのが好きなのだ。


 私は、庭に出た。折り畳み式の椅子も持ち出した。庭に出ても、塀があり、人目を気にする必要がないのでパジャマのまま、スケッチする場合もある。


 むふふふ。よしよし、もうすぐ収穫ができる。ヒマワリは元気に太陽の方角を向いて咲いていた。


 私は色鉛筆の蓋をあけた。あっー! しまった。黄色の鉛筆が既に小状態だ。この前、購入しようと思っていたのに忘れてしまっていた。


 たまに私は、自分が馬鹿なのではないかと思う時がある。こうやって、必要となるものを買おうと決心する。しかし、数時間後にはすっかりとその決心を忘れてしまっている! そして、後日に再び買うのを忘れていたことに気づき、今度こそ買おうと決意する。そして、またまた数時間後には忘れており……こうしたことがループされ、結局、色鉛筆が使えなくなって、完全に行き詰った状態で、ようやく購入、というケースが多い。


 まあいいや。私は、忘れないように、自分の爪に黄色い色鉛筆で色を塗った。


 むふふふ。私は、なんて頭がいいのだろうか。馬鹿と天才は紙一重! これで忘れたりはしないだろう。よーし。問題は一つ片づいた。ひまわりと長ネギの成長記録を続けよう。

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