第十六話 秘められた思い(イリナ視点)
アリアの質問を聞いた途端、私は苦々しい思いが広がっていくのを感じた。
顔が歪むのを止められない。
――私のことを恨んでいるよね? だって。
散々無視したり、食事を抜いた分際でよく恨まれていないなんて思えるわね。
私はわざと低い声で吐き捨てるように呟く。
「ええ、恨んでいるわ。自分のしたことを振り返ってみなさい」
「やっぱり……そうよね」
アリアの瞳に後悔の色が見え隠れしているのを見た私の中で何かが弾けた。
ドロドロとした感情の濁流に流されそうになる。
「わざわざ、そんなことを確認しに来たの? だったら時間の無駄だから退いて」
「えっ……いや……」
アリアは途端に弱気な表情になり、後方でこちらを見つめているティッセの方に下がっていく。
ほら、やっぱりアリアは押しが弱いんだよ。
自分の考えを貫き通せないから人に恨まれるのに、彼女はそれを分かっていない。
このままでは、謝罪を受け取っても同じことだ。
お母様――あのババアにそそのかされれば、また同じようにして私を虐げるだろう。
「ティッセ、お風呂に入って来るわね」
「……イリナはそれでいいのか?」
訓練用の木剣を腰に差して歩き出した私はティッセから放たれた問いに固まる。
そんなの……答えは決まっているはずなのに、なぜか即答できない。
どうしてこんなに胸が苦しいの!?
「やっぱり似た者同士だな。決意して行動したはずなのに逆のことをしてる」
「――っ! 押しが弱いって言いたいの!?」
「端的に言ってしまえばそういうことだ。イリナも本当は和解を望んでるだろ?」
「そんなことっ!?」
「だったらどうして俺の問いに即答できなかった? 嫌なら拒絶するだろ?」
ティッセの蜂蜜みたいな色の瞳がこちらを試すように見ている。
私はひとまず落ち着こうと思い直し、たまたま近くにあった椅子に腰を下ろした。
「アリアもだ。お姉さんと仲直りしたいんじゃないのか?」
「だけど!」
「一回拒絶されただけで諦めるのか? お前の姉への気持ちはそんなものか?」
彼は何なのだろうか。
ダイマスくんみたいな普通の人から同じセリフを言われたら怒ってしまうだろう。
でも……彼に言われると素直に聞いてみようという気になる。
「いらっしゃいませ。注文は何にいたしますか?」
「えっ!? ち、ちょっと待ってください!」
突然後ろから掛けられた声に振り向くと、制服を着た男性が笑顔で立っている。
ここは酒場の一角だったのね。
慌ててメニューを確認して手頃な価格の飲み物を注文することにした。
「お茶を三つお願い」
「かしこまりました。そちらのお二人も席にお座りください」
バーテンダーにそう言われた時の二人は実に対照的な表情をしていた。
ティッセは目を輝かせており、アリアは未だに俯いたまま。
私はため息交じりに立ち上がると、加減に気を付けてアリアの腕を握る。
「お、お姉ちゃん!?」
「私が奢ってあげるから、さっさと席に座りなさい」
そのままアリアを席まで引っ張った私は、先に座っていたティッセを睨みつけた。
こちらの本質を見抜くようなことを言ったから、密かに見直していたのに。
「ちょっと、何であなたが妹より先に座っているのよ」
「あ、スマン……冒険者時代の癖が抜けてなくて。次からは気をつけるよ」
ティッセは申し訳なさそうな顔をして階上を見つめている。
冒険者の酒場は混んでいて、いかにして早く席を確保するかが重要だと聞く。
ティッセって酒場とか行きそうにないのに意外だな……。
「お待たせいたしました。お茶でございます」
「すごく温かい……」
アリアがお茶が入っているカップを両手で持ちながら呟く。
ティッセも私に一礼してからお茶を飲み、ホッとしたような表情を浮かべた。
「美味しいな。それで……二人はどうするんだ?」
「そうだ! お姉ちゃん、許してもらえないかもしれないけど謝りたいの!」
アリアはそう言うと、まるで自分を落ち着かせるかのように息を吐く。
彼女が緊張したときにやる癖だった。
「自分勝手に嫉妬して……酷いことをしちゃってごめんなさい!」
アリアは顔を真っ赤にしながら一気に言い切った。
自分勝手に嫉妬って、もしかして私の能力である【剣術強化】か?
そういえば、アリアが悪口を言っていたときって……鍛錬のときだったな。
まあ、それはいいとして。
アリアに謝られてしまった私は、彼女の言葉に答えを返す必要がある。
「…………」
あーあ、自分の気持ちを言うのってどうしてこんなに緊張するんだろうな。
長い間、まともに話していなかった妹が相手だから?
「許してあげる。私もさっきはごめんね。酷い言葉を掛けちゃったわ」
「おお、前半の部分はメッチャ上から目線」
ティッセの軽い口調で自分の失態に気づいた私は、慌てて取り繕う。
決して妹相手にマウントを取りたかったわけでは……。
「違うのよ。別にそういうつもりじゃ……」
「分かってるわ。だってお姉ちゃんは私の自慢のお姉ちゃんだもん」
アリアはそう言って屈託のない笑顔を見せた。
私は顔が赤くなっているのを悟られないように腰の木剣を見つめる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます