第24話
どの班も独自の味を追求しており、甲乙つけがたく美味しい。中でも、色々な意味でトランペット班のカレーには驚かされた。なんと、彼らは様々な会社のレトルトカレーを持ち寄って、それを独自の配合で組み合わせで混ぜただけだったのだ。
しかし、これがまた美味しかった!
全ての班のカレーを食べ終えた私たちは洗い場に行き、皿を洗った。
これからいよいよ投票タイムだ。投票用紙をみると、自分の名前と一番美味しかったカレーを作った班の名前を書く欄があった。
あれ?
そういえば、部長はどんな班なのだろうか?
主に指揮をしており、どの班にも所属していないのでは?
本当に美味しいと思ったので、班名のところに部長の班を書きたかったが、これは困った。一応、『神宮律子』と部長の名前を書いて提出した。
しばらくして、笛の音が鳴った。姉が号令をかけた。
「みなさーん。集まってくださーい。それではアンケートの集計を済ませましたので、1位になった班を発表しまーす」
ドキドキ。
「トロンボーン班……1班でーす」
それを聞いて、涼が顔を真っ赤にした。そして、部長とふみが眉間に皺を寄せた。
まさか、部長が阻止したかったという班は……。
「ではご褒美として、伝えていた通りに、班の代表者1名に先生がチューしちゃいまーす」
姉は、トコトコとこちらにやってきた。
涼、部長、ふみちゃんの3人の間に緊張が走った。
姉は、私の隣で立ち止まり、私の頬にチューしてきた。
あれ? 代表者って、私?
「ご褒美はお終いでーす。ではこれから湖畔で船の上での演奏会を開始しますので、みなさん、ボートに各自班ごとに船上して、練習を行ってくださーい」
涼は、ガッカリした様子だった。一方、ふみちゃんと部長は安堵した顔をしていた。彼女たちも、内心気づき始めたのかもしれない。涼の、意中の人を。
私たちは、ボート乗り場に向った。
この湖畔は、デートスポットとしても有名だ。ボートに乗って有意義なひと時を過ごせる。
湖畔はとても広い。そして、その周囲は見渡す限り森だ。
「ボートなんて何年振りだろう」
私たちは、トロンボーンだけを持って、ボートに乗り込んだ。
漕いで、湖の真ん中を目指していく。
ふと、涼がいった。
「そういえば、ここでもやっているのかな? かいぼり」
「かいぼり? なーにそれ?」
「水抜きをして日干しする一連の処置のことだよ」
「えええ! 水抜きなんて、こんなでかい湖でできるの?」
私は驚いた。
「さあ。ここでやっているかどうかは分からないけれど、予算のあるところはしたりするらしいよ」
「でも水なんか抜いちゃったら、水の中のお魚さんたち、死んじゃうんじゃないのかな?」
「って思うでしょ? でもね、かいぼりって生態系保護のためにやるんだよね。ブルーギルとかの外来種駆除が目的だから。彼らには罪はないんだけれど、そのまま安楽死してもらうんだよね。っで、本来からいる魚はそのまま作業が終わるまでの1ヶ月、別の場所で保護するんだよ。大抵は晴れが続く季節に水拭きをして、池の底を天日干しするんだ。そして一ヵ月後ぐらいに、水を戻すんだよ。一昔は、かいぼりは湖じゃなくて池を中心に行っていたけれど、外来種とかが問題になって、湖のかいぼりも今ではされているそうだよ」
ふみちゃんが、続いた。
「私もかいぼり、知っていますぅ。ここは山の中だからどうだか分かりませんがぁ、一般的に都会の公園の湖かなんかで、かいぼりをした場合はぁ、池の中から捨てられた自転車やバイクなんかが大量に見つかるそうですねぇ。場所によっては白骨死体が見つかったり見つからなかったり」
私は、背筋をぞくっりとさせた。
「やだ、ふみちゃん。怖いことをいわないでよ。こ……この湖の下にもいたりして」
陽子は、腕を組んだ。
「どうだろう。実はうちの親戚、不動産屋をやっているんだけれど、とある土地成金がいるのだ。その人、親から引き継いだ土地を全部売ったのに、どうしてかこの湖だけは売らなかったそうなのだ。その人の親がレジャー用として使うことに許可していたから、私たちがこうして利用しているのだけれどね。その男の人、このボート場も封鎖するようにいってきたことがあったらしいのだ」
「……ってことは、陽ちゃんは、あると思っているってこと? 白骨死体?」
「どうだろうね、うーたん。親戚が理由を問い詰めたところ、その土地成金さん、しどろもどろになって引き下がったらしのだ」
涼が、いった。
「もしかしたら、やっぱり、何かが、あるのかもしれないね」
「やだなあ、涼くんも陽ちゃんも! 怖いことをいわないで! ウサミ、怖がりなの知ってるでしょ」
「あははは、ごめんごめん。じゃあ、そろそろ、練習をしようか。先生がいうには、今日でこの課題曲の練習も最後みたいだからさ。結構好きな曲だったんだけどね」
「ジブリは偉大なのだ。これだけ世界中に影響を与えるなんて、そう簡単にできることじゃないのだ。今日で練習が最後になる、魔女の宅急便『海の見える街』は海上自衛隊でも演奏されている曲なのだよ」
「へー、よくわからないけど、すごそう」
「よーし、じゃあ、ラスト練習始めるよー」
私たちは、それから湖の上で練習を行った。この曲も、今日でお別れか。なんだか寂しくなる。
「あれ? 陽子ちゃん?」
「おい。船の上で寝るなー」
始めるといった数秒後には、陽子は横になっていた。
「カレーを食べて、お腹が一杯になったのだ。それに、広いから開放感がいいのだ」
「また、いつぞやのようにゴキブリが背中に入るかもしれないぞ?」
「ゴキブリ? なんの話なのだ?」
陽子は首を傾げた。私は涼の腕をつついた。
「涼くん、それは内緒だよ」
「なにを、こそこそいっているのだ?」
「な、なんでもないよー」
ふみちゃんが、睨んだ。
「陽子先輩、感心しないですょー。私たちが頑張ろうとしているのに、一人だけ眠っちゃ、全体がダレてしまいますぅ」
正論だ。陽子は唇を突き出した。
「ブーブー、それをいわれちゃ弱いのだ。分かったのだ」
そうして、私たちは練習を進めた。周囲では他の班も練習を行っているようだ。熱意が感じれた。私たちトロンボーン班も負けてはいられないと思った。
気がついたら、湖畔には夕陽が浮かんでいた。まもなく落ちそうだ。そんな時、ピーと笛の音が鳴った。部長の号令だ。
「おーい。そろそろ、合同練習を始めるでありますよー。列を組むでありまーす!」
「「「はーい」」」
私たちはボートを漕ぎながら、扇型の隊列を組んだ。
「よーし、みんな。最後に合わせて、この課題曲のフィナーレを、マジックアワーの光が見えている間に、飾るでありますよー」
「「「はーい」」」
部長が手をあげて、指揮を始めた。私たちは演奏を開始した。
船上の音楽会。
湖畔に、メロディーが流れ溢れた。
魔女の宅急便のテーマ曲である『海の見える街』が、湖にこだまする。全ての演奏が終わる頃には、マジックアワーの時間は、終わっていた。
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