第17話

 姉は、時計を見ていった。


「みなさん、花火の開始時間まで、まだ時間がありますが、もうそろそろ花火会場に行きますー?」


 私は、かぶりを振った。


「もうちょっと露店巡りしようよ。金魚すくいをしようよ。ウサミ、金魚すくいがしたいんだ」


 陽子が、訊いてきた。


「いいと思うのだけれど、捕まえた金魚はちゃんと育てられるの?」


「大丈夫。ウサミ、育てるの好きだから」


 ふと、ふみちゃんが、首を傾げているのに気づいた。


「宇佐美ちゃんの家では、金魚って、育てるのぉ?」


「うん? そうだけど、なんで? ふみちゃん」


 ふみちゃん、不思議なことをいっている。


「金魚なんてうちでは育てないょ。いつもフライにして食べてるょ」


「「「えっ!」」」


 私たち一同は、ふみちゃんを凝視した。ふみちゃんは再び、首を傾げた。


「カルシウムが豊富で栄養価は抜群! ニボシと一緒で頭からガリガリできちゃぅ!」


 私は、驚愕した。


 ふみちゃんは、金魚を食用と勘違いしている!


「ふみちゃん、そんな残酷な……でも、金魚もニボシも同じ魚なわけだし、ウサミたちもたちも魚、食べてるわけだし……」


 ふみちゃんは、金魚すくい屋さんのところに行って挑戦した。モナカをもらって、意気込んでいる。


 私たちは、彼女の後ろ姿を神妙な顔で見守った。


 ポトン。モナカが破れた。


 ふみちゃんは、金魚すくいに失敗したようだ。


「うーん。とれなぃ。もう一回挑戦しょーと。あれ? みんなはしないのですかぁ?」


 私たちは、全員、かぶりを振った。


「そうですかぁー」


 ふみちゃんが、財布を取り出したところで、私は止めた。


「ふみちゃん。とにかく、金魚すくいは止めて次にいこうよ。時間も限られているんだしさ。他の露店もたくさんあるよ」


 陽子も、説得に続いた。


「そ、そうなのだ。輪投げをするのだ。ふーみん、金魚すくいなんて、子供のやるゲームなのだ。近頃の中学生は輪投げをするのがナウいのだぞ?」


 ふみちゃんは、陽子を胡散臭そうに見つめた。涼も、続いていった。


「そうだよ、龍崎さん。輪投げをしようよ」


「涼先輩がいうのなら……はぃ! 是非、そうしますぅ」


 ふみちゃんは、涼のいうことには妙に素直に聞く。


 私たちは、輪投げ屋さんにいった。


「よーし。ウサミ、輪投げを頑張るよ」


 私は、輪投げに挑戦。


 狙いは遠くにある、お菓子だ。


 私は力強く投げた。


 ここでアクシデントが発生。輪投げはバウンドして、店のおっちゃんのカツラを外した。そして、おっちゃんの頭に乗った。


 輪投げが、天使の輪っかのように見えた。おっちゃんのだが……。


 …………。


 …………。


「こりゃあ、運がいいね。景品はおれだ。ガッハッハハハ」


「い、いりません」


 輪投げ屋のおっちゃん、威勢よく笑った。その後、みんなも輪投げに挑戦し、ストラップなど、様々な商品を獲得した。


 ちなみに、私は輪投げで、ぬいぐるみをゲットした。


 歩きながら、ふみちゃんが、ニコニコしていった。


「さっきはびっくりしたねぇ。店員さんの頭にリングが乗っかるんだもん。悪いと思ったけど、爆笑しちゃったぁ」


「私だってビックリしたよ。あのおっちゃんが景品だなんて、いらないよねー」


 私とふみちゃんは、二人で笑った。


「でも宇佐美ちゃん、このぬいぐるみで本当に良かったのぉ?」


「え? どうして?」


「だって、ぶさいくじゃなぃ」


「そうかな……? 私には可愛いと思うけど」


 なお、ゲットしたぬいぐるみは、ぶさかわいいカバに似たオリジナルの動物だった。


 露店を回っているとドーン、と一発、花火が空に打ち上った。


 姉は、時計を見ていった。


「みなさーん、いつの間にか花火の時間になっていましたー。花火会場に急ぎましょうー」


「「「はーい」」」


 私たちは駆け足で、花火会場に向かった。


 会場は河川敷だ。ただし、打ち上げ場所は海岸のようで、かなり大きな玉でも打ち上げられる。


 周囲には人がたくさんいた。毎年、近隣からも人がやってきて、数万人規模の人々が集まるのだ。


「すっごい人だね、この河川敷。ウサミ、人酔いしちゃいそうだよ」


 部長が、指差しながらいった。


「あっちにスペースが空いているでありますよ、座りに行こうであります」


 私たちが空きスペースに向かう間も、次々と夜空に大輪の花が咲いた。


 どーん。


 どーん。


 どんどんどん。ぱらぱらぱら。


 柳のような花火は、とても綺麗だ。


「よいしょっと」


 花火を見ながら腰を下ろした。


「「「ターマーヤー」」」


「でかいね。花火をみなくちゃ、夏を過ごした気にはならないね」


 しばらく私はみんなと花火を観戦していた。しかし、途中でブルブルっと体が震え出した。


 涼が、私の変化に気づいて訊いてきた。


「うさ、どうしたの? 気分でも悪いの?」


 私は、立ち上がった。


「う、うぅぅ。ちょっとウサミ、トイレに行ってくるね」


「うーたん、やっぱり食べ過ぎだったのだ。あんなに食べちゃ出したくもなるのだ」


 私は、トイレに走った。会場には仮設トイレというものがあると、先程の看板にあった。ただ、その仮設トイレに訪れた時、私は戦慄した。


 なんだこれは!


「な、なんて長い行列なのぉー」


 私は、仮設トイレから続いている列の最後尾まで歩いた。500メートル程続いている。信じられなかった。


「うわぁぁぁ、花火が終わっちゃうよぉ。それ以前に漏れちゃうよぉ」


 《大》のほうが。


 随分と先にトイレが小さくポツンとみえる。


 私は、お腹がギュルルルルルルと鳴る度にうずくまって耐えた。死にそうなほどの腹痛と戦いながら、何とか必死に持ちこたえた。


 我慢し続け、限界寸前でトイレに入り、ようやく出てきた。


「ふぅ。スッキリした……ってあれ?」


 パチパチパチ。


 観客たちが、盛大な拍手を夜空に向かって投げ掛けていた。


「すごかったなあ」


 そんな声が周囲で聞こえる。そして、ぞろぞろ帰っていく。


「え、えー。終わったの? 終わっちゃったの?」


 最後の花火は、基本的にはフィナーレを飾るに相応しい、花火師による全力を披露される。毎年、花火ではそれを見るのが一番の楽しみだった。今年は、それを観ずに、私はトイレの中で過ごしてしまっていた。


 いや、思い起こせば、花火が打ち上げられている大半の時間を、私は腹痛と戦っていたので、花火を観戦するどころではなかったのだ。


 なんてことだ!

 私は、放心した。


 いきなり頭にタライが落ちてきたような、そんな気分だった。


「うーたん、いたいた。迎えにきたのだ」


 声がしたので振り向くと、陽子たちがこちらに向かってきていた。ふみちゃんが、語りかけてきた。


「最後のフィナーレすごかったねー、宇佐美ちゃん、見てたぁ?」


「ぐすん。実は、見れなかったよ。丁度トイレの中にいたの」


「そうなんだぁー。ふふふ。そんなことだろうと思ってぇ、宇佐美ちゃんのために、動画を撮っておいたょ。良かった、良かった」


「あ、ありがとう、ふみちゃん」


 軽く感動を覚えた。ふみちゃんはスマートフォンをポケットから取り出して、見せてくれた。


 動画が流れる。


 ドーンドンドンドンパラパラドーン。


「撮ってくれてウサミ、とっても嬉しいんだけれど、なんだか……動画で見たら、迫力がないね……」


「うん……やっぱり、花火は生で見なくちゃねぇ」


「ぐすん……」


 陽子が、慰めてきた。


「また、来年があるのだ、うーたん。来年にまた一緒に来るのだ。それに私たちはこれからが本番なのだよ? 今回の真目的は、路上ライブなのだ」


「そうだね。でもどこでするの?」


 涼が、いった。


「この場はどうだろう?」


「涼さん。一応、会場内だから、ここだと係員さんに怒られちゃうかもしれないでありますね」


「だったら……」


 その後、私たちは駅前にやってきた。道が凄まじく混んでおり、ここまで来るのでさえ、大変だった。トロンボーンをケースから取り出すと、植木の淵にのぼった。


 駅前は、渋滞だ。電車の本数と、それを必要とする観客の人数があっていない。だからこそ、路上ライブがやりがいがあるともいえる。大勢の電車の待つ人々に聴いてもらえる。


 部長も、キーボードの準備を終えたようだ。


 姉は、遠くから声をかけてきた。


「みんなー頑張ってくださいね。ちなみに、私は今、先生としてここにいるわけじゃないので、何か後々問題があっても責任は取りませんからねー」


 部長が、眉を寄せた。


「先生、いきなり責任回避でありますかー」


 涼が、周囲をみながらいった。


「イベントの日の帰り道って、すごく混雑するよね」


 陽子が頷いた。


「人が集まるのも、こういう日に発散したいからなのだ。そして夏の思い出を作りたいからなのだな」


「何だかんだでお祭り、楽しかったよ。でも、ウサミ、これからもっと楽しみたい。花火を見物してきた人にも、楽しい思い出をもう一つ作って、帰ってもらいたいよ」


「よーし、私たちのトロンボーン主体、ミニ演奏会を始めるのだー。楽曲は《アレ》なのだ」


「「「はーい」」」


 みんな、大きく返事をした。


 部長が、いった。


「では、トロンボーン班が課題曲の練習をサボって、こっそり練習していた《アレ》を演奏するでありますよ! 『ファミコン版スーパーマリオブラザーズ メドレー』」


「「「おっけー」」」


 チャッチャンチャンチャチャチャン、チャン!

 トロンボーン4人とキーボード1人による、懐かしさを感じさせるメロディーが流れた。


 電車を待つ人々で、駅の外は一杯だ。これらの人々は、この日、私たちによる数分間だけの、ミニ演奏会を楽しんだ。

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