第13話

 かろうじて回収した素麺を食べていると、陽子と涼が戻ってきた。


「ただいまー。戻ったよ」


「うさと龍崎さんに飲み物、買ってきたよ」


「わーい、ありがとう、涼ちゃん」


 私とふみちゃんは、涼からペットボトルをもらった。


 流した素麺の分も、カロリーを摂取しなくてはいけない。頼んでおいて良かった。


「涼先輩。このお礼は必ずしますねぇ。美味しいクッキーを焼いてきますぅ」


「いや、別にいいよ。そこまでしてもらわなくても。ついでに買ってきただけだし」


「ふーみんのクッキー食べたいのだ。だったら私に焼いて来てほしいのだ。涼の分を私が食べちゃおーと」


「駄目ですぅ。陽子先輩にはあげません。焼いてきません」


「えーなんでなんで。差別だ差別だ、ぶーぶー」


「差別ではなく、区別ですぅ! だって、陽子先輩が買ってきてくれたわけじゃないんですもん」


 陽子とふみちゃんが言い合っている横で、私は炭酸ジュースを飲んだ。


 昼食を終えると、私たちは音楽室に向かった。練習を開始し、何度か音合わせを行った。かなりの出来栄えだと思えた。


 指揮をしていた部長も、満足げに頷いた。


「なかなか、いいでありますね。前回より完成度が高まっているであります。では、これより、行進の練習に移るであります」


 行進の練習……ついに始まるのだ。


 フルート班の部員が挙手し、発言した。


「部長、しかし今の温度は36度のようです。こんな日に行進練習だなんて死んでしまいます!」


 部長、ぎろりとフルート班の部員を睨んだ。


「お黙りであります。今日はせっかく旧体育館を借りられたのであります。運動部ではない我々が体育館などの使用権を確保するのは、困難! さあ、行くであります」


「みなさーん、返事は?」


「「「はーい」」」


 私たちは、旧体育館へ向かった。旧体育館は本校の離れにある。私は初めて足を踏み入れる場所だ。


 到着すると、陽子が率先してドアを開けた。体育館はむぁっとしており、その熱風が漏れてきた……。こ、これは……尋常ではない温度だ。


 部員たちも、その温度を肌で感じたのか、逃げ始めた。


「こ、こんなところで行進なんて無理ですー。やってられませーん」「勘弁してくださいー」


 部長は、そんな彼らを止める。


「ま、待つであります。これくらい、すぐに慣れるであります。こ、これくら……い……」


 ぱたり。部長が再び倒れた。陽子がすぐに体を揺すった。


「お、おーい、律子! 律子しっかりのだ! 熱中症なのだ。みんな、保健室に搬送するのだ」


 私たちは、部長を保健室に神輿を担ぐようにして、運んだ。ベッドに寝かす。


 部長は、呻いている。


「だ、大丈夫であります……体育館の温度、す、すぐに慣れるであります。だから体育館に戻って……」


 陽子が、かぶりを振った。


「律子が今の状態でいっても、かなり説得力に欠けるのだ。体が貧弱なんだから、無理をしてはいけないのだ」


「で……でも……折角体育館を借りれたのに、このままでは無念すぎるであります……。全体練習ができる機会は、貴重なのであります……」


「分かったのだ、分かったのだ。私たちが何とかするのだ。そうなのだ! 体育館の窓を換気すればいいのだ」


 私は、頷いた。


「そうだよね。確かに朝、あんなに蒸し暑かった音楽室も窓全開にしていたら、随分と涼しくなったもんね」


 まあ、暑くて、汗がダクダクと流れるのは変わりなかったが。


「そうと決まれば、私たちトロンボーン班は体育館の窓を開けに行くのだ」


 陽子が先陣を切って体育館に行った。私たちも、それについていく。中は、むぁーっとしたままだ。入り口付近に備え付けられている温度計を見て、驚いた。40度を軽く越えていたのだ。


 これは凄まじい。


 私たちは、サウナ状態の体育館に突入し、窓という窓を全て開けた。


 しばらくすると風が流れて、先程よりも随分と涼しくなった。


 涼は、額の汗を拭きながらいった。


「今後は、体育館での練習がある時、午前の涼しい時間帯に、僕たちで窓を開けておこう」


「うん。それがいいね。夏の体育館って、こんなにサウナ状態になるんだ。ウサミ、知らなかった」


 1時間後に部長が復活。校内放送で体育館が先程より涼しくなったこと伝えたところ、部員たちも体育館に集合した。


 部長が、みんなの前でいった。


「さあーて、行進練習を開始するであります。先程逃げた件は、水に流すであります。その代わり、みなさん、しっかりと行進の練習をするでありますよ」


「「「はーい」」」


 その後、部長の指示で3時間ほど、行進訓練だけを行った。


「休憩するでありまーす」


 私たちは、その場で座った。涼もあぐらをかいた。


「ふえぇーずっと歩き続けているよ。ウサミ、もう汗だくだよ」


「まあ、マーチングは行進しながら楽器の演奏もしなくちゃいけないからね。でも、結構、最初と比べて、行進が様になってきたんじゃないかな」


「本当に。みんなよくやってくれているであります」


 ビックリして振り向いた。突然、背後から声がした。そこには、部長が立っていた。


「おっ、律子か。かなりスパルタなのだー」


「陽子は体がなまっているのであります。体力をつけるのであります」


 涼は、部長にいった。


「ところで、そろそろ全体で合わせてみないかな? 時間も時間だしさ」


 部長は、体育館の掛け時計を見て、頷いた。


「涼さんのいう通りであります。もう夕方でありますね。では、休憩の終わりに合わせてみて、演奏と行進が合ったら、今日は終了にするであります」


「わー。音楽と行進を一度に行うなんて、ウサミできるかなあ」


 部長は、いった。


「妹さん。慣れでありますよ。これは、一年生にとって最初のマーチングの行進になるので、パフォーマンス自体はそれほど複雑ではないのであります」


「えー。これで複雑じゃないのですか? ウサミ、覚えるだけで苦労しちゃっいましたよ」


「段階を踏んで、上達していくでありますよ」


 部長は、手を叩いた。


 みんなが注目した。


「それじゃあ、みなさん。やってみるでありますよ、マーチングを! 演奏しながらの本格練習であります。成功したら、今日の練習はこれで終わりであります。楽器を用意するであります」


「「「はーい」」」


 私たちは楽器を手にすると、隊列を組んだ。


 なぜかは分からないが、体育館全体に緊張感が漂っていた。身が引き締まるような、そんな思いがした。


 トロンボーンをギュッと握って部長の合図を待つ。


 ドキドキする。


「じゃあ、始めるであります。『ファイナルファンタジー通常ボス戦メドレー・PART1』マーチングモード」


 これまで、私が陽子から借りたゲーム、ファイナルファンジー4、5、6、7のボス戦をメドレー化したものが今回の課題曲だ。


 このゲームは、流れるBGMでとても格好いい。特にボス戦での曲はテンションが上がるものばかりだ。


 四天王やギルガメッシュという敵との対決シーンの曲は、世間的にも評価が高いと聞く。私は、それらを一生懸命に演奏した。


 トロンボーンは、主役を演じない。縁の下の力持ちだ。でしゃばると、その演奏全体が安物っぽくなる。ソロで演奏をすることを考えた場合、サックスやフルートなどと比較して、トロンボーンの人気は多分劣るだろう。


 しかし、そんなトロンボーンには他の楽器にはない、唯一といえる長所がある。


 それは、演奏全体を格好よくするということだ。


 トロンボーンはメロディーを引き締める。ハーモニーを楽しめるという素晴らしい楽器だ。私は、演奏をしながらこのトロンボーンを吹くに相応しい奏者になりたいと思った。まだまだ、このトロンボーンの力を引き出していないと、力のなさを実感している。今はまだ力を備えていない。しかし、この先、必ず身に着けようと思った。


 緊迫感のある演奏を、私が吹くトロンボーンによって、更なる高みに持っていきたいのだ。


 私は夢中になって、トロンボーンを吹いて、行進した。


 この瞬間、私たちマーチング部は一つになった。


 帰り道、陽子、涼、ふみちゃんと一緒に歩いた。涼が、訊いてきた。


「うさ、どうだった? 行進しながら演奏してみて」


「なんだか運動部に入ったみたいな気がしたかな。でも、ウサミ、すっごく楽しかった」


「メロディーが一つになった時の感覚、すっごく気持ちいいんだよね」


 ふみちゃんは、頬を緩ませながらいった。


「でもぉ、マーチング部って半分は運動部だったのですねぇ。私、今日は1リットルは汗、流したと思いますぅ」


「ふーみん、今頃気がついたのだな?」


 あはは、と4人で笑った。


 陽子が、提案してきた。


「ねえねえ、ラーメンでも食べて帰るのだ。たくさん歩いたら、お腹減っちゃったのだ」


「ウサミは、さんせーい」


「じゃあ僕も賛成」


「私もぉ、賛成ですぅ」


 私たちは、ラーメン屋に進路を変更した。


「あれ? そういえば、何かを忘れているような」


 私は、スマホをトロンボーンも入れているバッグから取り出した。開いてみるとメールがあった。姉からだ。


『やっと涼しくなったから学校に来たけど、誰もいないよー。もう帰るもーん、ぷんだ』


 着信時間は、ちょうど、私たちが帰宅した時間の5分後ほどだ。


 メールは、見なかったことにした。


 私は、スマホをそっとバッグに戻した。

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