第5話

 マーチング部に所属して数週間が経つと、練習を真面目にやっていたおかげもあって、結構、まともに吹けるようになってきた。そんな時だった。重大な話を聞いた。


 マーチングの全国大会というものがあるのだが、今年度はその大会に出場できないらしいのだ。出場資格が、私たちにはないという。


 それを聞いた時、私は陽子に詰め寄った。


「陽ちゃん、ウサミたちが頑張って練習しても、どんだけ上手になっても、大会には出場できないの?」


「うん。無理なのだ……」


「えーん、大会に出場したいよ」


「でもなあ、こればかりはこっちではどうすることも出来ない問題なのだ」


 『三出制度』というものがあるらしい。これは、全国大会出場を決める大会において、3連続で全国大会に出場した学校は、その翌年の参加資格が失われるという制度だ。


 今年度は、その3連続全国出場明けの年で、どれだけ頑張っても出場できないという。


「鼻クソみたいなルールですねぇ。本当に、ふざけていますぅ! 教育委員会は、連盟か協会か知りませんが、抗議すべきですぅ」


 ふみちゃんが、憤慨している。


「陽子先輩、考えてみてくださいょ。私たちは中学生ですが甲子園を目指す高校球児だったとしますょ。甲子園に連続で3回出場したからといって、翌年はどれだけ頑張っても甲子園にいけないよ、と宣言されることと同じ意味ですよねぇ? そんなふざけたルールが考えられますかぁ?」


「ふ、ふーみん。私を責めないほしいのだ。私が何か悪いことをしたわけではないのだ」


 ふみちゃんが陽子につっかかり、陽子はたじろいでいる。


 涼が、苦笑しながら説明した。


「まあ、過去に一回、この三出制度が廃止になったことはあるんだよね」


 涼の説明に聞く限りでは、この『三出制度』というものは吹奏楽界全体のレベルの向上の為に作られた制度らしい。


 少数の強豪校が毎年全国大会に出場する常連となった場合、他の学校がどうせ練習しても無理だろうと諦めるマインドになるらしく、それを阻止するのが目的だそうだ。


 一旦は解除された制度だが、まだ機は熟していなかったという判断をされ、再び制度が復活したらしい。また、吹奏楽の大会でも同じことがいえた。今年度、うちの部は、どの大会にも出場できない状態なのだ。


「これじゃあ。やっぱり、どれだけ頑張っても、大会で活躍はできないよ。ウサミ、悲しいよ」


「うさ、世の中は諦めるないといけないこともたくさんあるんだよ。今年力をつけて、来年頑張ればいいさ。僕たちも部長だってまだ在籍してるし」


 ふみちゃんが、不思議そうに訊いた。


「あれぇ? 部長は3年生じゃなくて2年生なのですかぁ?」


「昨年、長く入院していたせいで、ぎりぎり出席日数が足りなくなってね、早い話、ダブっているんだよ」


「そうでしたかぁ……。でも、涼先輩。今の3年生は大会に出場できないのに、何のために練習をしているのですぅ? 目標とかあるのですかぁ?」


「目標はそれぞれあると思う。確かに大会には出場はできないけど、幼稚園とか老人ホームに演奏を披露しに行ったり、学園側が主催する演奏会もあるから、練習しても無駄にはならないよ。それにうちには将来、プロを狙っている人もたくさんいるんだよ」


「ふーん」


 ふみちゃんは、それでも納得できないといった様子で頷いた。


 陽子が、いった。


「ふーみん。そもそも大会に出場できてもできなくても、演奏は楽しいものには変わりないないのだ。同じように楽しいイベントもたくさんあるのだ。もうすぐゴールデンウィークなのだ。マーチング部には、毎年恒例のイベントがあるのだ」


「イベント?」


 陽子は、手を広げていった。


「野外練習という名目でキャンプをしに行くのだ」


「キャンプですか?」


「夜はバーベキューをして、キャンプファイヤーだってするのだ。うちの部員は、毎年たくさんいるから、親交を深める意味も兼ねるのだ」


「うわあ。たしかに……バーベキュー。キャンプファイヤー……どれもテンションをあげるものばかりですょ」


「テントの中で一晩を過ごすのも、普段と違う経験をするわけだから、きっと思い出に残るのだ」


 キャンプ。私はこれまで経験がないので、とても楽しみに思えた。


 その後、ゴールデンウィークに行われるというキャンプを話題に、私たちは談笑した。


 しばらくしてから、涼が立った。


「よし、練習しようか。『SWING、SWING、SWING』。ちなみにこの曲、今年度のテーマとして決めたジブリとFFとは全く関係のない曲だけど、ゴールデンウィークでのキャンプファイヤーの時に演奏するのがうちの恒例になっているから、それまでには吹けるようになってね」


「「はーい」」


 私とふみちゃんは、挙手しながら返事した。


「ウサミ。早く弾けるようになって、みんなと音合わせを、してみたいな」


 『SWING、SWING、SWING』とは、ジャズが最も大衆的な人気と注目を集めていた時代を代表する曲らしい。


 まだ、一度も部全体で音を合わせたことがない。合わせる予定もないと聞く。班別に練習を繰り返して、最後の最後に一度だけ合わせてお仕舞いという、打ち上げ花火のような課題曲だ。


 私は、トロンボーンを構えて、4人での合わせ練習をした。イヤホンから小さい音量で、全体の演奏を流しながら、そのリズムに合わせて吹く。


 これだけでも随分と楽しかった。


 他の部員達と生の音を合わせ合ったら、どれだけ楽しくなるだろうかと、今からワクワクした。


 数日後。ゴールデンウィークの前日に、私たちは帰宅中、駄菓子屋に寄った。


 駄菓子屋は、ちょうど4人の帰宅路にあった。


「うさ、ちょっと買い過ぎじゃないのかな」


「そうだよ。宇佐美ちゃん、もうカゴから崩れ落ちそうだょ。よくバランスよく乗せられたねぇ?」


 私は、店の駄菓子をかごの中に詰められるだけ詰めた。それを涼とふみちゃんが、驚いた目で見つめている。


「そうかな。ウサミ、これくらいのお菓子なら普通にペロリと食べちゃうから、全然買い過ぎじゃないと思うよ?」


「そういえば、うさの家で、お菓子が切れているのをみたことがないな。生徒会室に置いている菓子も、この頃、殆んど1日と持たずになくなっているし……」


 私は、痩せの大食いらしい。普通の人と胃の形が違っているのだ。もしかするとキャンプに持っていくバッグの中身が、お菓子ばかりになりそうだ。


 ふみちゃんは、涼のかごの中も覗いた。


「涼先輩は、何のお菓子を選んだのですかぁ?」


「僕は麩菓子が好きだから、麩菓子を多めに購入するつもりだよ。あと、イカの駄菓子も購入しようかなって思っているなあ」


「へえ。涼先輩って麩菓子が好みなんですねぇ。私も同じの購入してもいいですかぁ?」


「うん。いいよ」


 ふみちゃんが、目の前の棚の駄菓子を取ろうとした時、同じ商品を取ろうとした客の手とぶつかった。


 客は、部長だった。ふみちゃんが、顔をあげながらいった。


「あっ……律子部長じゃないですかぁ」


「あら。偶然ね、龍崎さん……でありましたね? お名前」


「はぃ。律子部長も駄菓子を購入しにきたのですかぁ?」


「まあ……そうで……あります……」


「駄菓子、お好きなんですかぁ?」


「べ、別に好きじゃないであります……」


「じゃぁ、残りの一個、私にくださぃ」


「わ、分かったであります……」


「律子部長。手、お菓子から、離してくださぃ?」


「……………………な、なぜであります?」


「だって、くださいっていったら、分かったっていったじゃありませんかぁ」


 部長は、お菓子に手を置いたまま離さない。ふみも同じお菓子の端をぎゅっと掴んだ。2人は、妙な火花を散らし始めた。


「やっぱり、食べたくなったであります。私の方が先に、手に取ったんだし。これは私に購入権があるでありますよね?」


「どうでしょう。一度、放棄しましたからねぇ。なのでこれは私のですねぇ」


 ついには、引っ張り合いとなった。


 私は、ふみちゃんのカゴの中に自分のカゴの中にあった、同じ麩菓子製品を入れた。


「ふみちゃん。ウサミね、この麩菓子、2つ買おうとしてたからこれ、ふみちゃんにあげるよ」


「いいの? 宇佐美ちゃん?」


「うん。いいよ……。だから喧嘩はしないでね?」


 私が買おうとした麩菓子をふみちゃんに譲ることで、この場は収まった。


 それにしても、そんなに2人とも、麩菓子が食べたかったのだろうか? 確かに美味しいけど、そこまで取り合う程の味ではないと思う。


 まさかだが……いや。まさかね。


 涼は、別の場所でイカのお菓子を物色していた。


 私は、そのままレジに向かい、会計を済ませた。そして、私たち店頭で解散した。


 この日の夜、私は自室でお菓子をバッグに詰めて、忘れ物がないか念入りにチェックした。それから、風呂に入りながら、明日のことを想像した。


 どんな一日になるのだろう。心を膨らませながら、風呂をあがった。


 とてもとても楽しみなのだ。


 部屋に戻った時、中に姉がいるのに気づいた。


 ドアの隙間からこっそりと覗くと、姉は私がリュックに詰め込んだお菓子を取り出して、一心不乱に食べていた。


 な、何をしているのだ、あの人。


 私は、勢いよくドアを開けた。


「ちょ、ちょっとお姉ちゃん、何やっているの!」


 姉は、イタズラが見つかった子供のように目を丸くして驚いた。頭をぽりぽりと掻いた。


「だってだってー。お腹が減ったんだもん。うさちゃん、たくさんお菓子を持って帰宅したじゃない。どんなお菓子を買ってきたのかなーって思って覗いてみたら、お菓子が食べて食べてっていってくるから、つい。てへ」


「てへ、じゃないよ。ちゃんと出したお菓子は、リュックの中に詰め直しておいて! それに、お菓子さんは、食べてなんていわないんだから!」


「ごみーんなさーい」


 お菓子の三分の一が、姉に喰われて消滅した。一応、この人、これでもマーチング部の顧問である。


 翌日、学園の校門前で集合し、待機していたバスに乗り込んだ。

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