第十五話 イリナの妹
部屋に転がってきた金髪の少女は、怯えたような表情で俺たちを見ていた。
そんな少女に対し、ダイマスが優しい表情で語りかける。
「僕たちの話は聞いてたね? 君に協力してほしいんだ」
「………」
イリナの妹は、押し黙ったままで部屋の中を見回していた。
彼女が顔の向きを変える度に、ロングヘア―にした淡い金髪が風に靡く。
姉のイリナとは、似ている気がしなくもないといったところか。
やや吊り上がった水色の瞳は、色こそ違えどイリナとの血の繋がりを感じさせる。
そのイリナは、信じられないものを見るような目つきで妹を見ていたが、やがて恐る恐るといった感じで問いを投げかけた。
「アリア……どうしてここに……」
「お父様からの指示よ。帝国を抜けるまでサポートしてやりなさいってね」
イリナの妹――アリアは面倒そうに言う。
そんな彼女に向けて、ダイマスがもう一度問いを投げかけた。
「僕たちと一緒に来てくれないか? 誘うなんて愚問かもしれないけどね」
「……いいですよ。お姉ちゃんとか魔剣士さんも戦ってくれるんでしょう?」
「ああ、厄介な精霊使いは君に任せたぜ」
「精霊使い同士だったら、時間を稼ぐくらいしか出来ませんけどね」
どこか不安げにアリアが瞳を揺らす。
頼るようなセリフを言ってはみたものの、目の前にいる妹に不信感を抱く。
――イリナの言葉から推測される人物像と全く噛み合わっていないんだよな。
彼女の中では、妹は母親とともに虐げてくる邪魔な存在だったはずだ。
しかし今の反応を見る限り、どうも信じられない。
「あのアリアが頼み事を承諾するなんて珍しいわね」
「失礼ね。私だって人助けくらいするわ。それにお父さんの指示だからよ」
頬を膨らませて拗ねるアリアに今のところ、不審な点は見当たらない。
俺の考え過ぎか……?
内心で警戒しながら過ごすものの、彼女は拍子抜けするほど何もしてこなかった。
美形のダイマスには積極的に近づいていたが。
少し探りを入れてみようと考えた俺は、夕食後のちょっとした隙を見計らってアリアに話しかける。
「ねえ、突然ごめんね。アリアちゃんは何の精霊と契約しているの?」
「私はもう十三なのでアリアと呼んでください。契約している精霊は氷だけです」
まさかの一つだった。
このチャンスを利用して、他の精霊との接触を図るつもりか。
そんなことを考えていると、アリアがある一点をジッと見ていることに気づく。
「私は剣術強化に憧れていたんです。だからお姉ちゃんをお母様と一緒に虐げた」
「えっ……?」
「でも今は後悔しているんですよ。お姉ちゃんは能力には甘えていなかったって」
自嘲気味に呟くアリアの顔は歪んでいた。
彼女の視線の先には、中庭で傷だらけの木剣を一心不乱に振るイリナの姿がある。
こんな時でも鍛錬を欠かさないんだな。
「お姉ちゃんが強いのは能力のせいだ、努力もしていないくせにって恨みました」
「でも違ったってことか?」
俺が尋ねるとアリアは小さく頷き、イリナが握る木剣を指で示した。
小さいころから使っていたのであろう木剣には、細かい傷がたくさんついている。
しかし切れ味はよさそうだから、手入れはしっかりとしているようだ。
「木剣があんなになるまで……虐げられていた時も振っていたんですよ」
アリアはそこで言葉を切った。
何かを噛み締めるかのように唇を固く結び、目からは涙が溢れていく。
「私ったらバカですよね。どうしてもっと早く気づけなかったんでしょう」
「だったらその気持ちを伝えろよ。じゃないとアイツは恨みだけを増やすぞ」
「そうですよね……でも、なかなか勇気が出なくて……」
月光に照らされて、アリアの金色の髪が艶やかに光る。
彼女の顔には、様々な感情が浮かんでいて、今にも擦り切れてしまいそうだった。
しかし……これは難しい問題だよな。
たとえ虐げられていた時の傷は消えていようとも、本人の心には大きな傷が残る。
そして相手を恨むし、場合によっては復讐の対象になることもあるくらいだ。
イリナが妹のアリアを殺したいほど恨んでいても、何ら不思議はない。
――私はあの鬼がいる家に帰るつもりはありません!
イリナのこの言葉通りなら……少し希望はあるか。
主に虐げていたのは母親みたいだし、イリナが恨んでいるのは恐らく一人だけ。
鬼たちではないのだから。
「きっと、イリナは分かってくれるんじゃないか?」
「えっ……? どうしてですか?」
「俺が言うのも無責任だし、下手をすれば修復不可能になるかもしれないぞ」
「それでも! 私はお姉ちゃんに謝りたいんです!」
アリアの瞳には強い意志が宿っていた。
素っ頓狂な声を上げたアリアに気づいたのか、イリナがこちらに歩み寄ってくる。
その手は木剣を強く握りしめていた。
「ねえ、お姉ちゃん……私のことを恨んでいるよね?」
「………」
月光が差し込む廊下で、お互いに複雑な思いを抱えた姉妹が向き合った。
額に浮かぶ汗を拭ったイリナは、しばし無言を貫く。
その間、彼女の瞳が段々と憎しみの色に染まっていくのを、俺は目撃した。
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