第3話

 私とふみちゃんの使うトロンボーンは、まだ段ボールに入っているらしく、部屋の隅に置かれているようだ。


「さあさあ、うーたんとふーみん、これの中身が君たちの楽器なのだ。うちの学園は太っ腹だから、部費で各自に楽器が支給されるのだ。これはもう君たちのものなのだ」


「ええぇ! 本当ですかぁ?」


 ふみちゃんが、驚いた。


「こうした楽器ってぇ、メチャクチャ高いのではありませんかぁ?」


 それには、涼が答える。


「ピンキリだけど、うちで使っているのはおそらく30万はするだろうね。メーカーがただ同然の値で提供してくれるけど」


 おお。すごい。


 つまり、校用品ではなく、自分自身の所有物にすることができるわけだ。


「涼くん、そ、そんな高いの! いいのかな? ウサミたちがもらっちゃって?」


「いいよ。うちの学校のマーチング部から、毎年プロが平均して1人は出てるらしいんだよね。これってすごいことだよ。だからメーカーはうちへの楽器の支給を宣伝費として考えているらしい」


 陽子が、続いた。


「そうなのだ。CMなんてものは一本流せば数千万円もかかるのだ。だから、将来的な投資としてメーカー側が赤字覚悟で、私たちに楽器を安値で売るのだ。プロになったら、そのまま使ってもらえると算段がつくでしょう? 結果的にそれが宣伝効果を生んで、メーカー側が利するという考え方なのだ。有名な人が使っているものは、自分たちも使ってみたくなるのが人の心理だのだ」


 陽子が話している間、涼が段ボールを私とふみちゃんの目の前に運んできた。


「さっそく開いてみなよ。これ、龍崎さんとうさのだからね」


 目の前の段ボールをじっと見つめた。ふみちゃんとアイコンタクトをとってから、再び涼と陽子に視線を向けた。


「いいの?」


「「もちろん、どーぞ」」


 私とふみちゃんは、段ボールを開いた。そして、中から新品のトロンボーンを取り出した。キラキラと輝いている。私は妙な感動を覚えた。


「ねえねえ、ウサミこれに名前つけてもいいかなあ?」


「どーぞなのだ、私たちもすでに名前は付けているのだ」


 どんな名前かを訊いたところ、ギルちゃんとエクスくんという名前をつけたらしい。


 名前の由来は、今年度のテーマ曲にも関係があるという。


 『ギルガメッシュ』と『エクスカリバー』。


「格好いい名前でしょー」


「う……うん。とっても格好いい名前だね」


 私は、無理矢理笑みを造りながらいった。


「じゃあ、ウサミは、なににしようかなー」


「カトプレパスは? メデューサは? バシリスクも格好いいのだよ」


「陽ちゃん、なんだか全部、石化しちゃいそうな名前だね。ウサミ、もうちょっと考えてみることにする」


 大量の金の針が必要になる。


 陽子は、続いてふみちゃんに訊いた。


「ふーみんも名前つけちゃうでしょ? どんな名前にするか決まってないのなら私の名前を付けるといいのだー。毎日、私に口づけしていると思って吹くといいのだー」


「えっ? 名前ですかぁ? もちろん陽子先輩の名前なんてつけませんょ」


 さりげなくスルーした。陽子は、しょげた。


「そうですねぇ……ポチって名前でも付けようかと思いますぅ」


「ポチ?」


「うちで可愛がっている犬の名前ですぅ」


 ちなみに、本物のポチは、まだ生きているということ。


 楽器を組み立て終えると、涼が自分のトロンボーンを手に取った。


「じゃあ、さっそく吹いてみようか! とりあえず音を出してみよう」


 私は、トロンボーンの吹口に口をあてて、一生懸命に吹いた。しかし、思うような音が出ない。


 ふみちゃんも同様に苦戦している様子だ。


「あはは。うーたんとふーみん、2人とも苦戦しているようなのだ。最初は私たちもそうだったのだ。どれどれ、陽子先輩が見本を見せてあげるのだ」


 陽子は、トロンボーンに口をつけて、演奏を始めた。


 曲は『となりのトトロ』のテーマ曲。


 吹き終えると、私とふみちゃんは拍手した。


「すごーい。なんだか、すごいよー」


「陽子先輩、すごいですぅ。ただの馬鹿な先輩だとあなどってしましたぁ。トトロ、小学生の頃にアニメで何度も繰り返して観ていましたぁ。懐かしくなりましたぁ」


「うさも龍崎さんも、練習すればここまで、すぐに吹けるようになるのだ」


「そうかな? 涼くん」


「練習すれば、だけどね」


 陽子は、ぱんぱん、と手を叩いた。


「さー、練習練習。ビシバシいくのだー。覚悟しているのだー」


「「はーい」」


 私とふみちゃんは、プップクプーと吹いて練習した。


 この日、そのまま生徒会室で解散となった。翌日からは朝練があり、練習は朝7時から始まるらしい。


 ピンポーン。


 まだ、完全に明るくなっていない時間帯に玄関のチャイムが鳴った。ドアを開けると、陽子と涼がいた。


「おっはー。うーたん、迎えにきたのだ」


「うさ、迎えに来てなんだけど朝練は、無理してでる必要はないからね。一年生は学校に慣れるために、一学期の間は朝練に出ても出なくてもどちらでもいいんだよ」


 私は、かぶりを振った。


「ううん。ウサミ、早く上手くなりたい。だから朝練に参加させてもらうよ」


「うん! なら、行こうか」


 後ろでガラガラと扉が開いた。


 姉が、顔だけ出して、私たちに手を振っていた。


「頑張ってねー」


 顧問なのに姉は、朝練に出る気はまるでない様子だ。


 まあ、顧問の参加は強制ではないというので、一向に構わないが。


 校舎に入り、あくびをしながら生徒会室に向っていると、すでに登校して待っていたふみちゃんを見つけた。


「あっ、おはようございまーすぅ」


「おはよーふみちゃん」


「うさみちゃん、おはよぅ」


 ふみちゃんとは、昨日のうちに随分と仲良しになった。


「もう来てたんだね。龍崎さんも朝練はまだ、無理に参加しなくてもいいんだよ?」


「いいんですぅ。私、練習して早く自分のトロンボーンを吹けるようになりたいんですぅ」


 涼は、ポケットから鍵を取り出した。生徒会室のドアをガチャガチャさせながら開ける。


「それはいい意気込みだね。やる気を感じるよ」


 生徒会室に入ると、まず私たちはバッグからトロンボーンを取り出した。そんな中、ふみちゃんが訊いた。


「それにしても練習、どうして音楽室で集まってみんなでやらないのですかぁ?」


「龍崎さんは当日遅れてきたから見なかったと思うけど、うちって134名も部員がいるんだよ。一同に集まっても、人数が多過ぎて混乱するだけだから、基本的には、こうして班ごとに分かれて独自に練習するんだよね」


「134名も所属しているのですかぁ! すごいですねぇー」


 ふみちゃんは、純粋に驚いていた。私はふみちゃんにいった。


「トロンボーン班はね、ウサミたちの他にも、まだあるんだってー」


「へぇー。そうなんだぁ」


 私はトロンボーンを手に持ち、陽子と涼にいった。


「じゃあ涼くん陽ちゃん。4人揃ったし、始めようよ」


「えっ? なにを始めるのだ?」


 陽子は、コーヒーを淹れながら目をぱちくりさせた。机の上に、バッグからお菓子がどさーっと出さす。


 何をしているのだろう?

 陽子が椅子に座った。涼も同じように座った。バッグから出したばかりのトロンボーンが、置かれている。


「あれれ?」


「うん? どうしたの、うさ?」


「練習をするんじゃないの?」


 陽子が、コーヒーを飲みながらいった。


「ほら、朝ってすぐに調子がでないのが普通なのだ。だから、最初はおしゃべりとかしながらテンションをあげていくのだ。他の班はどうかしらないけれどさ。ほら、うーたんもふーみんも座るのだ、座るのだ」


「う、うん」


 私とふみちゃんも、椅子に座った。陽子が淹れてくれたコーヒーをズズズと飲む。


 ふみちゃんは、涼に訊いた。


「涼先輩、私たちが最初に練習する曲ってなんですかぁ?」


「まずは『やさしさに包まれたなら』。魔女の宅急便のエンディングテーマだよ。今年度のテーマはジブリとファイナルファンタジーだから」


「ジブリとファイナルファンタジーってなーに?」


 私がそういうと、3人が驚いたような目で見つめてきた。


「うーたん、ジブリ知らないのか? もぐりなのだ。もぐりなのだ! 日本の超有名なアニメを作る企業のことなのだ」


「へぇー。そうなんだ」


「私、幾つかDVDを持ってるから、今度持っていって見せてあげるのだ。あと、ファイナルファンタジーは、日本を代表するRPGなのだ。ゲームも貸してあげるのだ」


「やったああ。ありがとう」


 手を当てて喜ぶ私の隣で、ふみちゃんがいった。


「涼先輩。ところでぇ、うちの学校って、全国で金賞をとったのですよねぇ?」


「うん。そうだよ」


 私は驚いた。そんなにすごい部だったのか。


「全国大会に出場って、すごいね」


「僕たちがすごいというより顧問の先生がすごかったんだよ。今年の3月で定年しちゃったんだけど、先生、音楽界の人間国宝って呼ばれてたくらいだもん」


「そ、そうなんだ……」


 その顧問の現在の位置にいる、姉が心配になった。


「お姉ちゃん、大丈夫かなあ」


「大丈夫でしょう。北陸先生も、ああみえて音楽にかけては超がつく天才なのだ。音楽をやっている人で、北陸先生のことを知らない人、いないのだ」


 ふみちゃんが、意外そうな顔で見てきた。


「宇佐美ちゃんのお姉さんってすごい人だったんだぁ。この前、北陸先生を見た時そんな貫禄とか全然感じなかったけどぉ。なんで、学園の先生なんてしているのぉ?」


「お姉ちゃん、先生になるのが、子供頃からの夢だったらしいの」


「おかげで、うちの学園のマーチング部は安泰なのだ」


「どうだろう……」


 確かに姉は音楽の才能がある。雑誌などで大々的に取り上げられたことも何度もある。そんな姉は数年前、『音楽家、飽きた』といって、実家に帰ってきたのだ。


 実は姉は、かなりいい加減な性格なのだ。才能があっても前の顧問と同じようにとは、さすがにいかないかもしれない。


 その後、談笑を続けた後、朝の練習を開始した。

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