第7話
なんと猟友会の方々がクマを狩ったらしいのだ。彼らは、そのクマをキャンプ場まで運んできた。
私たちが、クマと遭遇して逃げてきたことを伝えると、奇遇だねといわれ、その場でクマを捌いて、肉を分けてくれた。
山菜は取れなかったが本日はクマ肉を食べれるようだ。また、姉は夕食の材料も予約していたようで、ちゃんとバーベキューを楽しむことができた。
姉も、もう社会人なのだ。突飛な行動は、もうしない。
おそらく……。
バーベキューはトロンボーン1、2、3班が、一ヵ所に集まって、談笑しながら網焼きを楽しんだ。その最中、姉が皿を持ってやってきた。
「あらあらー。みなさーん。美味しそうに焼いていますねー盛り上がってますねー」
「お姉ちゃん! うん。ウサミたち、美味しく食べているよ」
「よかったねえ。お姉ちゃんはまだ食べられないのー。おすそ分けしてもらったクマのお肉をみんなに配り終えなくちゃねー。みなさんの人数分、置いていきますねー」
姉は、勝手に網の上にトロンボーン班の人数分の肉を置いていった。
「みなさん、食事が済んだらキャンプファイヤーを囲んでの練習がありますので、たっぷりと栄養をつけてくださいねー」
姉は、そういって、他の楽器班に向っていった。
私は、隣でモグモグゴックンしている陽子に話しかけた。
「キャンプファイヤー、ついにだね」
「今夜で、長々と練習してきた『SWING、SWING、SWING』も一旦は終わりになると考えると、ちょっと寂しいものがあるのだ。次は、また来年になるなのだ。私と涼もまだ残っているけど、今度はうーたんが新入生に、この曲を通じてトロンボーンのイロハを教えるのだよ」
「うん。ウサミ、頑張る」
ジュー。
網の上で、姉が置いていったクマ肉がいい具合に焼けてきた。
「それにしても、クマってどんな味がするんだろうね、陽ちゃん?」
陽子は、首を傾げた。
「中華料理店ではクマの手は超高級で、一つ10万円はすると聞いたことがあるのだ。だから、まずくはないと思うのだ」
「10万円もするんだー。へぇー。確かに超高級な中華料理屋にはクマ肉が売ってそう」
こんがりと焼けた肉から、妙に美味しそうな匂いがした……。
私は、トングで肉を一切れつかむと皿に載せた。パクりと食べてみる。
「お、美味しいっ!」
「本当に? よーし、だったら私も食べるのだ。いただきますなのだ」
ぱくり。陽子は、満面の笑みとなる。
「うまいのだ!」
「クマ肉って美味しいんだね」
クマ肉、美味しかった。
でも、また山の中で遭遇したら、捕まえようとせずに、一目散で逃げるだろう。逆に、美味しく食べられてしまうかもしれない。
食事を終えると、私たちは、キャンプファイヤーを行うために、広場に集まった。
薪の積み上げなどの準備は、施設の係員がやってくれたようだ。あとは火を点けるだけの状態となっている。
食事中に離れていた、ふみちゃんとも合流。
ふみちゃんは、クマ肉の味について感想をしきりに訊いてきた。さっきまでクマが怖いといっていたのに、今ではクマが好きだといっている。
「それにしても、完全に暗くなったね。さっきまで、まだ若干、明るかったのにね」
「そうだねぇ。でも今は5月だから、これからもっともっと日は伸びていくと思うょ」
もう、周囲は完全な暗闇だ。電灯はあるにはあるが、遠方に数本しかなくて薄暗い。
ふみちゃんと2人で、空を見上げていると、姉の声が聴こえた。
「さあ。みなさーん、火を灯しますよー。今練習してる課題曲の、最初で最後の演奏会も始めまーす。楽器を用意して、集まってくださーい」
「じゃあ、行こうか、宇佐美ちゃん!」
みんなが集まるのを確認すると、姉は薪に火を灯した。火はぐんぐんと燃え盛っていく。ふみちゃんは興味津々で、さらに薪の近くまでいった。
私は、火の粉が飛んでくるのが怖いので、それほど近づけない。
でも……。
「うわああー、すごいなあ」
自然の力強さを感じた。じっと見つめていると、いつのまにか隣に涼が立っているのに気がついた。
「確かにすごいね。僕は去年も見たけれど、これは何度見ても圧倒されるよ。燃え上がって様子、きっとこの先もずっと印象に残ると思うよ」
「そうだね。ウサミも、すっごく圧倒されちゃったよ」
しばらくして、部長が演奏を開始すると、号令を発した。
「おーい、早く早く。うーたん、涼!」
燃え盛る薪のそばで、陽子とふみちゃんが手を振って呼んできた。
「ウサミちゃん、涼先輩。一緒に並んで、演奏をしましょーょ」
「じゃあ、僕たちも行こうか」
「うん」
私と涼は、2人の元に駆け寄った。
そして、キャンプファイヤーをしながらの初となる部全体でのマーチング行進が行われた。ただただ、燃え盛る薪の周囲をぐるぐるまわり、これまで飽きるほどに練習してきた曲を演奏するだけだが、妙に楽しくて、浮かれた気分になってきた。
まるで、求めていたパズルのピースがようやく見つかって、パズルを完成させられた……そんな達成感とも高揚感ともいえる気分になった。
この『SWING、SWING、SWING』という一つの曲を3時間、エンドレスで演奏し続けながら、中央の燃え盛る薪の周りをぐるぐる行進するのが、マーチング部の伝統らしい。
疲れたら演奏せずに、そのまま歩くだけでもよい。途中でギブアップしたりトイレに行くために列から抜けることも、各自の自由である。
ただし、私は尿意なども忘れ3時間、夢中になって最後までこの演奏と行進を続けた。
まるで、ランナーズハイのような状態になった。
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