第9話

 ……と思ったが、ふみちゃんは私が出した教科書を、机の上から邪魔だといわんばかりに、どかした。


 私は、ぽかーんとしながら、ふみちゃんを眺めた。彼女は、人差し指を立てていった。


「宇佐美ちゃん、勉強のコツはいろいろあるのょ。でもね1番大事なのは、脳に熱をもたさせることなのぉ」


 脳に熱?

 意味が分からない。


 まさかだが、アイロンを押し付けるとかいいださないのかなと、私は警戒した。


「宇佐美ちゃん、もしかしてだけれどぉ、アイロンなんかを頭に押しつけられて熱を伝道させられるとかぁ、そう思ってたりしなぃ?」


「す、すごーい、なんで分かったの?」


 考えが読まれた。


「だって、宇佐美ちゃんの顔色が真っ青だったもん。たぶん……間違ったことを想像しているのかなって思ったのぉ。ちなみに、全くの勘違いだからねぇ」


 ふみちゃんは、そういって、机からファイルを取り出してきた。


 卓袱台の上でファイルを開いた。そこには、脳の断片図らしき写真があった。


 部分部分に赤色やオレンジ色がついている。ふみちゃんが説明した。


「これはね、脳の断面図なのぉ。っで、このオレンジ色や赤色が熱を出している部分。脳ってこういう熱を出すのぉ。活発に動いた時にねぇ。わかったぁ?」


 私は、精一杯の苦笑いをした。


「ふみちゃん……。ごめん、ウサミにはまったく意味が分からないよ。ウサミはね……」


 そこまでいったところで、ふみちゃんが、手を前に出した。


「宇佐美ちゃん、みなまでいうな。分かってるょ。宇佐美ちゃんは、どうやったら熱を出せるのかってことが知りたいんでしょ?」


「い、いや……そういうことじゃなくて……追試の……」


「大丈夫だよ、宇佐美ちゃん! 心配ご無用ぉ」


 ふみちゃんは、押入れを開け、中からヘルメットのようなものを出した。


「じゃじゃーん。このヘルメットを被れば大丈夫ょ。私の手製なのぉ。私の発明品」


 発明品? 危険はないのだろうか。ヘルメットから、なぜかコンセントがでているが……。


「すごいね、このヘルメット、どうやって作ったの? そして、安全なの?」


「私も頻繁に使っているから安全だょ。潰れた病院から安値で購入した旧型の機器を分解して、それを改造して小型化したものなのぉ。ロジック的には、過去のものをそのまま使っているから、最新型には負けるだろうけど、現在特許、申請中ょ」


「宇佐美にはよくすごさが理解できないけれど、まだ中学1年生なのにこんなの作っちゃうふみちゃんは十分にすごいと思うって……えっ、なになになに?」


 ふみちゃんは、いきなり私の頭にヘルメットを被せてきた。


 私は、じたばたするも、もう被せられた。


「宇佐美ちゃん、暴れないで! じっとしないと、死ぬわょ」


「えー。な、なにそれ! なんだか怖いよおー」


 涙目になりながらも、いわれるまま、じっとした。


 ふみちゃんはお構いなく、コンセントを電源に入れた。ぴかっと光った。私は焦った。


 テレビだと思っていた画面が突然ついて、脳の断面図が移った。


 これはまさか、私の脳の断面図?


「えへへ。これでね、宇佐美ちゃんの、脳のどの部位が活発に働いてるかが分かるのぉ。でもー! ほとんど真っ黒じゃなぃ。宇佐美ちゃん、駄目だょ、これじゃ赤点とってもおかしくないょ」


 ふみちゃんは、私の被っていたヘルメットを脱がせて、今度は彼女自身が被った。


 ぴかっと光った後、今度は画面にふみちゃんの脳の断面図が映し出された。赤色やオレンジ色の部位が、たくさんあった。


「これが私の脳だょ。宇佐美ちゃんと全然違って熱を持っているでしょ? でもね、宇佐美ちゃん、大丈夫だからねぇ。脳は鍛えられるのぉ。脳って筋肉と同じなのぉ。どうかな? 鍛えてみる?」


「………………………………鍛えたら、追試に合格できる?」


「もちろんだよぉ。宇佐美ちゃん!」


 ふみちゃんは、力強くいった。私はその言葉に、背中を押された思いがした。


「わかった。ウサミ、鍛えたい。そして追試に合格したい」


「だったら、まずはこのヘルメットをもう一度被ってねぇ」


 私は、ふみちゃんからヘルメットを渡されると、それを被った。ぴかっと光る。


 画面をみると、やっぱり真っ暗な脳だ。


「じゃぁ、頭に熱を持たせる特訓1、『後出しジャンケン』だょ」


「『後出しジャンケン』? ずる勝ちってこと?」


「そぅ。これから私と宇佐美ちゃんはじゃんけんで勝負をするのぉ。宇佐美ちゃんは私が出したあとに、私に勝てる手を出してねぇ。例えば、私がグーを出したら、パーを出すようにぃ。ただし、できるだけ早く出さなくちゃ駄目だょ。遅くても0.5秒以内。ルールは分かったぁ?」


 私は、頷いた。


「うん。分かった! 『後出しジャンケン』でふみちゃんに勝てばいいんだね。いつでもいいよ」


「よーし、なら始めるょ。ジャンケーン、ポン」


「ポン!」


 ふみちゃんはチョキを出した。私は少し遅れてグーを出した。


「もっと早く。もっと早く出してね、宇佐美ちゃん!」


「うん。宇佐美、頑張るよ」


「ジャンケン、ポン!」


「ジャンケン、ポン!」


「ジャンケン、ポン!」


「ジャンケン、ポン!」


「ジャンケン、ポン!」


「ジャンケン、ポン!」


「ジャンケン、ポン!」


「ジャンケン、ポン!」


「ジャンケン、ポン!」


「ジャンケン、ポン!」


「ジャンケン、ポン!」


「ジャンケン、ポン!」


「ジャンケン、ポン!」


 ふみちゃんは一旦、じゃんけんを止めて、ヘルメットをぴかっとさせた。画面を見る。


「あっ、熱がでてるぅ。ほらほら、宇佐美ちゃん、みてみて、オレンジ色の部分が現われているょ。この調子で、たくさん脳に熱を持たせようねぇ。今度は、私が今からいう単語をすぐに逆さまから読んでねぇ! いくよぉ! 『たんこぶ』」


「ぶ……こ……んた?」


「『ちりめんじゃこ』」


「こ……や……じん……うぅぅ……難しいよお、ふみちゃん」


「難しくても、やらなくちゃ! 宇佐美ちゃん!」


 こうして、私とふみちゃんの勉強会……かどうかは分からないが、頭をよくするための特訓が続いた。


 気づけば、窓の外は暗くなっていた。私の脳も次第に熱を持ってきたようだ。色々な部分でオレンジ色や赤色が出ている。自分でも、頭の回転が激しくなったような気がした。


 ふみちゃんいわく私は、『ゾーン』という領域に入っているらしい。『ゾーン』に入ると、全く疲れを感じず、時間があっという間に過ぎ去る感覚になるという。


 ふみちゃんは、私にいった。


「宇佐美ちゃん、今夜は泊まっていってょ。もっともっと熱をあげるょ」


「うん、分かったよ! ふみちゃん」


 私は、姉に電話をして、勉強会のため、ふみちゃんの家に泊まっていくことを告げた。


 そして、私とふみちゃんはその後も、頭の熱をあげるための様々なゲームをやった。


 気づくと、窓から光が漏れていた。


「ふみちゃん……結局、徹夜しちゃったね」


「うん……そうだねぇ、宇佐美ちゃん……」


「さすがに疲れに疲れて、頭が真っ黒に戻っちゃったよ。どこも活性化してなくて、しかも全く数学の勉強をしていないよ。追試は明日だっていうのに……うぇえええん」


 私は、何という無駄な時間を過ごしていたのかと、今更ながらその事実に気づき、泣き出した。


 ふみちゃんが、私の背中をさすった。


「宇佐美ちゃん、大丈夫だから。大丈夫だから泣かないでぇ! 今日は私が宇佐美ちゃんの家に泊まりに行って、追試で合格できるまで、数学を教えてあげるわぁ」


「え、本当? でも、なんでそこまでしてくれるの?」


「私はね、中途半端が大嫌いなのぉ。やるなら徹底的にやらないと気がすまない性格なのょ」


「そ、そうなんだ……わ、わーい……や、やったあ……あ」


 ふみちゃんの目に、執念の炎が燃えているのが見えた。


 この瞬間、彼女のすごさの一端を垣間見たような気がした。全国模試で1位になったのは、ふみちゃんのこの性格にあるようだ。


 私は、この日、ふみちゃんのスパルタ学習指導にあたった。眠ることを許してもらえず二徹した。追試は……なんとか合格。


 試験後、私は倒れ込むようにその場で眠った。頭を酷使し過ぎたせいだろう。深く眠り過ぎたため、先生がどれほど起こそうと私の体を揺らしても、全く起きる気配がなかったという。私がよもや突然死したのかと危惧したそうで、救急車を呼んだらしい。


 まわりが大騒ぎになっている間、私は、トロンボーンを気持ちよく吹いている夢を見ていた。


 曲名は『キューピー3分クッキングのテーマ曲』。


 まずラッパを吹きながら、たらこキューピーたちがマーチングをしながらやってきた。それを見た私は、とっさにトロンボーンを咥えた。


 気づけば、周囲でドラムなどの上でジャンプしながら音を奏でているキューピーやらサックスを演奏しているキューピーまでも現われていた。私も、彼らに負けじと、トロンボーンを演奏した。


 彼らとの共演は、とても楽しかった。

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