第8話
中学生となって初の試験……中間テストの日がついに訪れた。
私は日頃から宿題を欠かさずにやっており、予習復習もしていた。しかし、数学で赤点を取ってしまった。
学園の校則では、赤点をとったままでは部活に参加することが出来なくなるばかりか、進級の是非にも影響が出る可能性があるという。
私は、明後日に行われる『数学の追試』での合格点突破を目指し、猛勉強を開始した。
だが、私には根本的に数学の才能が皆無らしい。教科書を何度読んでも、まったくのチンプンカンプンなのだ。
部屋の中で頭を抱えこんで悩んでいると、姉がやってきた。
「うさちゃん。お姉ちゃん、うさちゃんが数学で赤点を取ったって聞いたよ! 同じ学園で教師をしているお姉ちゃんの面目が丸潰れだよー」
「だったら、お姉ちゃん、勉強教えてよ。ぶーぶー」
「いいわよー。お姉ちゃんに、見せてみてー」
私は、中間テストの問題用紙を姉に渡した。姉は、じっと用紙を見つめた。
「ウサミ、最初の1問目は正解していたから、2問目から順番に教えてね」
私は、追試に合格し、早くトロンボーンの練習に戻りたいと思っていた。今、新しい課題曲を練習中している最中なのだが、テスト期間中は部活動が禁止となっており、消化不良気味なのだ。体がウズウズする。
まるで、麻薬中毒者が麻薬を求めるがごとくに、私はトロンボーンでの練習を求めていた。
姉が無言なので、振り向くと、姉はわなわなと青ざめた顔で、震えていた。
「お、お姉ちゃん……どうしたの?」
「こ、こんな難しいものを……中学校1年生からやっているの? そういえばお姉ちゃんも数学の成績はダメダメだったことを、たった今思い出しちゃったわ。あわわわ……。お姉ちゃん、目が回ってきた」
パタリと横になって倒れた。
「ちょ、ちょっとお姉ちゃん! 大丈夫?」
横になった姉を揺するも、ボーっとしたままだ。頭から、プシューっとロボットのように湯気も出ている。
本当に、大丈夫なのだろうか?
「お姉ちゃん、ひ、久々に頭を酷使し過ぎてパンクしちゃったみたいなのー」
「パンクっていうか、中学校1年生の数学の問題だよ! 大学まで出たのにパンクなんてしないで!」
どうやら私が数学が苦手なのは、遺伝なのかもしれない。脳の数学を考える時に使われる部分が、著しく鈍いのだろう。
「お姉ちゃんには到底無理よ、こんな難題……同級生のあの子に教えてもらえばいいじゃない。龍崎さん。彼女、入学直後に行った全国模試で1番を取って、学園の教師の間でも有名な生徒なのよー」
「え? ふみちゃんが? 1番って校内のじゃなくて?」
ふみちゃん、そんなに頭がいいのか。
姉は、横になりながら頷いた。
「そうよー。うさちゃんの順位が50万9752番だったこないだの模試で1位だったんだから」
「なんで……ウサミも、まだ知らない模試の順位を知っているの?」
「……………………………………。来週には、模試の結果が配られると思うわー」
「教師の職権乱用だー。中等部と高等部で違うのに、妹のテストの結果を、妹より早く見るなー!」
「えーえー。だって気になるんだもん。うさちゃんの担任の先生にちょちょいと聞けばすぐに教えてくれたわよ」
「お姉ちゃん。親しき者にも礼儀あり! 二度とウサミの模試の結果を担任に訊かないでね! 中間テストも期末テストも一緒だよ!」
「ぶーぶー。うさちゃん、反抗期だー」
「ぶーぶーじゃないよー! 反抗期でもないよー。もし今度、こそこそ同じことをしたら、ウサミ、お姉ちゃんのこと一生、大嫌いになるから」
「ガーン。うさちゃんが不良になった……オヨヨヨ」
「なってなーい!」
その後、私はふみちゃんに電話をかけて、遊びに行く約束をした。
ふみちゃんの家は、それほど遠く離れていない。隣の地区の小学校に通っていたらしく、自転車で30分もあれば着ける距離のようだ。
私は、さっそく自転車に乗って彼女の家に向かった。道順については電話で細かく聞いた。分からなかったら、また電話すればいい。
しかし、極度の方向音痴の私は、電話を何度もかけながらも、道に迷いに迷って、到着するのに2時間もかかってしまった。
すっごいロスタイムだ!
ようやく、ふみちゃんの家の表札を発見し、ヘトヘトになりながらもチャイムを鳴らした。
すぐにふみちゃんが、出てきた。
「いらっしゃーぃ。ようやく、たどり着いたねぇ。こんなに迷うのなら、私が宇佐美ちゃんの家に迎えに行けばよかったょ。入ってぇ入ってぇ」
「おじゃましまーす」
ふみちゃんの家の中にあがった。ごくごく普通の一般家庭で、うちと広さはそれほど変わらないようだ。
ふみちゃんの部屋は2階で、部屋に入ると、ふみちゃんが飲み物を運んできてくれた。
「ふみちゃん、いきなりだけど、勉強教えてよ」
私は、いきなり本題に入った。それがいけなかったのか、ふみは眉を寄せた。
「えー。やだょ。遊びにきたんじゃないのぉ?」
断られた……。
「本当にお願い。ウサミ、このお礼は何でもするから。ね? ふみちゃん、頭いいって聞いたから頼りにしているの」
「な、何でもするって……なんでも?」
突然、ふみちゃんが、顔を赤らめながらモジモジし始めた。
何か、猛烈に嫌な予感がした。
「もちろん、ウサミにできないことだったら無理だけど、できる範囲だったら……いいよ……」
「できるよ。宇佐美ちゃんだったら、できる。ねえねえ、宇佐美ちゃんって……涼先輩の写真って持ってたりしない?」
なんだ、涼の写真がほしいのか。だったらラッキーだ。小学校の頃から一緒に撮ったりしていて、写真はたくさんある。しかし、昔の写真しかないが、それでも、いいのだろうか?
「小学校の時に一緒に撮った写真ならたくさんあるけど、最近の写真がいいのなら、明日、涼くんに写真を撮らせてもらうように頼んでみるね」
「う、宇佐美ちゃん。昔のでいいの。むしろ昔のほうがいぃ! ちなみに、昔のって……どれくらい昔の? 赤ちゃんの時のも、あるのぉ? はぁ、はぁ、はぁ」
ふみちゃんは、私の両肩を強く握り、揺らしながら顔を寄せてきた。頬が赤く染まっていて息が荒い。正直、かなり怖い。
「ちょ、ちょっと、ふみちゃん興奮し過ぎだよ。ウサミに、顔近づけ過ぎっ。小学校三年生とかの頃のが多いかなぁ。家に戻って確認しないと分からないけど」
「ぜひ、それをちょうだぃ!」
「……うん。明日もってくるね。でも、よかったの? そんな昔のでも?」
「いいのぉ。約束だからねぇ? 指切りげんまんだょ?」
「じゃあ…………。明日もってくるね」
私とふみちゃんは、指切りげんまんした。
『うそついたらはりせんぼんのーます』のところ『うそついたらはりせんぼん《リアルに》のーます』といわれた時、背筋がゾクりとした。
ふみちゃんが、涼の小学校時代の写真をどうするつもりかは知らない。でも、これで数学の追試は乗り切れるだろう。
なんといっても、全国模試1位のふみちゃんに教えてもらえるのだ。根拠はないが、追試では、ぎりぎりの合格点どころか、満点さえ狙える気がした。
ふふふふ。頭のいい子が近くにいてくれて助かった。
部屋の中央の卓袱台の上に教科書を出して、勉強を開始。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます