第11話
翌日の朝、私はキッチンで朝食をとっていた。メニューはサンマの塩焼きと味噌汁と炊き込みご飯。姉が早く起きて、作ってくれたのだ。モグモグ食べていると、玄関でチャイムが鳴った。
「はーい」
私は、パタパタと玄関まで向かい、ドアを開けた。陽子と涼がいた。いつものように迎えにきてくれたのだ。
「うさ、準備はできている?」
「ごめーん、もう少しで朝ごはんを食べ終わるから、いつものように中で待っててよ」
「まだ時間があるし、うーたん、ゆっくり食べてていいのだよ」
陽子と涼が玄関にあがり、いつものように居間に入った。
しかし、そこには……。
「あれれー。北陸先生なのだ。なにしてるのだ?」
「先生、おはようざいます」
2人とも驚いている様子だ。居間には、いつもはそこにいない人物がいたのだ。
朝から蒸し暑くなるとテレビを見て知った姉は、こうしちゃおれない、と昨晩のうちに冷房のある居間にわざわざ自室から布団を運び、居間で寝ていたのだ。
「陽ちゃん、涼くん。気にしなくてもいいよ。お姉ちゃん、もう起きてるから」
「北陸先生は、部活に行く準備は、しないのだ?」
無言……。
私は、キッチンから居間に、朝食の残りを運んできた。
「お姉ちゃん、学園には行きたくないんだって。今日は暑いから、家の中から出たくはないらしい」
「えー。本当に? ちょっと先生、北陸先生ったらーずるいのだー」
陽子が、姉の布団を揺さぶりだすと、姉は布団を顔にかぶり、ダンゴ虫状態となった。
「北陸先生、そりゃないのだ。私たちが超中学生レベルの演奏ができてるのは、人間国宝だった前の顧問の先生のおかげなのだー。先生だって、音楽界の超天才なんだから、私たちに指導してほしいのだよー」
布団の中から、姉の声が聞こえた。
「やだやだ。先生は暑いのが苦手なんですー。すぐにへばっちゃうんですー。今日は神宮さんに全てを任せたので、部長の指示に従ってくださーい」
「先生ー。おーい北陸先生―。その布団から出て来るのだー。もう朝なのだー、一緒に学校に行くのだー」
陽子は、姉の布団を剥がそうと引っ張るも、姉も力を込めて布団を離さない。
涼が、そんな陽子をたしなめた。
「まあまあ、陽子。いいじゃないか。顧問は部活動には、自由参加なんだから」
「全くもー。教師になっても昔から全然性格が変わらないのだー。この面倒臭がりめ! おりゃ」
陽子が、卓袱台を踏み台にジャンプして、体ごと布団にジャンピングボディープレスした。
「ぐはああああああ」
布団の中から、姉の悲鳴が聞こえた。
ぴたりと動かなくなった。
陽子は、何事もなかったかのようにそのままテレビをつけ、流れていた本日の占いを観はじめた。続いて、天気予報に変わる。
天気予報によると、フェーン現象で昼頃にかけて、更にぐんぐんと気温が上昇するらしい。その温度は、まさに真夏日といっても差し支えはないだろう。予想最高気温が37度だと報じられているのだ。
恐ろしい温度だ。この天気予報が流れている間に、私は朝食を済ませた。
「ウサミ、食べ終えたよ。陽ちゃん、涼くんお待たせしました。そろそろ行こうか」
「うん。行こう」
「それにしても、今日って、やっぱり行進の練習をするのかな?」
「どうだろうねえ、うーたん。例年通りだったら、7月から行進練習を始めるのが定例になっているのだ。律子もそういえば、7月から始めるといっていたような気がするのだ」
「そうなの?」
「律子とは、クラスが一緒なのだ」
「暑い場所での練習は、嫌だな。でも、今練習している課題曲をみんなで生で合わせたらどうなるのか、すごくワクワクもしちゃうから、やりたい気持ちとやりたくない気持ちが半々にあるよ」
「そういえば課題曲で思い出したけど、貸してあげたゲームは今、どこまでいったのだ? こないだ4、5,6をクリアして、今は7に取り組んでいるのだよね」
「7も、もうクリアをしちゃった」
「早いのだぁっ! めっちゃ早なのだ!」
「総プレイ時間は41時間だったよ」
涼も、驚きながらいった。
「うさ、どんだけハマってるんだよ。まだ2週間も経ってないじゃないか!」
結構、徹夜でやっていた。
私は、ゲームをやり始めたら、終わるタイミングを中々見いだせず、体力の限界ギリギリまでやりがちなところがあるようだ。
「じゃあ、アルちゃんを部屋から持ってくるね。待っててね」
「おうおう。うーたん、持ってくるのだー」
私は、トロンボーンをバッグに入れて取ってきた。玄関で靴をはきながら、居間に向かって声をかけた。
「お姉ちゃん、本当にこないの?」
「冷房の部屋から出たくないんだもーん。太陽さんが静まって涼しくなったら行くねー」
「ずるーい。お姉ちゃん、ずるいなー」
「あっ。そういえば」
陽子が、何かを思いついたようにいった。
「どうしたの? 陽ちゃん」
「前の顧問も、夏はあまり姿をみせなかったなーって思ったのだ。音楽家は暑さには弱いのかもしれないのだ」
私たちは、家を出た。
学校に到着すると、すぐに音楽室に向かった。
音楽室には冷房が完備されているが、1年振りに起動させてみたところ壊れているようで、使えないことが判明した。そのため部員の誰もが、大汗をかいていた。
開始時間になると、ふらふらしながら部長が前にやってきた。みんなに向って、いった。
「それじゃあ。これから練習を始めるであります。練習中は暑いだろうけど、頑張るでありま……す。ね……」
バタン。
部長、倒れた。
私たちは、すぐに近くに駆け寄った。陽子が声をかけた。
「律子、大丈夫なのだ? 保健室に行くかなのだ?」
「だ、大丈夫。私は急な温度変化のあった日は、いつもこうなるのであります。気にしなくていいのであります」
「とりあえず、水を飲んで。僕の水筒でよければだけど」
涼は、水筒に水を入れて、部長に差し出した。
「涼さんと……間接キッス……でありますか……」
「えっ? まだ今日は一口も飲んでいないから、間接キッスにはならないと思うけど、いらない?」
「い、いえ。ほしいです! ください……あっ」
部長、突然、顔を真っ赤にした。周囲の部員たちが心配そうに自分を見つめていることに、気づいたからだろうか。
「わ、私は大丈夫であります。みなさーん、早く、練習しにいくでありますよー」
部長は、立ち上がった。
「……また改めて校内放送でお知らせますが、12時ぐらいまでに昼食をとっておくであります。その後、行進の合同練習を始めるでありますから」
「「「はーいー」」」
部長はその後、涼から差し出された水を飲んだ。頬を赤らめていた。
私たちは、音楽室を出ると、いつものように生徒会室に向かった。廊下を歩きながら、話をした。
「校内、はすっごくムシムシしているね」
「これから37度にもなるんでしょ? ウサミ、今からすごく心配だよ……」
ふみちゃんが、顔をしかめる。
「宇佐美ちゃん、怖いこといわないでぇ……。37度なの? なんでそんな怯えさせるようなことをいうのぉ」
「ごめんごめん。それにしても部長、大丈夫かなあ? そんなに暑くなるのに」
「律子は、私たちと違って、随分と体が弱いのだ」
「確かぁ、入院して留年したといっていましたねぇ。律子部長、今日は無理せずに、ずっと冷房の部屋にいたほうがいいんじゃないのですかねぇ」
陽子は、首を振った。
「体を慣らしていくしかないのだ。それにずっと冷房の部屋ばかりにいたら逆に危険なのだ。私たちだって、冷房の部屋ばかりにいたら、死ぬかもしれないのだよ?」
「えっ? 死ぬぅ? そんなの初耳ですぅ」
「私たちって汗をかくのだろ? 汗をかいて体の水分を外に放出することは、体温を下げるって役割があるのだよ」
「へぇ。なるほどぉ」
「もしもふーみんが、ずっと冷房の効いた部屋にいたとするのだ。すると体は夏だと認識しないのだ。そのため、水を飲んで外に出ても汗が出ない。体が、夏だと認識していないからなのだ。汗が出ないので体温が下がらない。その間も、直射日光を受け続けて体温は上っていく。そして、熱中症になって倒れるのだ。結局、誰に気づかれる事もなく死んでいくのだよ」
「死ぬって大げさな……」
「倒れても誰かに介抱してもらえると考える方がどうかしているのだー。介抱してもらえない可能性だってあるのだ」
確かにその通りかもしれない。
「対策としては体に夏だと認識させる方法しかないのだ。だから、律子はある意味、季節の変わり目は勝負所なのだ。我慢のしどころなのだ」
「冷房はぁ、ほどほどにってことですねぇ」
そんな話をしながら廊下を歩いていたが、生徒会室に入るやすぐに、私たちは冷房をオンにした。涼しい空気が流れてきた。
「それにしても、演奏しながらの行進練習って、どんな感じなんだろう。ウサミたち、ゴールデンウィークでの経験しかないもん」
「綺麗に決まったら、すっごく達成感があるよ。今日、できるかもね」
私たちは、コーヒーと茶菓子を食べながらいつものように談笑をした。その後に、トロンボーンの練習を行った。
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