第14話
夏休みに突入した。今日も、部活を終えて、陽子と涼と一緒に帰宅をしている。ふみちゃんとは、ついさっきの別れたばかりだ。
今日も心ゆくまでトロンボーンを吹けて、大満足だった。
「今日も頑張ったね。ウサミたち、随分とレベルアップしているよね」
「僕たちの班はウサと龍崎さんの成長が著しいね。どっちも吸収がずば抜けているよ。《アノ》曲も課題曲じゃないのに、すぐに弾けるようになったもんね」
「ウサミ、早く陽ちゃんと涼くんと同じぐらいに上手に吹けるように頑張るね。今更だけど、マーチング部に誘ってくれてありがとう」
「うーたん、私たちもうーたんを誘ってよかったと思っているのだよ」
私は入学初日に、2人から熱烈な勧誘を受け、押し切られるように入部を決意したが、今ではマーチング部に入部して本当に良かったと思っている。
みんなと音を合わせるのが、とても気持ちがいいのだ。幸せなのだ。
「ところで、うーたん。うちの学園のマーチング部って幻の2位とも、呼ばれているのだ」
「幻の2位?」
なんだろう、それは。
涼が、説明した。
「中学校と高校生の大会を全部ひっくるめての2位だよ。中学校は、もちろん高校生の大会には出場できないんだけれど、どちらの大会も観戦している、吹奏楽の専門家集団が勝手に順位をつけてるサイトがあってね、そこで2位になっているんだ」
「普通、こんなに技術が高い中学校は珍しいのだ。ちなみに1位は、うちの学園の高等部なのだ」
「何でウサミたちの学園の評価って、なんでそんなに高いの?」
ふと疑問に思った。
「まず練習時間が他校と比べて膨大だなのだよ。それと、これまで人間国宝の顧問が指導してくれていたこと。もう一つ理由をあげるなら、うちはプロを輩出する率がめちゃくちゃ高いのだ。だから、小学生でそこそこ実力のある子で、プロを本気で目指している子は、わざわざうちのマーチング部を目的にして入学してくるのだ。うーたんの同学年でも、そんな子結構、いるのだよ?」
「全然知らなかったよ。みんな、もう将来のことを考えているんだね」
確かに1年生ながら、すごく上手だと思えた子が何人もいる。なるほど、最初から上手かったのか。謎が一つ、解けた。
陽子が、私と涼を覗くようにしながらいった。
「ところでさー、全然話題に出ないのだが、今日が何の日か、忘れてない?」
私は、頬を緩ませた。
「隣町で祭りがあるんでしょ? 『いざなみ祭り』」
「もう、そんな季節なんだなあ」
陽子は、眉を寄せた。
「覚えていたのだなー! 話題に全然でなかったから忘れていたと思ったのだよ。今日一日、ずっと誰かがいいだすのを待っていたのだ」
当然、覚えていた。
私も、誰かが話題にするのをずっと待っていた。
「もう祭の時期なんだね。ウサミ、妙に夏の訪れを感じる。祭って夏以外の季節でも行われているのにね」
「まあ、全国的に夏に集中はするからね、祭って」
涼も同意した。私は、ふと祭がらみの話題をふった。
「そういえば、ふみちゃんのクラスにね、祭り元の神社の子がいるんだよ」
陽子が、目を大きくして訊いてきた。
「本当? もしかして、伊座って名前だったりしない?」
「そうだけど」
「もしかしてなのだけど……その子って変わってたりしないかな?」
「ええーなんで?」
私は、ふみちゃんのクラスに時々遊びに行っている。その時に見かける子だが、変わっていると思ったことは一度もない。ただし、ミノのようなものが、周囲に浮き出すなどのオカルト的な噂は、聞いたことがあった。
「実はさ、たぶんその子の兄なんだろうけど……うちの学年にいるのだよ。真性のナルシストが。いつも女装して学校に通ってくるのだ」
涼も、頷いた。
「ああ、いるいる。僕はクラスが一緒になったことはないけれど、かなり名は知れ渡っているね。伊座二郎くんでしょ?」
女装して学園に通ってくるとは、随分と変な人がいるもんだ。
「そんな人がいるんだー。ちなみに、その子の見た目は普通だよ。ふみちゃんの教室に遊びにいった時にチラチラ見ただけで内面は分からないけれど、外見は一言でいうならコケシみたいな女の子かな」
「今度、ふーみんの教室に遊びに行った時に、その子の性別を確認してみるのだよ。実は男の子でしたってオチになるかもしれないのだ。いや、私が直接、調べに行くのだ。アソコをまさぐってやるのだ!」
陽子がいうと、冗談に聞こえない。私はかぶりを振った。
「いやいや、陽ちゃん、それは失礼だからやめてあげて。というか、見た目が完全に可愛くてちっちゃい女の子なんだから、男の子じゃ絶対にないよ」
私が止めたところ、陽子は唇を突き出した。どうしても調べたいようだ。
何かを、思い出したかのように、手を叩いた。
「ところで話を戻すけど、今日みんなで祭りに行くのだ。ふーみんも誘って。そして、路上ライブもしちゃうのだ」
「えっ?」
私は、目を大きく開けた。今の陽子の表情は、冗談をいっている表情ではない。つまり、本気でいっている。
「ちょうどみんな、今日は新しい課題曲を練習するために家に楽器を持ち帰っているのだ。丁度良かったのだ」
「路上ライブって……?」
「ほら、駅の道端でよく楽器を弾いて歌ったりしている人がいるのだ。今日は、聴いてもらえる人の規模が違うのだ! なんていっても花火大会の会場には数万人規模の観客が訪れるのだ。私たちは彼らの帰宅時を狙って、路上トロンボーンライブをするのだ」
私は苦笑いしながら、首を傾げた。
「確かに、たくさんの人に聴いてもらえるだろうけれど、路上ライブって度胸試しみたいなところがあるから、ちょっと怖いなあ」
「大丈夫なのだ。うーたん、大丈夫なのだ」
「でもさ。ウサミたち、係員の人に怒られないかな?」
「怒られるかどうかは分からないのだが、音楽を流せば混雑が解消されると話に聞くのだ。メトロームでもいいらしいけど、歩行者の歩きにリズムができて、つっかえにくくなるそうなのだ。だから、迷惑にはならないはずなのだ」
正直なところ、人前での演奏なんて、まだ一度もやったことがないので、怖くて尻込みしている。しかし、やってみたいという気持ちがないわけではない。
私は、涼に訊いた。
「涼くんは、どうなの? やってみたい?」
「路上ライブかあ。そうだね、興味はあるかなあ。僕は、どっちでもいいよ」
涼は、どっちでもいいらしい。
陽子が、私の手を掴みながらいった。
「人の邪魔にならなさそうなところを見つけて、ライブをやってみるのだ。ね? ね? 絶対に楽しいのだ。保証するのだ」
私は、少し考えてからいった。
「じゃあ、ふみちゃんにも連絡しておくね?」
「そうこなくっちゃ、うーたん!」
陽子が、ぴょんと飛び跳ねて私に抱きついてきた。
私は、スマホでふみちゃんに、涼も参加することを追記して、祭のお誘いメールをした。『いいよ』と電光石火のごとく返事がきた。
「陽ちゃん、涼くん。待ち合わせ場所はどうするの?」
涼が、いった。
「僕たちはうさの家まで行ってそのまま一緒に祭りに行くとして、龍崎さんとの合流は、伊座神社の階段前でいいんじゃないかな?」
「じゃあ。そう伝えておくねー」
私が、ふみちゃんに待ち合わせに関してのメールを作成していた時、後ろから声がした。
「あらあら。面白いことを企画しているでありますね」
振り返ると、部長がいた。
「律子か、びっくりしたのだ。突然、出てこないでほしいのだ」
「たまたま、帰宅方角が被っただけでありますよ。ところで公道で音楽演奏をするといっていたでありますね? 私、法律にはうといけど、逮捕されるかもしれないでありますよ?」
「ま、まーたまた」
陽子の頬が、若干引きつった。そういえば、路上ライブって法律的にはどうなのだろう。違法だったりしないのだろうか。
「花火が終わる時刻も、夜遅いですし、近所迷惑になるかもしれないであります」
「でも、人ごみができていて、それなりにざわついているだろうし、それほど騒音になるのかな?」
涼がそういうと、部長は困惑した表情になった。
「どうでしょうか。まあ……元々煩いのなら、やってもいいのかもしれないでありますね。駄目だったとしても注意された時点でやめて、頭を下げて謝れば、お咎めはないかもしれないであります。よかったら、私も仲間にいれてほしいのであります」
部長がそういうと、陽子は彼女の肩を抱いた。
「なんだ、律子。最初から仲間に入れてほしかったのだな。だったら単刀直入にいうのだ。律子は、私たちが《アレ》を練習しているのは知っているのだよな?」
「アレでありますね? 知っているであります。課題曲の練習をサボって《アレ》の練習をしているなんて、不届き者たちでありますなー! 本来、部長の立場として見過ごせないであります」
「まーまー、固いことをいわないでほしいのだ。《アレ》を演奏するつもりだから、律子も音を合わせれそうな楽器を適当に持ってくるのだ」
「……分かったであります」
部長の、路上でのゲリラ演奏の参加が決定した。
ちなみに、《アレ》の練習は気分転換として遊びで練習を始めた曲でちょうど今日、完成した。課題曲ではないので、トロンボーン4人の演奏で、すでに完成形となっている。
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